第10話:それでも、あなたを選びたい

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雨は、いつの間にか弱くなっていた。

それでも、二人の間に流れる空気は、
まだ張り詰めたままだった。

「……戻れないって、どういう意味ですか」

蒼さんの声が、静かに落ちる。

逃げ場はない。

私は、少しだけ視線を落とした。

「……そのままの意味です」

強く言えない。

でも、曖昧にもできない。

「……もう、前みたいにはいられないんです」

雨音が、少しだけ強くなる。

「……どうしてですか」

分かってるはずなのに。

それでも、聞いてくる。

(……残酷だな)

「……好きだからです」

言ってしまった。

空気が、止まる。

もう、戻れない。

「……あなたのことが、好きだから」

声は震えていた。

でも、不思議と後悔はなかった。

ずっと抑えてきたもの。

見ないふりをしてきたもの。

全部、ここで終わらせる。

「……だから、これ以上近くにいたら」

言葉が詰まる。

「……壊れると思って」

それ以上は、言えなかった。

沈黙。

雨の音だけが、響く。

蒼さんは、しばらく何も言わなかった。

ただ、まっすぐこちらを見ている。

その視線が、怖い。

でも、逸らせない。

やがて、静かに口を開いた。

「……気づいていました」

「……え?」

「距離を取られている理由も」

心臓が、大きく鳴る。

「……でも」

少しだけ、言葉を選ぶように間を置いて。

「それでも、離れるつもりはありませんでした」

一瞬、意味が分からなかった。

「……どうして」

思わず聞いていた。

蒼さんは、ほんのわずかに視線を緩めた。

「……同じだからです」

時間が、止まる。

「……俺も」

低く、確かな声。

「あなたのことを、そういう目で見ていました」

息が止まる。

(……嘘)

そう思った。

でも。

その目は、嘘じゃなかった。

ずっと、冷静で、揺れないと思っていた人が。

今だけ、少しだけ。

感情を見せている。

「……だから」

一歩、近づく。

雨の中、距離が縮まる。

「……壊れるなら、それでもいいと思いました」

その言葉に、胸が締め付けられる。

(……ずるい)

そんなこと言われたら。

「……私は、壊したくないです」

かすれた声で言う。

「……あなたとの関係も」

「……自分も」

それが本音だった。

すると。

「……壊しませんよ」

即答だった。

「……え?」

「壊れる前に、変えればいいだけです」

静かに、でも確信を持って言う。

「関係も、距離も」

その言葉に、

張り詰めていたものが、少しだけほどけた。

「……一緒にいながら、壊さない方法を考えればいい」

そんな選択肢、考えたこともなかった。

でも。

「……できますか、そんなこと」

不安のまま、聞く。

蒼さんは、ほんの少しだけ笑った。

「……やってみましょう」

その表情を見た瞬間。

涙が、また溢れた。

でも、今度は。

さっきとは違う。

苦しさじゃない。

どこか、温かい。

(……ああ)

この人となら。

壊れない形を、探せるかもしれない。

雨は、もうほとんど止んでいた。

空気が、少しだけ軽くなる。

それでも。

二人の距離は、もう戻らない。

でも、それでいい。

これは終わりじゃない。

新しい関係の、はじまりだから。

完。
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