子供のころから動物がとても好きでした。
テレビで動物が出る番組があれば必ず録画して見ていたし、動物園や水族館へ行くのも好きでした。また、幼少期から私の周りには何かしらの動物がいました。犬、ウサギ、金魚、文鳥は飼ったことがありますし、牛、馬は家の周りにいました…田舎の山の奥だったので野生のタヌキなどに遭遇することも。
ある時、テレビの番組で大きなトラや危険なワニと素手で戯れている方を見ました。衝撃でした。
あんなに鋭い爪や牙をもつ生き物へ無邪気に触ったりできるなんて…あの方には動物の心が分かるのだろうか?
恐ろしい凶暴な動物に対してもまるで子猫に接するかのごとく振る舞うその方は、魔法使いの様に映りました。動物も他の人間へは威嚇するのに、その方だけは受け入れていて、なんだか言葉は無いのに会話が通じているみたいでした。
「動物が考えていることが分かったらどんなに楽しいだろう」
私は動物と仲良くなれる人に憧れました。
小学生の頃はとにかく犬が好きで犬の図鑑を始めから終わりまで読み込んで、それぞれの犬種の特徴などを暗記していました。
犬の中でも特にコーギーが好きでした。雑誌の中でコーギーがカメラに向かって笑っていて、その笑顔に胸を射止められました。コーギーが笑うと、まるで太陽みたいだなと思いました。
「いつかコーギーを飼って一緒にアジリティへ出るんだ!」
そんな風に犬と一緒の生活に憧れて、お年玉を貯めていました。
そして虎視眈々とコーギーを家に迎える準備(ブリーダー探し、アポイントメント、道具の準備など)をひたすらに重ねた私はついに、ある時両親を説得し、コーギーの子犬をお迎えしました!
それがたろちゃんでした。
たろちゃんは大きなコーギーでした。
兄弟犬たちと比べても明らかに一回り大きく。生後3か月の子とは思えないずっしりとした体格…でも、とてもとても可愛かった。
よく食べよく遊び、散歩は途中で疲れると地面に寝転げて「もう一歩も動けない」と主張しました。サッカーが得意で、ボールを鼻で押して転がしながら庭を走り回っていました。外で飼っていたのでお風呂に入れると、お風呂のお湯が真っ黒に。きれいなったのもつかの間で、すぐに地面でゴロゴロしてしまい洗った意味がなくなってしまいます。もう、と思うけれど、それでもやっぱり可愛くて愛おしい。
獣医師になろうと決めたのは中学生の時で、今後の進路を考えたタイミングでした。
「動物のことをもっとよく知りたいし、仲良くなりたい。そのためには動物の体のことや病気のことまで分かっていて病気を治せる獣医師が良いかなあ。」
そんなざっくりとした理由でした。
獣医師になるためには、大学で獣医学科に入り6年間学び、大学を卒業して獣医師の国家試験に合格しなくてはいけません。
しかし、私は数学が死ぬほど苦手でした(苦笑)。
冗談でなく、本当に数学ができない。高校では数学だけいつも赤点すれすれ。だけれども獣医学科に入るには数学がほぼ必須でした。結果、2年浪人しましたが何とか大学に入れました。
大学は初めの2年間は一般教養もあり、他の学科の学生さんたちと授業が一緒になることもあります。3年生からは獣医の専門科目ばかりになり、全て必須科目なので1単位でも落としたら留年です。授業は実習とレポート、そして鬼のようなテストの連続です。4年生からは研究室に配属され、勉強とは別に卒業研究を行わないといけません。5,6年生は病院実習もあり、卒業研究の発表、獣医師免許の国家試験と本当に忙しい日々でした。
勉強量は半端なく多く、レポートやテストも厳しかったですが、6年間一緒に学ぶ同級生たちにいつも助けられ励まされ、みんなでなんとか卒業することができました。
獣医学科の仲間たちには感謝してもしきれません。楽しい時もつらい時も一緒にいてくれた家族みたいな存在でした。
大学生の時、実家で飼っていたコーギーのたろちゃんが病気になりました。
変性性脊髄症という病気です。
変性性脊髄症は脊髄が進行性に変性していく病気です。最初は後ろ足を引きづったり、ふらつくような症状から始まり、段々と前足も動かなくなり、脊髄変性が首や頭まで達すると呼吸困難になって死亡します。症状の進行は比較的ゆっくりですが、余命は数年の場合が多いです。
