つい、お節介を焼いてしまう日のこと

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私は昔から、どうしても“お節介”を焼いてしまうところがある。

たとえば今日。
いつものスーパーで、レジの列に戸惑っているお年寄りの方がいた。
順番の並び方が少し複雑で、何度か行き来していたのを見た瞬間、
気づけば私は「こちらの列が空いてますよ」と声をかけていた。

相手はとても丁寧にお礼を言ってくれたけれど、
たまにこういうことをすると、友人には
「またお節介してる」と笑われてしまう。

私の中では、助けたいとか、良い人でありたいとか、
そんな大きな意図はまったくない。
ただ、“困っている気配” が見えると、
大きい声を出すのも恥ずかしいと思わない。
身体が反応してしまう。

この癖は、昔から続いている。
幼い頃から、周りの空気の揺らぎに敏感だった。
困っている誰かの空気だけは知らんぷりできない。

娘にそれを話したら、ランドセルをおろしながら
「ママって、優しいよね」とぽつりと言った。

理由を聞くと、
「ママってさ、困ってる人見ると放っておけないじゃん」
と言う。

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥がほわっと温かくなった。

子どもの前では、できるだけ“強い母”でいようと
思い続けてきたけれど、
私の一番弱い部分も、ついやってしまう部分も、
優しいとおもってくれているようだ。。。

お節介と呼ばれれば、ちょっと困ることもあるけれど、
それでも私は、この性質とうまく付き合っていきたい。

誰かのためじゃなく、
“そうせずにはいられない自分” のために。

今日のスーパーでの小さな出来事を胸にしまいながら、
私は明日もきっと、誰かの困り顔に反応してしまうのだろう。

それでいいのだ、と
ようやく自分に言ってあげられる気がしている。
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