自己紹介

記事
ビジネス・マーケティング
ここでは、
大企業から小さな会社へ転職して人生が
変わった、私のストーリーをお話しします。

自分を見失った、ある40代の中年の男が、
どうやって自分らしく働ける場所を見つけたのか。

もし今、
「仕事がしんどい」
「このままでいいのかな」
と思っているなら、
きっとヒントになると思います。

では、まずはカンタンに自己紹介から。

私はいま40代後半。
妻と大学生・高校生の娘、
そしてチワワと暮らす、
ごくフツーの会社員です。

でもここに至るまで、いろいろありました。
・子供の頃から勉強しか取り柄がなかった。
 スポーツ苦手だしモテたこともない。
 平凡な、いやむしろ目立たない存在。

・そんな自分も、偏差値70近くのいわゆる
 有名大学を出て、日本を代表する超安定の
 大企業へ。

・これで自分も勝ち組の仲間入り… のはずが、
 そんなに人生甘くない。
 大企業のルール、しがらみ、ストレス、
 人間関係、残業、叱責、責任転嫁、
 こんなネガティブにまみれた人生に疲弊。

・40代で崖っぷちに立った私は、ついに、
 意を決して敷かれたレールから飛び降りて…
 従業員数30人ぐらいの小さな会社に転職。

・スキルも何もない40代の中年男
 当初は慣れない仕事で苦労しながらも、
 パソコンスキルをコツコツ磨き、
 試行錯誤を重ねてきました。

・そうして、いまでは、
 パソコンスキルと脳みそだけを武器に、
 小さな会社で重宝されながら、
 自由にクリエイティブな仕事を楽しんでます。

・さらには、副業でパソコンスキルを使って稼いでます。

いま、家庭では、
毎朝、気持ちいい青空の下で愛犬と散歩して、
妻や娘たちと、家族そろって食事をして、
ゆっくりと生活を楽しんでいます。

そして、私が今、勤めているのは、
30人ぐらいの小さな会社なんですが、
社長や社員の仲間の、
ときには相談相手であったり、
ときにはまとめ役になったり、
はたまた、プレーヤーになったりと、
いくつもの役割を持っているんです。

で、社長、役員、事務、現場から、
いろんな相談を受けるわけですよ。

たとえば、
「会社を大きくしたい」
「うちの部署にも中途採用ほしいなぁ」
「この契約書、弁護士と相談して作り変えてよ。」
「プラットフォーム作ろうぜ」
「みんなの給料と賞与、どうする?」
「売上利益のグラフ、ぱぱっと作ってよ」
「人事評価制度、もうちょっとよくならんか?」
「パソコン電源つかん。どうしよう。。」
「ペーパレス?変えるのやだよ。。」

みたいな悩みから、

「トイレ詰まった!!なんとかして」
「ぎゃあ~!ゴキ〇リ!退治して!」
「あの人、なんか足くさい。匂い消して!」
みたいなくだらんものまで(ごめん笑)。

こんな感じで、
あらゆる仕事を一手に引き受けています。

大きな会社だと、専門の人がいますよね。
私も大企業にいたからよく知ってます。

でも、小さい会社だと、
すべての分野を少人数でやるしかない。

で、大変かというと、
ぜ~んぜん(強がってない)。
むしろ、まったく逆。めちゃくちゃ楽しい。

だって、
自分で考えて、好きなように作り上げて
いくことができるから。

みんなの、困った、なんとかして~っ
ていう声を聞いて、
こうしたい、ああしたい、というものを、
私がどんどん解決していく。

特につべこべ言われることもなく、
やりたいようにやらせてくれる。
成果もすぐ見えるし、みんなが喜んでくれる。

少々難しいことがあっても、あきらめない。
いつか、必ず、解決策はあるって本気で信じて、
がんばれる。

そして、普通に毎日がノー残業デー。
自分のペースで、仕事ができる。
家族はもちろん、社長をはじめ、
従業員の仲間には感謝の気持ちでいっぱいです。

さらに、いまでは身に着けたパソコンスキルを
使った副業で、少しずつ自分の手で稼げるように。
お客さんから声をもらって充実度さらにアップ。

しかし、今では日常の小さな幸せも
噛み締められるような穏やかな毎日を
送っている私ですが…
ほんの5年前までは、
いまのような生活なんて到底考えられない、
真っ暗な絶望の淵にいました。

