小説作例1「クマリンの香り」全文

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ポートフォリオに掲載した小説の全文です
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「クマリンの香り」

「二人組作れたな? それじゃ、話し合い始めてくれ」
間の抜けた教師の声と同時に、教室内がざわつく。
黒板には『最近見つけた小さな発見』というトークテーマが書かれていた。高校生の授業にしては少しばかり子供っぽい気がするが、それくらい軽くて些細なできごとを魅力的に伝えるプレゼン力を身に着けるための特別授業らしい。
「おい、話し合いはしないのか。もう三分消費しているぞ」
「あーわりぃ」
こんなことで身に着くのか? という疑問が浮かんでしまい、授業へのモチベーションが尽きかけていると、角張った声が真っ直ぐに飛んできた。
クラス……いや、学年一頭がいい真面目君。神経質そうで、曲がったことは嫌いですって顔をしていて、勉強が友達。声だって授業で何か発表するだとか答えるだとか、そういう時くらいしか聞いたことがなかった。
「正直、こういうのって意味あるのかなーとか考えちゃった」
「……真面目にやれば教師からの評価は得られるだろう」
ぼそっと聞こえたその言葉。思わず真っ直ぐに真面目君を見てしまった。
ちゃんと目を合わせたのは初めてかもしれない。気難しそうな表情は、授業に集中していない俺に対してというより、教師に対しての不信感というか納得がいっていない感が出ている気がする。
人間らしい表情もできるんだ、という感想が口をついて出てきそうになって、慌てて飲み込んだ。
「あーまあ、そうだよな……とりあえず、小さな発見だっけ? なんかある?」
そう聞くと今度は何か考えるように視線が逸れる。
俺も考えるような顔をしてみるけど、普段話さないクラスメイトの一面に思ったより集中力が持っていかれていて全然思い出せない。
近所の花だらけでメルヘンな見た目の家が、実は爬虫類の餌の虫卸してる業者だった……は、小さな発見ではないか。
近所の柴犬だと思ってた犬が実はただ身体がデカいだけのチワワだった……も、小さな発見というよりは大発見な気がする。
うんうん唸っていると、目の前から大きな溜息が聞こえた。
「そっちの方がこういう話題が出そうなものだが」
「えっ、何その偏見」
「俺みたいに、参考書ばかり見ているわけではないだろう」
「はー? いや、確かにそうだけど」
お気楽に生きてる側の人間の自覚はあるけど、だからって小さな発見とやらに一喜一憂するような歳でもないわ。
そう言ってやりたかったが、そこまでムキになるものでもないかもしれない。とりあえず軽く睨んでやる。
すると、真面目君は意外にも目を丸くしたあとに、バツが悪そうな顔をした。
「……君を馬鹿にしたわけではない。ただ、俺みたいに参考書ばかり見ている人間よりは、色んなものを見ることができるのではないかと思っただけで」
すまない、そんな素直な謝罪が聞こえて、今度はこっちが目を丸くする番だった。
こういう四角四面に捉えてそうなところも、やっぱり真面目君っぽい。
「別にそんな気にしてないって。でもさ、ずっと文字ばっか見て目が疲れたりとかしない? そういう時に空見たりとか、顔上げるタイミングなんてあるじゃん」
「そうなると目を瞑ることが多い……ぁ」
ふと、何か思い出して考え込む目の前のクラスメイトに、俺は首を傾げる。
ちらっとこっちを見てくるのが気になるが、それ以上に段々赤くなる耳も気になって仕方ない。
「何か思い出した感じ?」
「……恐らく、今まで半分忘れていたことだから、小さな記憶、つまりは発見だと解釈する」
「何それ」
言い訳じみた言い方に笑いそうになった。
でも、品行方正な真面目君がそんな言い訳をするような小さな発見が気になって、思わず身を乗り出す。
俺が聞く姿勢になったからか、向こうは改まった様子で咳払いをして少し小さな声で話し出した。
