うまく言えなかった私にも、理由があった

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あとになってから、
「あのとき、
どうして何も言えなかったんだろう」
と思い返すことがあります。

本当は嫌だったのに。
本当は迷っていたのに。
本当は、わからないって言いたかったのに。


ー そのとき、体は先に動いていた ー

人は、何かを「決めた」と思う前に、
もう体のほうが反応していることがあります。

これまでの経験や、
傷ついた記憶や、
「こうしたほうが無難」という感覚。

そういうものが重なって、
その場では、
黙る
笑って流す
相手に合わせる
という行動が、
ほとんど自動的に出てくる。

それは、
考えるのを放棄したからではなく、
生き延びるために身についた反応
なのだと思います。


ー「ちゃんと選べなかった」
責めてしまうとき ー

あとから振り返ると、
「自分で選べなかった」
「もっとはっきり言えばよかった」
と、自分を責めてしまうことがあります。

でも、その場の自分は、
そのときできる精一杯で
自分を守っていた
のかもしれません。


ー それでも、できることがひとつある ー

その瞬間には何も言えなかったとしても、
あとからできることがあります。

それは、

「あのとき、
私はああするしかなかったんだ」
と、自分に言ってあげること。
選び直す、というやさしい行為

その場での反応は、
もう変えられません。
でも、
あの沈黙をどう受け取るか
あの行動をどう位置づけるか
それは、
今の自分が選び直すことができます。

「失敗した自分」ではなく、
「必死だった自分」として
抱え直す。

それだけで、
少し呼吸が楽になることがあります。

今日の選択は、小さくていい
大きな決断じゃなくていい。
誰かに宣言しなくてもいい。
ただ、
次は少し間を取ってみる
わからないと言ってみる
今日は無理、と心の中で決める
そんな小さな一歩で十分です。

うまく言えなかった過去があっても、
それであなたの価値が
決まることはありません。

今日の自分にできる形で、
そっと選び直していけばいい。

ここまで読んでくださって
ありがとうございました。

Ryoko

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