・朝早く夜遅くまで、
 多忙なスケジュールをこなす。
・厳しい叱責に怯え、
 仕事のことが頭から離れない。
・期限、ノルマ、説明責任に追われる。
・意義を感じない仕事の繰り返し。

そしてなにより、
「これがあと65歳の定年まで続くのか。。。」
そう考えた私は、人生に絶望しかなかった。

そんな崖っぷちにいた私が、
どうやっていまのような「穏やかな日常」を
手にすることができたのか?

そのリアルな体験を、赤裸々にお話しします。

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「安定こそ正義」だった私の人生設計
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私ってホント、子供のころから
なんにも取柄とか個性がなかったんですよね。

若い頃の持ち物は、
安心安定の多数派志向。

最初に買った車のメーカーも、
携帯電話のキャリアも、
パソコンのメーカーも。

血液型も多数派。(これは関係ないか)

マクドナルドでは決まって
てりやきマックバーガーセットの
ポテトとホットコーヒー。

いつもと違うメニューを選ぶことはまれ。

予見できないことが大嫌い。

臨機応変とかアドリブとか苦手。

面接とかプレゼンとか、できれば避けたい。

決められたルールはしっかり守らないと不安。
おかげで、無事故無違反20年以上。

目立つことは苦手。

多数派にいることに安心感を覚える。

THE日本人。

努力さえしていれば、ルール通り生きていれば、
安全安心の生活を送ることができる。

それが信条。

育ちもめちゃくちゃフツー。

あえて言うと、安定安心とがまん強さが
唯一の取り柄かなぁ。

私の父は安定安全の県の職員。
県は広いから単身赴任が多かった。
そして、母は専業主婦。

地道に、コツコツ、定年まで勤め上げることが
あたり前の、ごくふつうの家庭で育った。

だから、私は、
冒険や波乱なんて皆無の超安定志向。
石橋叩いて渡らないどころか、
叩きまくって橋を壊すタイプ。

中高の部活はバレーボール。
当時は教師の暴力とか普通。
そんなの我慢するものだと思って、
最後まで辞めずに必死で耐え抜きました。

高校には毎日休まず通い皆勤賞。
高校~大学~就職と、
敷かれたレールを一歩たりとも
踏み外したことはありません。

凡人が努力していける範囲で、
最高と言われていた、高校と大学へ。
(天才肌の人たちはもっと上に行ってた)

夏休みの宿題は、7月中に終わらせていました。
大学も単位は落としたことがない。
もちろん留年したこともない。

そして、ときはあの、就職氷河期ど真ん中。
厳しい競争で勝ち取った企業は重厚長大。
明治時代から歴史を持つ超安定の日本の大企業。

そうやって、
60歳の定年まで安心して暮らせるから
何の心配もない。

今までその考えでやってきて間違いなかった。
25歳になっても、
30歳になっても、
35歳になっても。

それなりに苦労はあるけど順調順調。
もう40歳直前。

いろいろ大変だったけど、努力の賜物だね。
これからも、苦労すれば報われる。

しかし、そんなに人生甘いわけなかった。
いまから考えると、そこがピークであり、
限界だった。

そこから、徐々に人生、くだり始めていた。

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会社に尽くした先にあったのは絶望と孤独だった
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まあ、会社員とはなんたるものか、
分かっていたつもりだった。
がんばってさえいれば報われる、
そう思って、ひたすら、
がむしゃらにやってきました。

