感じることをやめた私が、もう一度自分の人生に戻るまで

記事
占い
どんな生き方をしたいのか。
を、ちゃんと考えたことはありますか。

私は小さい頃から、
無意識に霊視の感覚を使って生きてきました。

といっても、
特別なことをしている自覚はありませんでした。
相手が本当は何を感じているのか、
どこで無理をしているのか、
そして魂が何を望んでいるのか。

それを「考える」のではなく、
自然と受け取ってしまう感覚です。

当時の私にとってそれは、
「おはよう」と挨拶をするのと同じくらい
当たり前のことでした。
そして、みんなも同じように
感じ取って生きているのだと思っていました。

けれど、成長するにつれて、
その感覚はときに私を苦しめるようになりました。

相手が表では笑っていても、
内側にあるネガティブな感情や葛藤が
そのまま伝わってくるからです。

それでも私は、霊視をやめることができませんでした。
というより、
「霊視をしている」という認識すらないまま、
普通の会話の中で
相手の本音や魂の声を拾っていたのだと思います。

すると、こんなふうに言われることがありました。
「そんなこと思ってないのに、
どうしてそうだって決めつけるの?」

本人もまだ気づいていない魂の声を
受け取っている一方で、
それを“今、伝えていいことなのか”という判断が、
若い頃の私にはできていませんでした。

そんな生き方をしていた中で、
私は大切な人を失う経験をしました。

今思い出しても、
あの頃は本当に絶望の中にいました。

それまでの私は、
とても自分本位に生きていました。
何かあれば誰かに甘え、
誰かに頼れば生きていけると
どこかで本気で思っていました。

でも、その「誰か」は
いつかいなくなることもある。
その現実を突きつけられたとき、
私は極端に反対側へ振り切れました。

「もう誰にも甘えてはいけない」
「自分で全部背負わなければいけない」

その頃から私は、
霊視の感覚にもフタをするようになりました。
感じている場合じゃない、
そう思っていたのだと思います。

頭で考え、役割をこなし、
ちゃんとしている自分を作ることで、
私は「生きている安心感」を保っていました。

けれど、心は静かに限界を迎えていました。

それに気づいたのは、
本当に些細な出来事でした。

久しぶりに一人でデパートに行き、
化粧品売り場で
「お肌のお悩みは?」と聞かれたとき、
私は答えられなかったのです。

自分の顔を、
ほとんど見ていなかったから。

毎日を回すことで精一杯で、
自分が何を感じ、
何を好きで、
何に違和感を覚えているのか。
それすら分からなくなっていました。

そのとき、強く思いました。
「私は、誰の人生を生きているんだろう?」と。

そこから私は、
必死で自分を取り戻そうとしました。

何が好きなのか。
何に心が反応するのか。
普段なら選ばない場所へ行き、
会わない人に会いに行きました。

そんな中で、
ふと霊視の感覚を思い出しました。

普段はフタをしていても、
親しい友人が悩んでいると、
自然と魂の声が伝わってくる。

あるとき、
その感覚で受け取った言葉を
友人に伝えた瞬間、
彼女は涙を流しながら
こう言いました。

「そうか。
私はこの気持ちに、
ずっと気づかないふりをしてたんだね」

魂のズレがほどけていく瞬間を、
私は目の前で見ました。

そのとき、
私の魂も強く震えていました。

これが、私の生き方なんだ。
そう、はっきりと感じたのです。

そこから私は、
もう自分に嘘をつくのをやめました。

霊視で受け取った感覚を、
ただの「感覚」で終わらせず、
今の人生にどう影響しているのかを
言葉にして整理する。

魂の声と、現実の構造をつなぐ。
それが、今の私のスタイルです。

最後に


もしあなたが今、
理由は分からないけれど
人生が止まっているように感じていたり、
何度考えても答えが出ない状態にいるのなら。

それは努力や選択の問題ではなく、
「本来のあなた」と「今の生き方」のズレが
言葉になっていないだけかもしれません。

霊視を通してそのズレが言語化されると、
なぜ苦しかったのかが腑に落ち、
無理に自分を変えなくても、
次の一歩が自然に見えてくることがあります。

私は、
「気のせい」「自分が弱いだけ」と
置き去りにされてきた感覚を、
ちゃんと意味のあるものとして
言葉にするお手伝いをしています。

必要な方に、
必要なタイミングで届けば嬉しいです。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら