時間が欲しくて会社を辞めたら、人の時間を作る仕事をしていました

時間が欲しくて会社を辞めたら、人の時間を作る仕事をしていました

記事
ビジネス・マーケティング
こんにちは、海野ひろしです。

はじめて読んでくださる方のために、
少しだけ自己紹介をさせてください。

私は、
社員30人ほどの会社で働く会社員です。

それとは別に、
個人で、ある仕事を請け負っています。

会社の「めんどう」な事務作業を、
ExcelやGoogleスプレッドシートで
自動にする仕事です。

毎月の売上の集計。
あちこちの表からの書き写し。
勤怠や歩合の計算。

人が何時間もかけている作業を、
ボタンひとつで終わる形にします。

お客様の多くは、
総務や経理のご担当の方と、
社長ご本人です。

今日は、
私がどんな人間で、
なぜ今の仕事をしているのか、
この仕事で何を目指しているのか、
というお話をします。

いつもより、ずっと長いです。

コーヒーでも入れて、
ゆっくり読んでもらえたらうれしいです。

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■ 感情より、正しさ。理系一本の人生
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子どもの頃の私は、
ふつーの子どもでした。

親に言われたとおりに。
学校に言われたとおりに。
先生に言われたとおりに。

目の前の勉強を、
ただ、こなしてきました。

勉強以外に、
得意なことはありません。

スポーツが目立つわけでもない。
モテることも、まったくない(笑)

周りから見たら、
たぶん、
面白くない人間だったと思います。

言われたことを、
言われたとおりにやる。

それが、
私にできる唯一のことでした。

私の人生は、
芸術とも、文学とも、無縁でした。

大学は工学部。
そのまま大学院まで進みました。

学んだのは、
数字やデータをもとに、
仕組みを作ることでした。

言われるままにこなしてきた勉強でしたが、
今思えば、
今の仕事の根っこは、ここにあります。

ただ、その頃の私は、
そんなことは知る由もありません。

身につけたのは、
バリバリの理系の考え方です。

感情より、正しさ。
気持ちより、根拠。

それから、もうひとつ。

「しんどくても、耐えなさい」

そう教えられて育った人は、
多いんじゃないでしょうか。

私も、そうでした。

そして、
それが正解だと信じていました。

そうやって、
大手メーカーに技術者として入りました。

周りから見れば、
順調な人生だったと思います。

肩書きもある。
給料もある。
世間体もある。

最後のほうは、
年収も1000万円を超えていました。

でも、
正直に言うと。

めちゃくちゃ、しんどかったんです。

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■ 魚が、木登りをさせられていた
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私の仕事は、
ものづくりの工場・現場でした。

朝が早い。
意味の分からない朝礼が毎朝ある。
24時間、呼び出しがある。
休日出勤もある。

暑い。寒い。汗をかく。汚れる。

そして何より、
みんなで時間を合わせて、
みんなで同じルールで動く。

これが、
とにかく向いていなかった。

私が好きなのは、
データを整理すること。
グラフを作って、あれこれ考えること。

「これ、自動化できへんかな?」
と、ひとりで考えることでした。

つまり私は、
木登りをさせられている魚でした。

「なんで登れないんだ!」
と言われても、
魚やから無理です(笑)

そこで私は、
ちょっと変わった作戦に出ました。

苦手な仕事は、ほどほどに。

その代わり、
データ分析やプログラミングの仕事が来たら、
とことんやる。

誰が見ても分かる形で、
結果を出す。

1年ほど続けたころ、
「こいつ、現場はダメやけど、
こういうことは使えるな」
と思われるようになりました。

そして、辞令。

好きな仕事ができる部署への異動です。

ガッツポーズしました(笑)

