「任せる」とは仕事を渡すことではない──売上を増幅し、人が育つ「委任」の技術

記事
ビジネス・マーケティング
「任せる」とは、仕事を渡すことではない。

俺も会社員時代、後輩を指導したり、派遣スタッフをサポートしたりする立場を経験した。

その頃を振り返って思うのは、仕事を任せるって本当に難しいということだ。

自分でやった方が速い。

自分でやった方が確実。

失敗されたら、結局こちらがフォローしなければならない。

だから真面目で仕事ができる人ほど、

「もう俺がやった方が早いわ」

となりやすい。

でも、これを続けているとどうなるか。

部下は育たない。

上司に仕事が集まり続ける。

上司が忙しいから、さらに部下に教える時間がなくなる。

そして最終的には、

「自分がいないと回らない組織」

が完成する。

一見すると、その人は会社にとって必要不可欠な存在に見える。

でも俺は最近、逆なんじゃないかと思っている。

「俺がいないと回らない」は、優秀さの証明ではなく、その人自身が組織のボトルネックになっている可能性がある。

じゃあ、本当の意味で「任せる」とは何なのか。

俺は、単にタスクを渡すことではないと思う。

「この資料作っといて」

「この顧客対応しといて」

「この案件よろしく」

これだけなら、仕事の移動にすぎない。

本当に渡さなければならないのは、

「判断できる領域」だ。

何のために、この仕事をするのか。

どんな状態になれば成功なのか。

何は自分で決めていいのか。

何をやってはいけないのか。

どこまでは失敗してもいいのか。

どのラインを超えたら相談するのか。

ここまで共有されていれば、部下は少しずつ自分で考えられるようになる。

逆に、判断基準を何も渡さずに、

「もっと自分で考えて動いてくれ」

と言われても、部下からすれば困る。

自分で判断したら怒られる。

確認したら「それくらい自分で考えろ」と言われる。

これでは、自走するどころか、上司の顔色を読む人間が育ってしまう。

そして、もう一つ。

これは少し耳が痛い話かもしれない。

リーダーが仕事を任せられない理由は、本当に「部下がまだ未熟だから」だけなのだろうか。

自分でやった方が速い。

失敗されたくない。

品質を落としたくない。

もちろん、それもある。

でも、その奥に、

「自分が必要とされなくなるのが怖い」

という感情はないだろうか。

何でも相談される。

自分がいないと決まらない。

トラブルが起きれば自分が呼ばれる。

それは大変だけど、同時に自分の存在価値も感じられる。

だから無意識に、判断を自分のところへ集めてしまう。

俺自身、人を育てることについて考えるほど、この自尊心の問題は無視できないと思うようになった。

本当に部下を育てたいなら、最終的には、

自分がいなくても、その人が判断できる状態

を目指さなければならない。

これは経営にも直結する。

社長一人が100の能力を持っていても、社長がすべてを判断していたら、会社の処理能力は社長一人分から大きく増えない。

でも、社長の判断基準が共有され、5人、10人がそれぞれの領域で判断できるようになれば、組織全体の処理能力は増幅する。

社長は、社長にしかできない仕事へ時間を使える。

部下は、指示を待つ人間から、自分で考えて結果を出す人間へ変わっていく。

だから俺は、

委任とは「仕事を減らす技術」ではなく、「人と売上を増幅させる技術」

なんじゃないかと思っている。

そして、ここで一つ重要な問題が出てくる。

部下に判断基準を渡すためには、まずリーダー自身が、

「自分は何を基準に判断しているのか」

を分かっていなければならない。

顧客を優先するのか。

短期売上を取るのか。

長期的な信頼を取るのか。

品質を守るのか。

スピードを取るのか。

何なら部下の失敗を許容するのか。

ここが本人の中でも曖昧なのに、「俺と同じように判断してくれ」は無理がある。

だから、部下が自走しない問題は、必ずしも部下だけの問題ではない。

リーダー自身の判断基準が言語化されていないことが、組織のボトルネックになっている場合がある。

「もっと任せたい。でも任せられない」

そう感じている経営者や管理職ほど、一度部下を見る前に、自分自身を見た方がいい。

俺は、何を基準に決めているのか。

そこが言葉になったとき、初めて本当の意味で「任せる」が始まるんじゃないかと思う。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す