朝7時に出社、毎日決まった時刻にミーティング。

そこから、現場行ったり、会議したり、
資料作ったり、データ分析したり、
そうして、帰りは早くて21時。

ひどいときは朝帰り。
暑かろうが、寒かろうが、雨降ろうが、
雪降ろうが、陰口言われようが、
パワハラ受けようが、ひたすらがまん。

会社員たるもの、それが当たり前。

そうやって、すこしずつ大きな仕事を
任されるようになってきた、38歳のころ。

ついに、大きな失敗をやらかしてしまった。
自分で立てた新規企画で、
かなり大きな品質事故を起こしてしまった。

毎週、毎週、部長以下のフォロー会議。
いや、会議ではなく、一方的な裁判。

四角形の形で配置された机。
一番奥の被告席には私が1人。
両側には4人ほどの関係者。
裁判官の席には、2人の関係する部長。

弁護してくれるのは直属上司だけ。

そこで毎回、毎回、
「次、何するんだ!」
「いつまでにやるんだ!」
「早くやれ!」
「なんでできないんだ!」
こんな感じ2時間近くずっと詰められる。
なんでこんなに会社のために、
頑張っているのに、挑戦したのに、
失敗したからって、責められなあかん?

いいことしようとしているのに、
失敗したら責められるなんてアホらしくて
やってられんわ。

毎週毎週、この会議のために、
資料やデータを準備しては、詰められる。

そうやって、憂鬱な毎日を過ごしていました。

でも、なかには、直属上司のように、
しっかり寄り添って応援してくれる人もいて、
なんとか持ちこたえることができた。

でも、そんな大事な人も早くにいなく
なってしまう。

たくさんの特許や開発実績を持ち、
この会社には珍しい、紳士的で物静かな上司。

決して人のことを悪く言わない。
愚痴も言わない。

私は、その人のことを尊敬していました。
もともと、若いころ、職場は別でしたが
仕事の関係でかわいがって頂いて、
2年前から私の直属の上司となりました。

でも、別れは早くやってきました。
「ごめんな、一番つらいときに離れることに
 なってしまって。」

一番つらいのは上司のはず。
片道切符の出向だなんて。

きっと無念だっただろう。
まだまだこれからというときに、
出向という形で出ていくことになって。

その一言で泣くのを必死にこらえてました。
そうやって別れを告げて去っていく人。
どうして大事な人からいなくなって
しまうんだろう?

そんなときに、
工場で大きな事故が起こりました。

そして、その事故を起こした責任者の一人が
私の同期。

彼はとても責任感が強い優秀な技術者。
日々忙しい業務をこなす中、
ちょっとした管理不足が原因で、
部下が大きな事故を起こしてしまった。

彼は責任感ゆえに、
厳しい社内の取り調べにも真面目に
応じていました。

それは最終的に完成した100ページ近くに及ぶ
報告書を見れば一目瞭然。

しかし、現実の彼は、服がヨレヨレ、
髪がボサボサ。
顔もやつれ猫背でトボトボ歩く姿。
なんて声を掛けたら良いのか分からない。

自分も含め、みんな、遠くから見守るしか
できない。
「あ~あ、自分だって、いつあんなふうに
 なってもおかしくない。ほんと、
 今まで運が良かっただけ。
 自分も同じ運命をたどるかも」

心身共に疲れた私は、
これから生きていく意味を見失っていました。

ただ、ただ、毎日、決められた時間に、
デスクに向かい、メールソフトに並んだ
未読メールを、ただ、ただ、処理する日々。

こんなん、いつまで続くん?
その頃から、夜中、
ベッドの中で目を閉じると
頭に浮かんで来ることがありました。

暗く深い海の中に放り込まれ、
息ができない苦しさで声も出ずもがき
苦しむ自分。
そんな夢をたびたび見るようになりました。

そして、そんな世界が、将来、本当に自分に、
やってくる予感がしました。
そう考えると、ますます、苦しくなった。

こんな真っ暗な世界は絶対やだ。
抜け出したい。この苦しみから。
もっと光が溢れる明るく広い世界へ。

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世間の「正解」じゃなく、自分の「答え」を選ぶとき
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絶望の中、もがき続けた私は、
故郷に帰ってゆっくり自分自身を見つめていた。