ただ、
それで全部が解決したわけではありません。

大きな組織には、
大きな組織の論理があります。

正しいやり方が分かっていても、
根回しや会議で、何か月も止まる。

仕事のことが、
いつも頭から離れない。

家に帰っても、心は会社に置いたまま。

休みの日も、同じでした。

決定的だったのは、
仕事で大きなトラブルを起こしたときです。

責任を問われて、
立場も、評価も、居場所も、
一気に揺らぎました。

そのとき、はっきり思いました。

このレールの上を走り続けたら、
自分は壊れるな、と。

「しんどくても、耐えなさい」

そう信じてきた私が、
生まれて初めて、
耐えるのをやめようと思いました。

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■ 年収1000万円を捨てたら、どん底でした
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2021年。
44歳。

私は、19年勤めた会社を辞めました。

「そんな会社を辞めるなんて、何を考えてるの」

何度も言われました。

当然です。
私だって、そう思います。

でもあの頃の私には、
お金より欲しいものがありました。

時間です。

このまま、
会社のためだけに人生を使い切って
終わるのかな。

そう考えた瞬間、怖くなったんです。

移った先は、
社員30人ほどの会社でした。

前の会社の、1000分の1以下の規模です。

肩書きは技術者。

でも実際は、
経営企画も、総務も、経理も、
社内のパソコン係も。

何でも屋です。

……で。

ここから、
ドラマみたいにうまくいけば
よかったんですけど。

現実は、もっと地獄でした。

まず、お金。

転職できた安心感で、
ちょっと調子に乗りました。

退職金を、
知識もないまま、全部投資に入れたんです。

「長期投資やし、そのうち戻るやろ」

数か月後、大暴落。

資産は一時、半分近くまで減りました。

「何やってんねん、俺……」

何度つぶやいたか分かりません。

次に、仕事。

やり方も、社風も、まったく違う。

毎日のように怒られる。

しかも、
会社でパソコンが得意な人間は、
私ひとりでした。

分からないことだらけなのに、
「こんなことも知らないのか」と思われるのが怖くて、
誰にも聞けない。

自信もなくなる。
お金も減る。

涙が止まらない夜もありました。

本気で、
人生が終わったと思っていました。

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■ 人生を変えたのは、ひとつのボタンでした
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でも、人間って不思議です。

ここまで落ちると、
逆に開き直れるんです。

「もう、失うものなんてない」

だったら、
会社に頼らなくても生きていける道は
ないだろうか。

そう考えて、
模索を始めました。

その第一歩が、
Excel、自動化、プログラミングを
ゼロから独学することでした。

覚えたことは、
まず、今の会社で試してみる。

最初に手をつけたのは、
毎月、丸一日かかっていた売上の集計です。

それを、
ボタンひとつで終わるようにしました。

このとき、
ひとつだけ役に立ったものがあります。

前の会社の19年で、
叩き込まれた考え方です。

「誰が触っても、同じ結果が出る」

ものづくりの現場では、
当たり前のことでした。

でも、小さな会社の事務作業に持ち込むと、
まるで魔法みたいに喜ばれたんです。

あれだけしんどかった19年も、
無駄ではなかった。

そう思えたのは、
このときが初めてでした。

ひとつ片づくと、
次の「めんどう」が見えてきます。

それを、ひとつずつ。

何年か経って、
社長からこう言われました。

「一人の人件費以上の価値を、
出してくれている」

社員の方からは、こう言われました。

「残業が減って、
家族と過ごせる時間が増えた」

この言葉を聞いたとき、
何かがつながった気がしました。

私が会社を辞めてまで欲しかったのは、
時間でした。

そして今、
私の作ったものが、
誰かの時間を作っている。

ああ、これや。

私がやりたかったのは、これなんや。

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■ 会社の名前、いらんかったんや
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「この力は、
今の会社の外でも通用するんやろか」

