nipanipaです。
ブログを読んでいただきありがとうございます。
何かをするときに、「人にどう思われるか」を考えてしまうことはありませんか?
会話の中で、出かかった言葉を引っ込めたり、失敗したら恥ずかしいからと挑戦を諦めたり、SNSの投稿でも見られ方を気にしてしまったり。
私も人の目を気にして動けないときがあります。
ある日、私は自分に問いかけてみました。
「ダメだと思っている自分ってどんな自分だろう?」
「出してはいけない自分ってどこにいるんだろう?」
出てきたのはこんな言葉でした。
できない自分、頭の悪い自分、弱い自分、自信のない自分、成功していない自分、評価されていない自分…
「こんな自分を出したらダメだ」
「できる人に見られたいし、ちゃんとした人に見られたいし、評価される人でいたい」
それは、「人によく見られたい自分」の表れでした。
それによって本当の自分を押し込めていたということです。
私は自分にこう言いました。
「そんな自分でもいいんだよ。どの私で生きても大丈夫なんだよ」
すると、身体が少しゆるみました。
肩の力がスッと抜けたような感覚でした。
そして、もう一つ自分に聞きました。
「だれの目も気にしていない自分がいるとしたら、制限がなかったら、本当は何がしたい?」
こんな言葉が出てきました。
「歌ったり、踊ったり、バカなことを言ってふざけたり、くだらないことをして笑っていたい」
「旅をしてその土地の人と話したい、美味しいものを食べて、奇麗な景色を見たい、好きな写真を撮りたい、毎日の小さなことに感動したい、ふかふかのお布団に包まれて寝たい」
そのとき思いました。
私が本当に望んでいたものって、すごい自分になることじゃなかったんだ。評価されることでもなかったんだ。もっとシンプルなことだったんだなと。
私たちは人の目を気にしているとき、無意識に「どう見られるか」を基準に生きています。
でも本当は「どう感じたいか」で生きることが大切なのかもしれません。
人の目を気にしすぎると、
「これを言ったら変に思われるかな」「こんな自分を見せたらがっかりされるかな」とブレーキがかかってしまいます。
それを繰り返すうちに、自分が本当にやりたいこと、感じたいこと、なりたい姿がわからなくなります。
私たちは本当はもっと自由です。もっと軽やかに、もっと自分の感覚を信じていい、もっと開放されていいはずです。
自由を感じているときの身体は、ぽわっと温かく、胸のあたりがゆるんで、身体にゆとりが生まれます。
もし今、人の目が気になって動けない自分がいるのなら、こう聞いてみてください。
「誰にも見られていないとしたら、制限がないとしたら本当は何がしたい?」
その答えの中に、あなたの本当の想いがあるはずです。