私が感じていた絶望感、
イライラやストレスの根本原因は、
本当に仕事だけにあったのか?
確かに、仕事は大きな要因でした。

しかし、もっと奥深いものがあるのでは?
努力さえしていれば、
ルール通り生きていれば、
安全安心の生活を送ることができる。

いままでそう考えて生きてきた。

だから、勉強でも仕事でも、
世間に決められた道に沿って必死に努力し、
世間から評価されることで、安心感を得ていた。

でもそれって本当?
それで本当に安心できた?
世間から評価されることを目指した結果、
どうなっちゃったの?

本当は好きでもないこと、
本心ではないことをガマンし続けて、
会社や世間の言いなりの人生を歩んだ結果が、
いまここに現れているのでは?

世間が大事だと言うものを、まるで、
自分が本心からそう思っていたかのように、
カン違いしていただけなじゃなかったか?

私はずっと自分自身を見失っていたのだ。
自分が何を大切にし、何を求めて生きているのか、
その答えを見つけられずにいた。

しかし、いま、ここで、
故郷の風景が教えてくれたのは、シンプルな
幸せだった。

家族との時間、友人との絆、自然との触れ合い。
これらが私にとって
本当に大切なものだったのだ。

仕事の成功や社会的な評価よりも、
もっと根本的な幸せがここにあると感じた。

そして、私は、ここで決意した。
この会社を辞めよう。

今まで来た道を外れてみよう
地位も肩書も収入も全部捨てて。

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40代、スキルゼロからの逆転劇
~「学び直し」で手に入れた武器と自信~
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そこから私は、立ち上がり、再び歩き始めた。
まずは、会社を辞める準備。

そして、新しい人生の方向を見定める。
自由に働けるところがいいなぁ。

といっても、起業とかフリーランスは知らんし、
家族もいるし、学費も必要だし、ローンもあるし。

だから、とりあえず、会社員として転職の道へ。

大きな組織で指揮命令とか、ルールとか、
しがらみとか、意義を感じない仕事とか、
もうたくさん。

自分のそれまでのスキルを活かそうとすると、
それまでの会社と同類の職場しかないだろうなぁ。

だったら、異職種しかないだろうなぁ。

そこで、まずは、だれも知らない、家から近い
小さな会社に平社員で入って、未経験職種で
イチからやってみようって考えたわけです。

転職して最初の一年は、収入激減、
慣れない仕事でしんどかった。

正直、転職ミスったかなぁって思ったりも…
でも、それもたった一年だけの話でしたね。

地道に周りの信頼を掴むこと。
これに専念して少しずつ道が拓けてきた。

転職して一番良かったのは、時間の余裕。
夕方5時にはきっちり終われる。
家族そろって夕食を取り、10時半には就寝。
家に帰ってからのたくさんの時間。

私は独学でパソコンスキルを学びはじめました。
これが一番私の身を助けてくれた。
仕事では強力な武器になります。

職場でもみんなから一目置かれるように。
「こんな沢山のデータ、処理できないよ。
 どうしよう~~~」
って声、どの職場でもよく聞きます。

私はエクセルについてはそこそこ使えてた。
ちゃちゃっとデータ整理してやると
すごく喜ばれました。

それをきっかけに、さらにレベルアップを目指し、
1年ぐらいかけて独学でVBAとかRPAとか
プログラミングができるように猛勉強。

仕事と兼ねて会社の時間を使って勉強してました。
プログラムを書いて、実行して一瞬で処理できると
「うぉ~、すげー」みたいな歓声が上がって、
はい一丁上がり。

みんなに持ち上げられて、いい気分になれる。
そんな世界が待ってました(笑)

