「極致(きょくち)」とは、ある物事において到達しうる最高・最上の状態、すなわち究極の境地を指す言葉です。
その“極致”になぞらえて、
■ かむっくの極致①
共同体設計という“最高到達点”
障害がある方の「働く×生きる」を起点とした、ユニバーサルデザインの共同体設計。
■ かむっくの極致②
“きねづか”という第二の頂き
この二つを、かむっくがいつか体現したい「到達しうる最高・最上の状態」としてお示ししました。
そして今回は、
かむっくの理念である
「かけて・むすんで・つくる」
そして、私が展開する支援領域の名である
「玉石混交之笥紆富(ぎょくせきこんこうのスープ)」
についてお話しします。
なぜ“かむっく”なのか。
なぜ“かけて・むすんで・つくる”なのか。
そして、なぜ“玉石混交”なのか。
その由来や背景に込めた想いを、
笥紆富(スープ)の蓋を開くように、お披露目したいと思います。
かむっくの真髄
玉石混交之笥紆富(ぎょくせきこんこうのスープ)の秘伝
~前編:性分編~
簡単に言ってしまうと、
「私が面白くないから」です。
私は、
一つのベクトル。
一つの色。
一つの味。
それだけでは、どうにも物足りなく感じてしまいます。
何か別の要素を足したくなる。
違うものを組み合わせたら、もっと面白くなるのではないかと思ってしまう。
そういう性分なのです。
皆さんは、寄せ鍋の具材を何にしますか。
入れる具は、いつも決まっていますか。
私には、固定の具というものがあまりありません。
もちろん、味噌鍋にケーキを入れたり、バナナパンケーキを入れたりはしません。
けれど、味噌鍋にキムチを加えることはあるかもしれない。
いつも春雨を入れているところに、パスタを試してみることはあるかもしれない。
具材が決まっている方が安心する人もいるでしょう。
それもよく分かります。
ただ私は、
その組み合わせによって鍋の味がどう変わるのか。
そこにどんな新しい魅力が生まれるのか。
それを確かめたくなってしまうのです。
もちろん、何でもかんでも混ぜれば良いとは思っていません。
「案外いけるんじゃないか」
「意外と相性が良いんじゃないか」
そんな目算や仮説は持っています。
いつだったか、
何かで「かける(×)」ことの大切さを語っているものを目にしたことがありました。
一つでは届かなくても、
掛け合わせることで新しい可能性が生まれる。
そんな話だったように思います。
それがきっかけだったのか。
もともとそういう性分だったのか。
今となっては分かりません。
ただ、気が付いたら私は、掛け合わせることで生まれる魅力に取り憑かれていました。
もちろん、
変えてはいけないもの。
守らなければならないもの。
同じであり続けることに意味があるもの。
そうしたものは大切にします。
相手に相談もせず、勝手に混ぜたり変えたりすることはありません。
それでも、
実際にやってみるまでは分からない。
思った以上に美味しくなるかもしれない。
逆に、失敗するかもしれない。
それでも私は、
その先にある新しい味を見てみたくなってしまうのです。
ここまでが、
なぜ「かむっく」なのか。
なぜ「かけて・むすんで・つくる」なのか。
その背景にある、私自身の性分や考え方です。
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