数か月前は、まだ私はガールズロックバンド のギターとして、ギターと向き合っていました。
ステージの上で、アンプから吐き出される轟音に包まれる瞬間が好きだったんだと思います。汗が目に入ろうと、髪の毛がぐちゃぐちゃになろうとも気にならない。フロアから聞こえる声、ドラム、ベース、ボーカルと、そして自分のギターリフが絡み合って、ひとつの生き物になるのが「今ここで生きてる」と、身体ごと証明される感じがして、続けてこれました。
ライブが終わって、汗だくのまま物販に立ち。
「あなたたちの音楽に救われた」と握手してくれたり、かけてもらえた言葉ひとつひとつが、バンドを次のステージへと押し上げてくれました。
私たちはその応援に生かされていたことに間違いありません。
しかし10年以上の活動、そして更なる飛躍の大チャンスを目前にしながら、
解散を迎え。それは=終わり、じゃなくて「空っぽ」でした。
「解散」って言葉は、切ないとか怒りとか呆れを通り越して、無音に近かった。音が止まって、私自身は空っぽ。笑
空っぽの中、いつ終わるかわからない人生のチューニングを開始した中で、ふと思い始めたこと。ギターじゃなくても、届くものがあるんじゃないか、と。
ライブみたいに一瞬で心臓を掴むことはできないかもしれない。
でも言葉なら、静かに、深く、残る。はず。
誰かがしんどい時に、こっそり読み返せるかもしれない。
からっぽになって気づきはじめたこと。
自分の中にまだ「伝えたい衝動」が残っていたようなのです。
「やりたいことって、なんだっけ?」の問いに、返ってくるのはハウリングのみ!みたいな中で出会ったひとつが数秘術。
最初は「数字で人生わかるって、コード進行で人の心がわかるようなことか?またまた~っ」て思いながらも。
生まれ持った「変わらないもの」と
生きてく中で「変わるもの」。
生まれ持った「変わらないもの」。
誕生日と名前から読み解く数の世界。
なんで私たちは解散という結末に至ったのか?を数秘術で読み解いてみたら、妙に腑に落ちたというか。笑
と、同時にもっと早く自分のこと、相手のことを知れていたら。もしかしたら違う選択肢もあったのかもしれない、と。
会社に「技術」や「経営」のアドバイザーがいるように。
たとえばバンドの世界でも、楽曲制作や運営のプロフェッショナルがつくことがあります。
それなら、気持ちを軽くする専属みたいな人がいてもいいんじゃないか。
カウンセラーとまでいかなくても気軽になんでも話せる友人のような・・!
最近、そんなふうに漠然と考えるようになりました。
心が一度バランスを崩してしまうと、最高のパフォーマンスを維持するためには、信じられないほどの労力が必要になります。(これは、すべてを自分たちで背負ってステージに立ち、もがいて、挫折を味わったからこそ断言できる事実だと思いますw)
私は「自分の機嫌は自分で取る」のが得意なほうだったと思っていましたが、それでもガス欠を起こしてしまうんだ、と解散で痛いほど実感しました。
かつての自分ではないけれど、必死に前に進もうとしている誰かが立ち止まりそうになったとき、そっと背中を押せる存在になりたい。
いや、そんな大そうな存在でなくてもいい!
数字の力を借りて、誰かの心をほんの少しだけ自由にする。
それが、今の「ネクラ」な私が掲げる、未来への挑戦。
客観的に自己分析したい!
チームがうまく機能しなくて困ってる!
進みたいけどなんだか漠然とした不安がある!とか。
かつての私のように悩みながら突き進んで、夢を諦めてしまうような人を増やしたくないなって。その一心です。
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