退勤間際、他部署の後輩から1通のメールが届いた。
こちらが引き受けることは、もう決まっているような書き方。そのうえ、期限は翌朝になっている。
「こちらの予定も聞かずに、どうして勝手に決めるんだろう」
一度そう感じると、文面のすべてが失礼に見えてくる。
忙しいなかで頼まれたことよりも、その頼み方に腹が立っていた。
さらに、
「先輩にお願いするなら、もう少し言い方があるだろう」
そんな思いまで加わり、怒りは膨らんでいく。
すぐに返信画面を開いた。
言葉は丁寧に整える。敬語も崩していない。けれど、行間には「あなたの頼み方はおかしい」が並んでいたと思う。
こちらにも予定があること。
急に期限を決められても困ること。
まずは対応できるか確認してほしいこと。
書けば書くほど、画面の文章は冷静に見えてくる。
それでも、わたしの中にあるのは、
「自分は間違っていない」
という気持ちだった。
送信ボタンへ指を動かしたとき、ふと止まる。
これは、必要なことを伝えるためのメールだろうか。
それとも、正しいのは自分だと分からせるためのメールだろうか。
答えが出ないまま、下書きに残してパソコンを閉じた。
家へ帰ってからも、あの文面が頭から離れない。
お風呂に入っていても、布団に入ってからも、頭の中では相手への返事が続いている。
イライラしているときは、相手のひと言だけが何度も大きく聞こえる。
その言葉の前後に何があったのか、自分は何を見落としているのか。そこへ目を向ける余裕はなかった。
翌朝、もう一度メールを開いた。
前のやり取りや関連する資料も見直してみる。すると、わたしが確認できていなかった情報が見つかった。
すでに説明されていたことを読み落とし、一部を違う意味で受け取っていたのである。
もちろん、頼み方への引っかかりが、すべて消えたわけではない。
それでも、前夜のメールを送っていれば、自分の見落としまで相手のせいにするところだった。
そう思うと、急に手の力が抜けた。
わたしは、イライラしない人になれたわけではない。
今でも、一方的な頼まれ方をすれば腹が立つ。忙しいときほど、普段なら流せる言葉が刺さることもある。
ただ、腹が立ったことと、今すぐ返すことは、別にしていい。
湧いてきた感情まで、なかったことにする必要はない。けれど、その瞬間に出てきた言葉が、本当に伝えたい言葉とは限らない。
その日は、下書きの大部分を消し、依頼の内容に必要なことだけを返した。
何も言わずに我慢したわけでも、相手の頼み方を受け入れたわけでもない。
内容と言い方を、いったん分けて考えただけだった。
それからは、強い言葉を書きたくなったとき、書くことまでは止めない。
ただ、送らずに画面を閉じる。
一晩置いてから、
「わたしは、相手に何を伝えたいのだろう」
と、もう一度読み直す。
それでも必要だと思う言葉は残せばいい。自分の思い込みが見つかれば、そこだけ直せる。
すぐに返さないことは、逃げではない。
伝えるべきことを残し、怒りまで相手へ渡さないための時間なのだと思う。
もし今、誰かの言葉に腹を立てているなら、無理に落ち着こうとしなくてもいい。
今日は、送信ボタンを押さずに閉じてみる。
伝える言葉は、明日の自分に選び直してもらえばいい。