「前日の雨が嘘のように晴れた日のことだ。帰り道に大きな桜の木があって、もうすでに花も散って葉が青々と茂っていたのだが、雨のせいで地面には濡れた葉がびっしりと落ちていた。俺は別にそこになんの感慨もなく、頭の中で参考書の問題を復習しながら歩いていたのだが……ふと、いつもと違う香りがした気がして、思考がそっちに引っ張られたんだ」
「香り?」
「ああ。俺も最初なんの匂いが思い出せなくて、でも嗅いだことのあるものだと気付いて、その正体が無性に気になった。それは桜の木に近付くほど匂いが強くなって――前日の雨、湿った葉、晴れて気温の上がった状態。この条件が揃った時の匂い、わかるか?」
突然のクエスチョンに真剣に考えてしまう。
というより、思ったより物語を読むような穏やかな話し方に驚いている自分がいた。
難しい顔をしていたのだろう真面目君が、難しい参考書の問題を忘れるほどの香りに気付いて、立ち止まって桜の木に近付いていく光景。
なんだか漫画だと何かが始まる気がして、ちょっとわくわくする。
でも匂いの正体に心当たりはない。なんだろう。
「わっかんね、降参!」
「濡れた葉が、太陽光とそれにより温度の上がった道路に挟まれたらどうなると思う?」
「えー? んー……あっ、蒸されてるみたいになる」
「そう、それが桜の葉だったら、なんとなく想像できないか」
「桜の葉……」
……分からない。
ひたすら頑張って頭を捻っても答えが出なくて、ヒント出してくれてるはずなのに分からないのが申し訳ない。
ちらっと上目遣いに見てみると、向こうはマジかこいつみたいな顔して呆れてる気がする。
「君、桜餅食べたことない?」
「さくら、もち……ああ! っ、やべ」
思わず大声が出てしまった。慌てて自分で口を塞ぐと、今度こそ呆れた顔で溜息を吐かれた。
「つまりそういうこと?」
「……後で俺も調べたことだが、桜の匂いは葉の方が強くて、雨によって水分と共に拡散されやすい成分らしい。桜餅の匂いだと気付いた時、あまりの馬鹿馬鹿しさに脱力した」
そうして自分を鼻で笑った真面目君は、でもと続ける。
「馬鹿馬鹿しいと同時に、無性に食べたくなって……あの日初めてコンビニに寄って買い食いというものをした」
「桜餅を?」
「桜餅を」
真剣な目で言われて、俺が思わず笑う。
怒られるかなと思ったけど、意外や意外、真面目君も眉を下げて笑っていた。
なんだ、そんな顔もできるのか。
「――という初夏が近付く頃に見つけた香りが、俺の小さな発見です」
発表タイム。桜餅の話にしたいと言った時は随分と渋っていたのに、結局俺の粘り勝ちで発表テーマが決まると、あっという間にいい感じに話がまとまった。
真面目君は涼しい顔をして、淡々と発表をしてくれた。俺は横に立っているだけ。
「なるほどな、いいエピソードだ。それで? 相方はどうだったんだ、お前だけ喋らないは不公平だろう」
……やっぱり見逃してくれないか。目ざとい先生だ。
どうしようかな。ちらりと横を見ると、真面目君はこちらを無表情で見ている。
――そうだ、これにしよう。
そんな顔を見ると、一つ思いついたので意を決して口を開く。
「こいつと話したの今日が初めてで、最初はどんな小言が出てくるんだろうとか思ってました。こいつ真面目過ぎて授業以外でも本から目を離さないし、なんか機械みたいだって思ってたから」
「なっ――」
「でも、実際話してみたら案外普通の真面目君で、しかもそんな彼から出てきたのがこの桜の話で。今発表した時は淡々としてたけど、俺にこの話聞かせてくれた時はもうちょっと、読み聞かせするみたいに優しい声で、なんていうか意外でした」
すらすらと出てくる言葉。真面目君のポーカーフェイスが崩れているのが見えたので、そこで身体ごとそちらを向いてやる。
「そんな彼の、真面目なだけじゃない日常の一面を見れたのが俺の小さな発見です! で許してください先生!」
にぃっと笑って締めくくると同時に、教室は俄かにざわつき始める。
確かに、そんなタイプって知らなかったかも! 話上手いよねー。
そんな言葉がちらほらと聞こえてきた。
「余計なことを――」
こちらを睨み小さな声で抗議する真面目君に、俺はにやっと笑って肘で小突いてやった。
なんとなく、こいつとはこれからも縁がありそう。そんな気がした。
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