「悩みはありますか?」
そう聞かれると、意外と答えられない人がいる。
特に、経営者や管理職のように、普段から人の相談を受ける側、判断する側にいる人ほどそうだと思う。
会社が倒産寸前なわけじゃない。
仕事もそれなりに回っている。
部下もいる。
生活だって破綻しているわけじゃない。
でも、なんとなく頭の中がずっと重い。
仕事が終わっても、仕事のことを考えている。
「あれで良かったのかな」
「もっと別のやり方があるんじゃないか」
「このまま続けて、本当にいいんだろうか」
そんな小さな違和感だけが残っている。
ところが、それを誰かに相談しようとすると、
「いや、別に相談するほどのことでもないか」
となる。
俺は、こういう状態こそ一度誰かと話してみてもいいと思っている。
俺は、あなたに「正解」を教えたいわけではない
俺自身、これまで仕事でも人生でも、かなり迷ってきた。
会社員として長く働いた。
営業もやった。
人をサポートする立場も経験した。
会社を辞めて、自分で仕事をしようとした。
うまくいったこともあれば、当然うまくいかなかったこともある。
だから俺は、
「人生とはこうすれば成功します」
なんてことを言うつもりはない。
むしろ最近思うのは、
他人の正解を集めすぎるから、自分の答えが分からなくなることがある
ということだ。
本を読む。
YouTubeを見る。
AIに聞く。
経営者仲間に相談する。
すると、全員違うことを言う。
情報は増えた。
なのに決められない。
そんなことがある。
だから俺との対話では、すぐに答えを出そうとしない。
まず、
「そもそも、何に引っかかっているんでしょうね」
というところから一緒に見る。
話している途中で、自分で答えを言ってしまうことがある
これは対話の面白いところだと思う。
最初は、
「なんとなく仕事がしんどくて」
くらいだった話が、
少しずつ掘っていくと、
「仕事が嫌なんじゃないな」
となる。
さらに話すと、
「本当は、この仕事を続けることより、部下との関係が気になっていたのかもしれない」
となる。
さらに、
「いや、部下の問題でもない。自分が全部背負わなければならないと思っていることが苦しいんだ」
となるかもしれない。
ここまで来れば、最初の
「仕事がしんどい」
とは、まったく違う問題が見えている。
俺が答えを教えたわけではない。
本人が話しながら、自分で見つけている。
俺がやりたいのは、こういう対話だ。
AI時代だからこそ、人と話す意味がある
俺はAIをかなり使う。
むしろAIは最高の壁打ち相手だと思っている。
でも、AIを使えば使うほど、
人間と人間が直接話す時間の価値も上がる
と思うようになった。
知識ならAIに聞けばいい。
一般論も出してくれる。
選択肢だって整理してくれる。
でも、
「今、その言葉を言ったとき、少し表情が変わりましたね」
「さっきから、その話だけ何度も出てきますね」
「本当は、もう答えが決まっているんじゃないですか?」
そんな、生身の人間同士だからこそ起きる対話もある。
俺はそこを大切にしたい。
こんな状態なら、一度話してみてほしい
大きな悩みがなくてもいい。
明確な相談テーマがなくてもいい。
たとえば、
・頭の中に仕事がずっと残っている
・部下や人間関係についてモヤモヤしている
・選択肢が多すぎて決められない
・AIに相談しても、最後の判断だけできない
・今後の仕事や人生について一度整理したい
・誰にも言っていない本音がある
・とにかく一度、利害関係のない人間と話してみたい
このくらいで十分だ。
俺はあなたを説教したいわけでも、無理やりポジティブにしたいわけでもない。
一緒に話しながら、頭の中に散らばっているものを整理する。
そして最後に、
「じゃあ、自分はどうしたい?」
まで辿り着ければいいと思っている。
「相談するほどじゃない」と思っている人ほど
経営者や管理職になるほど、
「これくらい自分で考えなければ」
と思いやすい。
でも、自分のことほど自分では見えない。
だから俺自身も、AIと壁打ちしたり、人と話したりしながら、自分の考えを外へ出すようにしている。
相談とは、弱い人が答えをもらうためにするものではない。
自分では見えなくなった自分を見るために、他人の視点を一時的に借りること。
俺はそう考えている。
だから、
「何を相談したらいいか、まだ分からない」
でも構わない。
むしろ、その状態から話してみたい。
話しているうちに、
「ああ、俺、本当はこれを話したかったんだ」
というものが出てくるかもしれない。
そういう対話ができたら、俺にとっても面白い。
気になる方は、サービスページから一度声をかけてください。
答えをもらいに来る必要はありません。
あなた自身の答えを、一緒に探しましょう。