現状ではこの病気を治す方法は存在しません。
私は家族から「たろちゃんが後ろ足を引きずるのだけど…」という話を聞いたとき、パニックになりそうでした。獣医師にとってコーギーが後ろ足を引きずる時の病気はあれかそれかしかありません。
「どうか、変性性脊髄症ではありませんように」
たろちゃんも初めの頃は後ろ足がよたつきました。そして段々と後ろ足が動かなくなり、引きずりだしてしまったので後ろ足をのせる車椅子を使いだしました。
まさか、うちの子が治らない病気になるなんて…
「教科書やネットには治らないとあるけれど、それは日本だけであって、世界では治るのではないか?」
変性性脊髄症に関する論文を片っ端から読み漁りました。そもそも、変性性脊髄症に関する論文が少ない。人間の似た病気についての論文も読みました。人間の方でさへあまり解明されていないようです。日本でもこの病気について研究されている先生がいらっしゃるのでその方の論文も読みました。
ああ、現状だと本当に解明されていない事ばかりだ。現状の研究だときっと近い将来では解決しない、治らない。間に合わない…たろちゃんは死ぬのか
たろちゃんは死ぬ。
絶望とはこんな気持ちなのでしょう。目の前が真っ暗になる。周りにたいして怒り散らしたい、頭がガンガンとして痛い。なんでなんで解明できないんだよ!どうして頭の良い大人が集まって研究しても解決できないんだよ!どうしてどうして、うちの子なんだよ!
なんで私は無力なのだろう。獣医になるために勉強をして色々な病気や治療方法を学んだけれど、私の大切な大切なたろちゃんの命さへ救えないなんて。
大学の試験が終わり、実家へ帰省しました。
たろちゃんは後ろ足を引きずりながらも元気でした。私の方を向いて「おかえり」とコーギースマイルしてくれます。車椅子を体に装着するとボールを鼻先で押して一人でサッカーを始めます。とても楽しそう。なんだったら「どんなもんだい、車椅子でも器用にボールで遊べるんだぞ」と本人は得意げです。
ひとしきり遊んだ後に私の傍に寄ってきて「撫でて」と目線を送ってきます。わしゃわしゃとたろちゃんを撫でてあげると満足げに鼻を鳴らします。
私は涙が出てしまいます。
こころの中でたろちゃんにごめんなさいを言いました。
貴方の病気を治せなくてごめんなさい。
その後、1年と少しでたろちゃんは亡くなってしまいました。
実家からたろちゃんの遺体の写真が送られてきて、
「本当に死んでしまったのだな」
と思いました。
私は診察で治らない病気の子に出会う度に、たろちゃんのことを思い出します。
足は動かないけれど食欲はもりもりでご飯を食べていたたろちゃん。長い時間、車椅子に乗るとしんどくなってしまうたろちゃん。「よく分かんないけど後ろ足が動かないんだよね」と困った顔のたろちゃん。
今でも現代科学では治せない病気は沢山あります。治療したけれど反応しないこともあります。他の病院ではもう治療できない、と言われてしまった子もいる。
そうかもしれない。
教科書的に言えば治療しても治らないのかもしれない。
だけれど、私は諦めが悪いから。そんなことでは匙を投げてやらない。
完治しなくても、もっと良い明日が迎えられるはずだ。
効く薬が無くても、ケアはできる。道具がないなら作ればいいし、お金がないなら工夫すればよい。
「どうしたら動物と貴方が少しでも安心して過ごせるだろうか?」
いつもそのことを一生懸命考えてしまいます。
また、私がたろちゃんのときに感じた様なつらい気持ちや、悲しみや喪失感を一人で抱えてしまっている方はいないでしょうか?
自分にとって大切な存在が予期せぬ病気なったり、突然亡くなってしまったら…
一人で抱えるのが大変な気持ちは吐き出してみませんか?
誰かに聞いてもらうだけで、大分楽になるものですよ。
私は動物が好きです。動物を大切にしてくれる人が好きです。
獣医師として動物と、動物を大切にしてくださる貴方が幸せに暮らせるお手伝いをしていきたいと思っています。
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