【整う話】 世間体を手放すヒント

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学び
誰からも嫌われたくない
良い人だと思われたい
恥をかきたくない

周囲の目(世間体)を気にするということは、決しておかしなことではなく、誰しもが持っている当たり前の感覚である。
しかしながら、終始そればかりを考えて生活してしまうと、知らず知らずのうちに可能性や選択肢を排除してしまい、生き方が小さくなってしまう。

誰からも嫌われないように、自分の意見は言葉にせず、
良い人だと思われるために、キライな相手にも優しくし、
恥をかかないように、失敗を恐れて踏み出すことをやめる。

その結果、自分自身の気持ちに嘘をつき、自分の中にある本当の自分を蔑ろにして、自分ではない誰かを満足させるための、偽りの生き方を選択してしまうことになりかねない。
そうなると後はもう気分も右肩下がり、本当はこんなつもりじゃなかったと一人反省会を開催し、自己嫌悪に陥るのが関の山である。

しかし、よく考えてみてほしい。

人の人生というのは永遠ではなく、誰しも等しく限りがありるのだ。
その限りある人生のうちのほとんどを、誰かの目を気にしながら自分の本心を偽り生きるということは、とてももったいないことではないだろうか。


そういう私も、20代のころをピークに周りの目ばかり気にして生きてきた。
しかし、30代を過ぎてから訪れた人生の転機の時に、自分に嘘をつかずに生きていくと決めてから、不思議と周りの目は気にならなくなった。

そこで、個人的な経験を元に、なぜ人は周りの目(世間体)が気になるのかという点について考えてみた。



世間体の芽生え

思い当たったのが、幼少期の経験と両親からの教えである。
私の両親は、躾に関してはさほど厳しい方ではなかったが、その一方で周りに迷惑をかけることに関しては極端に厳しかった。

周りに迷惑をかけてはいけない
周りに心配をかけてはいけない
周りの目があるからやめなさい

繰り返し繰り返し聞かされた言葉はいつしか、自分の行動を制御するための判断基準となり、手のかからない近所でも評判の良い子が誕生した。
それと同時に、迷惑をかけず、心配をかけず、常に人の目を気にするあまり、他人との交流を極端に恐れ、友だちも少なかった。

この ”教え” は大人になってからも効力を有しており、社会に出た後も誰かに心を開くこともなく、転機が訪れるまでずっと孤独を感じていた。

この幼少期の体験から私が気づいたことは、親からの過度の躾や過干渉によって愛着障害になり、自己肯定感が低くなると、世間体が異常に気になるようになるということだ。


幼少期に身についたものは、大人になったからといって簡単に振り払えるものではない。
愛着障害で苦しんでいる大人が多いように、幼いころの両親の教えは絶対であり、例えるなら一生つきまとう呪詛のようなものなのである。
では、どうすればこれを軽減(または脱却)できるのか。


世間体を手放すヒント

私が脱却するために、自分の中で決めた3つのルールがあるので、今現在、周囲の目が気になってしかたない方は参考にしていただきたい。


自分に嘘をつかない
これがいちばん大切なことで、今まさに起こる自分の行動と、自分の心の声が異なっていたら、自分の心の声をすくい上げることだ。
例えば、飲み会に誘われたけれど今日は帰って見たいドラマがある場合、断りづらいから飲み会に行こうとしているが、心の声は帰りたいと言っている。
そんなときは、適当な理由をつけて帰ってドラマを見れば良い。

飲み会を断ったくらいでうまくいかない関係など、その程度ということだ。


他人と比較しない
憧れをもち、自分を高めるために誰かと比べることは悪いことではない。
しかし、俺に比べてあいつは良いよなぁ~とか、なんであいつばっかり評価されるんだとか、そういう比較からは何も生まれないということだ。

Happiness can exist only in acceptance.
(幸福は受け入れることにのみ存在しうる)
                       ジョージ・オーウェル(イギリスの作家)


この言葉にあるように、他人と比較している以上、いつまでたっても幸福には辿り着けない。
しかし、一見物足りないような今置かれている現状も、決して悪いものではないなと思えた瞬間、幸福な気持ちになれる。


見返りを求めない
誰かになにかをしてあげるとき、そのときに見返りを求めないという簡単な話である。

心理学の言葉で「返報性の法則」というものがある。
これは、人から何かを与えられたり親切にされたりすると、「お返しをしなければならない」と感じる心理的な傾向のことだが、何かをされた(してあげた)からと言って、必ずお返しをしなければならないわけではない。

奢ってやったのに、お菓子をあげたのに、本を貸してやったのに。
そうやって見返りを期待していると、それが叶わなかったときに相手に嫌悪感を抱いたり、してあげた自分に対し自己嫌悪になったりする。
はじめから「見返りをください」と頼んでいたなら別だが、義務でもない見返りを勝手に期待して落ち込むなんて、時間の無駄である。
逆に、見返りを期待していなかったのに何かしらお返しが来たら、喜びは倍増する(たぶん)。



大切な誰かのために

世間体という、勝手に作り上げた見えない壁。
それを完全になくすことは簡単ではない。
しかし、自分を大切にするためにはそれを軽減するほうがずっと良い。
あなたが思っているほど、周囲はあなたのことを気にもかけていない。

そんなことよりも、どうすればもっと自分を大切にできるか、自分の本心に素直になれるかを考えて過ごしたほうが、ずっと良い。
自分を大切にできなければ、他人を大切にはできない。

あなたの大切な誰かを大切にしたいと願うのであれば、世間体なんかに囚われず、心の声に耳を傾けて、もっと自分を大切にしてみてはいかがだろうか。
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