もう終わったことなのに。
相手はきっと覚えてもいないのに。
それなのに、ふとした瞬間に思い出してしまう。
昔言われた言葉。
笑われたこと。
馬鹿にされた時の空気。
急に頭の中によみがえって、「なんであんなこと言われたんだろう」って、苦しくなる夜がありませんか。
誰かに話すと、「まだ気にしてるの?」みたいに思われそうで、誰にも言えなかったりするんですよね。
だから、「こんなに根に持つ自分がおかしいのかな」って、自分を責めてしまう。
でも、本当に傷ついた言葉って、簡単には消えないことがあります。
特に、その時ちゃんと傷つけられたのに、傷ついたまま置いていかれた感覚があると、心って何年経っても引きずることがあるんですよね。
周りが普通にしているように見えるほど、「みんなは切り替えられるのに」って苦しくなる。
でも実際は、表に出していないだけで、昔の言葉を引きずっている人って、意外と少なくありません。
ただ、敏感な人ほど、その時感じた痛みを強く覚えてしまうことがあります。
だから、似た空気を感じたり、似た言葉を聞いたりすると、昔の傷まで一緒に苦しくなってしまうんです。
そんな状態のときほど、「あの人にも悪気はなかったのかも」って、自分の傷を小さくしようとしてしまうこともあるかもしれません。
でも、傷ついたという事実まで、なかったことにしなくて大丈夫なんです。
本当は悔しかった。
悲しかった。
傷ついた。
でもその時、ちゃんと消化できないまま、ずっと抱えてきたんですよね。
だから今も、ふとした時に苦しくなる。
それは、弱いからでも、執着しすぎだからでもありません。
ちゃんと傷ついていたからです。
人に馬鹿にされた経験って、ただ一瞬嫌だっただけじゃなく、「自分は変なのかな」みたいに、自己否定と結びついてしまうことがあります。
だから、時間が経っても消えにくいのかもしれません。
でも、その傷をずっとひとりで抱え続けていると、
「また傷つくかも」
「また笑われるかも」
と、人との関わりまで怖くなってしまうことがあります。
だからこそ、気にしないようにするより、「ちゃんと傷ついていた自分」
を認めてあげることも大切なんです。
ひとりで考え続けていると、
「こんなことで傷つく自分が悪いのかな」
「もっと強くならなきゃ」
と、自分を責め続けてしまうことがあります。
でも気持ちは言葉にしていくことで、少しずつ整理されていきます。
特に、昔言われた言葉をずっと引きずっている人、人に馬鹿にされた記憶が消えない人、気にしすぎる自分を責め続けている人ほど、話していく中で、
・本当はどれだけ傷ついていたのか
・なぜ今も苦しくなるのか
・どこで自己否定が強くなったのか
を、少しずつ整理できることがあります。
「ちゃんと苦しかったんだ」
と、自分の気持ちを否定せず見られるだけでも、少し心が軽くなることがあります。
忘れられない傷があることは、決しておかしなことではありません。