「どうしてこんなに疲れるんだろう」
最近、私はずっとそう思っていました。
めまいがするまで頑張って、仕事も家事も育児も「私がやらないと」と思っていたからです。
でも、久しぶりに思考整理をして気づきました。
私は、ずっと母の顔色を見て生きてきたのだと。
## 母の機嫌を損ねるのが怖かった
私の母は、自分の考えが正しいと思う人でした。
小さい頃から、
「こうしなさい」
「私たちの時はこうだった」
「なんでできないの?」
と言われて育ちました。
母の機嫌を損ねると大変でした。
落ち込んで悲劇のヒロインのようになったり、愚痴を延々と聞かされたり。
だから私は、無意識に母の機嫌を取るようになっていました。
母の負の話を聞くたびに、
「私がお金を稼がないといけない」
「私が何とかしないといけない」
と焦っていたのです。
でも、よく考えると、それは私の問題ではありませんでした。
母の問題は、母の問題。
私は、母の人生を背負うために生まれてきたわけではなかったのです。
## 「私がやらないと」が止まらなかった理由
振り返ると、私はいつも自己犠牲をしていました。
仕事でも、
「私がやらないと」
家でも、
「私がやらないと」
子育てでも、
「私が守らないと」
そうやって、すべてを一人で抱え込んでいました。
そして、めまいがするまで自分を追い込んでいたことにも気づきませんでした。
なぜそこまで頑張っていたのか。
思考整理を進めていく中で、私はあることに気づきました。
本当は、私自身が愛情を求めていたのかもしれない。
本当は、認めてほしかったのかもしれない。
本当は、
「もう頑張らなくていいよ」
と言ってほしかったのかもしれません。
## 親と同じになりたくなかったのに
私はずっと、
「母みたいにはなりたくない」
と思っていました。
でも、気づくと私も悲劇のヒロインのようになっていました。
「私はこんなに大変」
「私はこんなに頑張っている」
そんな思いを抱えていたのです。
母もまた、
「祖母みたいにはなりたくない」
と言っていました。
それでも、同じことを繰り返していました。
親子は、知らないうちに同じパターンを繰り返してしまうのかもしれません。
でも、気づいた人から変われる。
私はそう思っています。
## これからは肩の力を抜いて生きたい
今回の思考整理で、私は一つの結論にたどり着きました。
私は、母の人生を生きなくていい。
私は、自己犠牲をしなくていい。
そして、すべてを一人で背負わなくていい。
これからは、もっと肩の力を抜いて生きていこうと思います。
子どもたちには、失敗しても挑戦できる環境を作ってあげたい。
「いってらっしゃい」
「おかえり」
そう言える場所を守りながら、まずは私自身が、自分を大切にしていこうと思います。
もし今、
「私が頑張らないと」
と一人で抱え込んでいるママがいたら、一度立ち止まってみてください。
その荷物、本当にあなたが背負うものですか?