それを確かめたくて、
ココナラで仕事を受け始めました。

40代、実績ゼロ、評価ゼロ。

最初は、1円も稼げませんでした。

30件以上応募して、全滅。

受注ゼロ。
返信すら、ありませんでした。

毎日アプリを開いては、
増えていない数字を見て、
そっと閉じる。

「向いていないのかもしれない」

何度も、そう思いました。

それでも、やめませんでした。

ある日、気づいたんです。

私は、
「どうやったら受注できるか」
ばかり考えていた。

でも、お客様が見ていたのは、
「この人に頼んで大丈夫だろうか」
それだけでした。

自分のことしか、
見えていなかったんです。

そこから、
提案文を書き直して、
プロフィールを見直して、
選ばれない理由をひとつずつ減らしていきました。

初めて仕事をいただいて、
「ありがとうございました」と言われたとき。

金額は、本当に小さなものでした。

でも、うれしかった。

前の会社にいた頃は、
会社の看板が、
自分まで大きく見せてくれていました。

看板を外したら、
「で、お前、一人で何ができるん?」

ずっと、それが怖かったんです。

半年ほどして、
いただいたお金が、
合わせて30万円を超えました。

「30万円、やばっ!」
とはならない金額です(笑)

でも、
その数字を見たとき、
ふと思いました。

「……あれ?
会社の名前、いらんかったんや」

自分にとっての「普通」が、
誰かにとっては
「困っていること」だったんです。

会社の名前がなくても、
自分を選んでくれる人がいる。

これは、本当にうれしかった。

あるお客様から、
こんなメッセージをいただいたことがあります。

「今まで1時間近くかかっていた仕事が、
ほぼ自動化できました。
この1時間を、自分のために使えます」

何度も、読み返しました。

1日1時間なら、1年で365時間。

私が作ったのは、
Excelのファイルでした。

でも、
お客様が受け取ったのは、
365時間の自由でした。

ところが、です。

仕事が増えてくると、
今度は寝る時間がなくなりました。

本業もある。
家のこともある。

一日は、24時間のままです(笑)

時間が欲しくて会社を辞めた人間が、
また時間をなくしている。

……何やってんねん。

そこで、
何でも「できます」と言うのを、
やめました。

その方法では解決できないときは、
「それは、やめたほうがいいです」
と、正直に伝える。

仕事を逃すこともあります。

でも、
何でも「はい」と言うことが、
信頼されることではない。

自分の時間の値段を、
ここでようやく学びました。

気づけば1年で、
90件を超えるご依頼をいただきました。

そのうち4割ほどは、
2回目以降のご依頼です。

お客様からいただいた評価は、
プロフィールから見ていただけます。

今年は税務署に開業届も出して、
腰を据えてやっていくと決めました。

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■ 失敗が教えてくれた、3つのこと
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もちろん、
うまくいったことばかりではありません。

仕事で大事にしていることは、
ほとんど、
失敗から教わりました。

ひとつめ。
作る前に、よく聞くこと。

あるお客様から、
「Excelで、仕事を効率化するツールを作ってほしい」
というご依頼をいただきました。

これは楽勝や。

速攻で作りました。
速い。ちゃんと動く。見た目もきれい。

たぶん、ドヤ顔でした(笑)

ところが、納品したとき、
お客様が困った顔をされたんです。

あとで分かったのは、
その方が、会社には内緒で
こっそり依頼していたこと。

立派すぎるものが届くと、
「これ、誰が作ったの?」
と聞かれたとき、
上司に説明できないこと。

本当に欲しかったのは、
「自分が作ったと言える範囲で、
こっそりラクをしたい」
だったんです。

そんなこと、
依頼文には書けませんよね。

私は、コードを使わない形で、
あえて素朴に作り直しました。

技術的には、明らかに後退です(笑)

でも、お客様の顔は、
そこでようやく晴れました。

それ以来、
見積りの前に質問をたくさん送ります。

どこで使いますか?
誰が見ますか?
社内で使えないものはありますか?