一つなにかプログラム言語を習得すると、
ほかの言語でもほぼ考え方、型は同じなので、
いろんなことができるようになってしまいます。

業務の幅もめちゃくちゃ広がる。
全ての業務に使えるスキルですからね。

あらゆる仕事にプログラミングという武器で
切り込んでいく。
そんな感じで、
みんなの仕事がどんどん良くなっていく。

そして、それを見て楽しんでいます。

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人生変えたきゃ、「心の檻」をぶっ壊せ!
~40代からでも、人生変えられる~
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人生変えたいと思っているあなた。
あなたの本当の苦しみが何から由来するのか
根底から考えてみてはいかがでしょうか?

私の場合、自分の心の中に無意識に縛りを
かけていたからです。

そして、それを解き放つには、
まず1歩だけ踏み出してみること。

つまらぬルールや檻なんて破壊しちまえ。

これって、心の成長ですよね。
40歳過ぎても変われるんです。
大企業など大きな組織、他の人が決めた評価や
ルール、そんなものは全部捨て去って、
自分の人生を生きる。

よくよく考えてみてください。

組織の命令一つで、
家族と離れ離れの生活をする。
やりたくない仕事をやる。
人生の大半の時間を奪われる。
大きなストレスを受け続ける。

これって、おかしくないですか?
私は、自分が辛い目にあって初めて
おかしいということに気付けた。

自分の人生を自分以外のものに委ねていた。
極端な話、会社から〇ねって言われて
〇ぬ人いないですよね。

でも、無意識に、同類のことをしていた。
そんな私が、大きな組織から離れて
生活するのには不安もありました。

でも、大丈夫です。

大事なことは多くはありません。

大事なことは、「学び直す」という気持ち。
これさえ持っていれば、いつからだって、
どこでだって、だれだってやっていける。

いまの状況がつらい、だけど、この環境から
抜け出すのは、スキルも知識もなく不安。

だから、ガマンするしか仕方がない。
そう考えているなら人生もったなさすぎる。

私がおすすめする「学び直し」、それは、
パソコンスキルを身に着けること。

なぜパソコンスキル?
それは、パソコンスキルさえ
身に着けることができれば

・どこの会社、職種でも重宝されます。
 だから転職もしやすい。

・家でもどこでも自由にはたらける。

・仕事をサクッと終わらせてさっさと帰宅。
 余った時間は家族団らんもいいし、趣味もOK。

・副業として自分の手で稼ぐことも可能。

この段階で、
かなりの自由を手にすることができますが、
さらには、起業して会社依存からの完全脱却も。

こんな感じで、パソコンスキルって
めちゃくちゃ多くの場面や目的に使えるんです。

私が目指すターゲットとしているのは、
パソコンスキルを使って、会社員として
自由に自分らしくはたらける世界。

そんな世界にたどり着くのに必要な
考え方、戦略、スキルを私がていねいに
教えていきます。

そして、具体的にアウトプットを出し
続けられるように寄り添って支援していきます。

さて、
ここまで長文を読んでいただき、
ありがとうございました。

この出会いが、
あなたの人生をより良くするきっかけになれば、
とてもうれしいです。

ここまで読んでいただいたあなたなら、
きっとできます。全力で応援します。

━━━━━━━━━━━━━━
最後に、
ここまで読んで頂いたあなたに
提案があります。
━━━━━━━━━━━━━━
私が生きている中で最も興味がある
・パソコンスキル
・仕事術、業務効率化
・自動化、プログラミング
・スキル習得・リスキリング
・問題解決力
こんなことに、もし
ちょっとでも興味あるなって方、
私とお話してみませんか?

プログラミング未経験者でも
仕事に使えるプログラミングが
作れるようにお教えします。

相談会が終わったら、
あなたもプログラミングができるように
なっていますよ!

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