部下を変えようとするほど、関係は苦しくなっていった。

部下を変えようとするほど、関係は苦しくなっていった。

記事
コラム
「もっと、自分で考えてほしい」
「言われる前に、動いてほしい」


部下と話すたび、同じ思いが頭に浮かんでいた。
こちらは何度も伝えている。

やり方も説明した。


困らないように、先回りして助言もした。
それなのに、思うように動いてくれない。


「どうして分かってくれないんだろう」

少しずつ言葉が強くなる。


話す前から、
「今日こそ分かってもらわなければ」
と力が入る。


部下を育てたいと思っていた。


振り返ると、
わたしの考える「正しい姿」へ近づけようとしていたのだと思う。


自分で考えて動くべき。
同じことを何度も聞くべきではない。
注意されたら、次から直すべき。


その基準から外れるたびに、相手の足りないところばかりが目に入った。


部下を見ているようで、
自分の理想と比べていた。


そんな頃、本の中で、
「他人を変えることはできない」
という言葉に出会った。


最初は、冷たく感じた。


人を育てる立場なのに、
変わってもらうことを諦めていいのだろうか。


それでも、その言葉が頭に残った。


わたしが苦しくなっていたのは、
自分では動かせないものを、何とか動かそうとしていたからかもしれない。


部下がどう考えるか。
いつ気づくか。
どのような速さで変わるか。


どれも、わたしには決められない。


決められるのは、
どんな言葉で伝えるか。


相手の話をどこまで聞くか。

答えが返ってくるまで待てるか。

自分がどう関わるかだった。


それから、すぐに答えを伝える前に、
「あなたは、どう考えている?」
と聞くようになった。


沈黙しても、言葉を重ねずに少し待つ。


自分と違う考えが返ってきても、すぐに直そうとしない。


まずは、
「そう考えたんだね」
と受け取ってみる。


部下が急に変わったわけではない。
思うように進まない日もある。

それでも、
「なぜ動いてくれないのか」
だけを考えていた頃より、わたしの気持ちは軽くなった。


相手を変えようとする力を緩めると、
これまで見えなかった相手なりの考えや迷いにも、目を向けられるようになる。


「人は変えられない」は、
何もせずに諦める言葉ではなかった。


相手に預けていた自分の気持ちを、
もう一度、自分の手元へ戻す言葉だった。


誰かに変わってほしくて苦しくなったときは、
「相手をどう変えるか」ではなく、

「今日の自分に変えられることは何だろう」
と問い直してみる。


伝え方を少し変える。

一度、最後まで聞いてみる。

今日は答えを急がずに待ってみる。


相手が変わるのを待たなくても、
関係の中で選べることは、まだ自分の側に残っている。

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