かに風サラダ軍艦取られた!

かに風サラダ軍艦取られた!

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コラム
先日、久しぶりに回転ずしに行きました。
特別メニューも豊富で、順調に注文し、お腹も満たされてきたので、最後にラーメンと、それと一緒に食べる「かに風サラダ軍艦」を頼みました。

しばらくすると、「ご注文の品がまもなく到着します」のアナウンスが流れました。
少し遠くからラーメンの器が見えます。
「あれ?」
でも、その後ろにあるはずの「かに風サラダ軍艦」が見当たりません。  ひょっとして……
思わず口から出た言葉は、
「やられた……」
でした。

そうです。私は前のお客さんに軍艦を取られたと思ったのです。
「俺が注文した軍艦を取ったな……」
そんな気持ちになり、家族にも、
「かに風サラダ軍艦、他のお客さんに取られたみたいやから、店員さん呼ぶわ」と言いました。
店員さんに事情を説明すると、すぐに新しい「かに風サラダ軍艦」を持って来てくださいました。
おかげで、ラーメンと一緒に美味しくいただくことができました。

ところが、お店を出て車に乗り込んだ時です。ふと、こんな考えが浮かびました。「待てよ……あの空の皿、ひょっとしたら店員さんがお寿司を置き忘れただけかもしれない」

そう言えば、私たちより前のお客さんのうち二組は帰る準備をしていましたし、隣のお客さんも私の軍艦を取ったようには見えませんでした。
冷静に考えると、「他のお客さんに取られた」と断定できる材料はどこにもありません。それなのに私は反射的に、「やられた」「取られた」と思っていたのです。

この数年、自分の内面と向き合うことを続けてきた私は、その言葉の出所にすぐ気づきました。弟です。

私には一つ下の年子の弟がいます。弟は活発で、自分の気持ちを自然に表現できる子でした。友達も多く、大人たちにも可愛がられていました。

一方の私は、おとなしく、自分の思いを伝えることが苦手でした。
当時の私は、その寂しさや悔しさを言葉にはできませんでした。

でも今振り返ると「弟ばかり見てもらっている」「弟にお母さんを取られた」
そんな感覚が、心のどこかにあったように思うのです。 

もちろん、実際に弟が母を奪ったわけではありません。けれど幼い私にとっては、それが世界の真実でした。
だからこそ、回転ずしで軍艦が見当たらなかった時、「取られた」という昔の感覚が一瞬でよみがえったのでしょう。

そのことに気づいた私は、心の中で幼い自分に会いに行きました。
「取られたと思ったんだね」「寂しかったんだね」 
「もっとお母さんに甘え  たかったんだね」
そう声をかけながら、その子を抱きしめました。
高い高いをしてあげたり、背中をトントンしてあげたりしました。

すると、その子の中にあった寂しさや悲しみが少しずつほどけていくのを感じました。そして、その気持ちは今の私の中に静かに溶け込んでいきました。

人の心の中には、幼い頃に満たされなかった思いや、誰にも聞いてもらえなかった声がたくさん残っています。
それらは消えたわけではなく、静かに心の奥で待っています。

大人になった今の私たちが、その声に耳を傾けてあげる。
「そうだったんだね」
「辛かったんだね」
と受け止めてあげる。

すると不思議なことに、その声は少しずつ安心し、癒されていくのです。
もしあなたの中にも、ずっと聞いてもらえなかった声があるなら、一度静かに耳を傾けてみてください。

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