私は20年間、後ろ向きの靴を履いていた

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学び
昨日映画「国宝」を観た。 とても素晴らしい映画だった。
ただ一つ、どうしても気になることがあった。 

主人公がなぜそこまで芸に取り憑かれていったのか —— その“内側”が見えなかったことだ。

前のブログにも書いたが、私はダンスをやっていた。 自分のやり方に限界を感じ、作品の作り方を一から勉強しようと、振付家向けの講座に参加した。

その講座で学んだことは、深堀することの大切さだ。 
見せ方ももちろん大事なのだが、根幹の部分を深堀して行き、そして見せ方を考えることで作品に深みが出るということだ。

この部分で「国宝」の喜久雄のどうしよもなく芸を磨かねばならない・・といった脅迫概念的な欲求を感じ、知りたかったのだと思う。

さて、「振付家のための講座」の際、自分の内面から出てきた演出方法を発見した。 それは・・・

  自分の2本の足にそれぞれ革靴を反対向きに縛って、進んで行く・・

という演出だった。 

  前に進みたいのに、どうしても過去に引っ張られる。

     顔は前を向いている。
     身体も前を向いている。
     足も、少しずつ前に進んでいる。

  でも—— どこかで、後ろに引き戻されている感覚。 

そしてその革靴の色が黒だったことも、何かを物語っていたのかもしれない。 ひょっとすると、それは幼少期の満たされていない思いが、執着となって今の意識を過去に引き戻していたのかもしれない。

昨日「国宝」を見た後、このシーンが突然浮かび上がってきた。
そして、その瞬間、分かった。

 —— ああ、これを20年間やっていたんだ。

前に進もうとして、でもどこかで戻ろうとして、
ずっと同じ場所で足踏みしていた。 

この数年間、自分の内面探索もし、親子の問題とも向き合い、そしてこの3月で教えてきた学校も辞める決断をしたのはいいが、生計のためにやはり後1年講師をどこかでやろうか・・とまだウジウジやっていた。 

でもこのことに気づいてから、もう肚は決まった。
この内面探索と表現を組み合わせてこれからやって行くんだと・・・ 

  自分の足に縛り付けていた、後ろ向きの黒の革靴。
  そのひもをほどいた。

そして ― それを捨てるのではなく、
  履いたまま、
  一緒に前に進むことにした。


もし同じように、
前に進めない感覚があるなら。
その理由を、一緒に言葉にしてみませんか。





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