部下に敬語を使うと、なめられると思っていた。

部下に敬語を使うと、なめられると思っていた。

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コラム
「おはようございます」

次の朝、部下へそう声をかけるだけで、少し恥ずかしかった。

前日までは「おはよう」。

仕事を頼むときも、

「これ、お願い」
「こっちもやっておいて」

そんな言葉を使っていた。

仲がよければ、言葉を崩すのは普通だと思っていたし、部下もわたしに敬語を使わないことがある。

それが距離の近さだと受け取っていた。

けれど、ある本で、

「人によって接し方を変えない人は信頼される」

という言葉を読んだとき、手が止まる。

上司には敬語を使う。

同じ立場の人には、少し言葉を選ぶ。

それなのに、部下へ話すときだけ、急に短くなる。

特に仕事が立て込んでいる日は、

「何で、まだできていないの?」
「それ、前にも言いましたよね」

焦りや苛立ちまで、そのまま声に乗せていた。

それでも、部下に敬語を使うことには抵抗があった。

急に距離ができるかもしれない。

弱く見られたらどうしよう。

今さら変えれば、気にしていることまで伝わりそうで恥ずかしい。

そんなことばかり浮かんでくる。

最後は、

「社内でこれ以上、下がることなんてない。プライドが邪魔なら捨ててしまおう」

と、自分に言い聞かせた。

翌日から「おはよう」を「おはようございます」に変えた。

「これ、お願い」は、

「こちらをお願いできますか」

にする。

最初は、自分の言葉ではないような違和感があった。

ただ、続けていると、思ってもいなかった変化が起きる。

部下の言葉に引っかかったときも、「です」「ます」を使おうとすると、すぐには言い返せない。

わずかな間ができる。

その数秒で、

「ここで戦う必要はあるだろうか」

と考えられるようになった。

あるとき、わたしが資料の確認を見落とした。

部下から、

「keiさん、ここ見落としていますよ」
「ちゃんと見ないとダメじゃないですか」

と、少しからかうように言われる。

以前なら、恥ずかしさをごまかすために強い言葉を返し、その会話を家まで持ち帰っていただろう。

その日は、

「見落としたところは、すみません。ただ、その言い方はやめてください」

と伝え、すぐに仕事の話へ戻れた。

帰宅してから、頭の中で言い合いを続けることもなかった。

もちろん、すべての会話を敬語にしたわけではない。

休憩中の雑談まで丁寧にすると、かえって距離を感じる。だから、仕事の話では敬語、何気ない会話では今までどおりにした。

わたしには、その形が合っていた。

しばらくして、以前はよくぶつかっていた部下と飲む機会があった。

昔の話になり、部下が笑いながら言う。

「前は、めちゃくちゃバチバチでしたよね」

わたしも笑いながら、

「最近は、そうでもなくなりましたね」

と返すと、

「keiさんが変わったからですよ。本当に変わりましたよね」

その言葉を聞き、胸の奥が少し温かくなった。

敬語を使えば、部下との距離が広がると思っていた。

実際に生まれたのは、人との距離ではない。

感情と、口から出る言葉の間にできた、わずかな余白だった。

いきなり、すべての言葉を変えなくてもいい。

明日の朝、「おはよう」を「おはようございます」に変えてみる。

そのひと言は、相手より先に、自分の次の言葉を変えてくれるかもしれない。

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