ちょっと面倒くさい人だと
思われているかもしれません(笑)

ふたつめ。
自動化しないほうがいいときは、
そう言うこと。

物販をされている方のご依頼で、
70件ほどのデータを
表に移す必要がありました。

画像から文字を読み取る仕組みを作れば、
自動でできます。

「これ、作ったら面白そうやな」
とも思いました。

でも、その作業は一度きり。

……これ、手で打ったほうが早いやん。

ということで、
70件、手で入力しました。

自動化を売っている人間が、手入力です。

ちょっと、かっこ悪い(笑)

でも、お客様が欲しかったのは
「自動化」ではなく、
データがまとまった状態でした。

方法は、なんでもよかったんです。

みっつめ。
専門用語を使わないこと。

転職したばかりの頃の私は、
誰にも聞けませんでした。

聞けない人の気持ちが、
痛いほど分かります。

だから、
「こんなこと聞いていいのかな」
という質問ほど、大歓迎です。

ご相談は、メッセージからお気軽にどうぞ。
お見積りは無料です。

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■ AIの時代に、私が売っているもの
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最近、
AIが何でも答えてくれるようになりました。

正直に言うと、
最初はちょっと悔しかったんです。

何年もかけて覚えてきた知識が、
数秒で出てくる。

「じゃあ、今までの勉強って
何やったん?」

でも、すぐに気づきました。

「これ、ただの執着やな」

知識は、AIに聞けばいい。

じゃあ、人間に残るのは何か。

私は、
「決めること」だと思っています。

この人と仕事をするのか、しないのか。

そして、決める最後のひと押しは、
案外、正しさだけではありません。

「なんか、この人に頼みたい」

そういう気持ちだったりします。

だから私は、
この記事を書いています。

技術ではなく、
私という人間を知ってもらうために。

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■ この仕事で、目指していること
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今の私は、
毎日、定時で帰っています。

夜に頭の中で仕事が回り続けることも、
日曜の夕方に憂うつになることも、
なくなりました。

年収は、下がりました。

でも、
自分の時間は戻ってきました。

ああ、
やっと人生を取り戻したんやな、と思っています。

私が目指していることは、
これを、
ひとりでも多くの人に届けることです。

毎月の集計に追われて、
今日も残業している人。

丁寧に、真面目に、
誰よりも時間をかけて
仕事をしている人。

昔の私と同じように、
木登りをさせられている魚かもしれません。

その人の「めんどう」を、
ひとつずつ、ボタンに変えていく。

そして、
その人が、定時で帰れる会社にする。

目指すのは、
人を減らす会社ではありません。

人が休める会社です。

もちろん、
私もまだ道の途中です。

この夏も、
注文が来なくて、
夜中に何度も目が覚めました。

うまくいかない日も、
落ち込む日も、普通にあります。

そういうときは、
「調子が悪い」と、
そのまま書いてしまいます。

かっこ悪いですけど、
それも含めて、私です。

それでも、
あの日の決断を、
少しずつ正解にしてきました。

昔の私は、
安定とは、
大きな会社の椅子に座り続けることだと
思っていました。

今は、違います。

どこへ行っても、
自分の力で、誰かの役に立てること。

それが、
私にとっての安定です。

もうすぐ50歳。

人生、まだ半分です。

---

最後に、
ひとつだけ聞かせてください。

あなたの時間、
1時間いくらですか?

私は、
年収1000万円を払って、
自分の時間を買い戻しました。

ずいぶん高い買い物でした(笑)

あなたは、
そんなに払わなくていい。

毎月くり返している作業を、
ひとつ、ボタンに変えるだけで、
時間は戻ってきます。

その最初のひとつを、
いっしょに探させてください。

---

P.S.

ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございます。

「これ、もっとラクにできんかな?」

私の仕事は、
いつもこのひと言から始まります。

このブログでは、
仕事をちょっとラクにする考え方を、
これからも書いていきます。

よかったら、
また読みに来てください。

P.P.S.

会社の「めんどう」な作業を自動にしたい方へ。

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