「カスハラ」という言葉を、最近よく耳にするようになりました。
怒鳴る、暴言を吐く、無理な要求をする、長時間居座る……。
こうした行為は、カスハラの典型的な例です。
でも、実際の現場では、
「これはカスハラなの?」
「それとも、お客様からの正当なクレームなの?」
と判断に迷う場面もあります。
私は以前、金融機関で働いていました。
今回は、その頃に実際に経験した出来事を振り返りながら、カスハラと正当なクレームの違いについて考えてみたいと思います。
※個人が特定されないよう、内容は一部変更・省略しています。
ケース1:年に1度やってくる「あの人」
テラーをしていた頃の話です。
ある時、隣にいた先輩が、そわそわし始めました。
「そろそろ来る頃だと思うんだけど……」
何のことかと思っていると、本当に来店されました。
年に1回、この時期になると必ず来店される高齢のお客様でした。
定期預金の書き換えのための来店です。
キャンペーンの時期だったため、適用条件などについて、いろいろと説明する必要がありました。
ところが。
説明すること、説明すること、ことごとく噛みついてきます。
「どうしてそうなるんだ」
「そんなことは聞いていない」
という感じで、最初から文句を言いに来ているのではないかと思えるほどでした。
私はできるだけ冷静に説明を続けました。
ところが、とうとう、
「馬鹿なのか」と言われ。。。
さすがに私も我慢できず、
「馬鹿って、どういうことですか?」
少し強めに言い返すと、それ以降、私には何も言わなくなりました。
今度は、
「上の者を呼べ」
となりました。
そこからまた、だらだら、だらだら……。
なんとか手続きを終えてお帰りいただいたのですが、最後には粗品についても文句を言われました。
当時は「カスハラ」という言葉を、今ほど身近には感じていませんでした。
でも、今振り返ってみると、
「馬鹿なのか」という侮辱や、繰り返される要求、長時間の対応、、、
これは、従業員が一人で抱え込むのではなく、会社として対応を考えておくべきケースだったと思います。
ケース2:最後には警察を呼ぶことになったお客様
こちらも金融機関での出来事です。
ある高齢のお客様が、かなり無理のある要求を繰り返されていました。
上司が対応しても、なかなか収まりません。
話が終わっても帰らず、そのまま居座り続けます。
最終的には、警察を呼ぶことになりました。
警察官が来ても、今度は警察官に対しても悪態をつきます。
さすがに警察官もかなり厳しい口調になり、最終的には退去していただくことになりました。
今振り返ると、これはまさに、
「現場の職員だけで対応してはいけないケース」
だったと思います。
カスハラ対策では、
「どの段階で上司に交代するのか」
「従業員一人で対応させないのは、どんなケースか」
「危険を感じる場合には、どうするのか」
といったことを、あらかじめ決めておくことが重要になります。
でも、クレームを言われたら全部カスハラなの?
ここは、カスハラを考えるうえでとても大切なところです。
答えは「いいえ」です。
お客様からの苦情やクレームのすべてが、カスハラになるわけではありません。
例えば、商品やサービスに問題があった場合、
「説明してほしい」
「交換してほしい」
「返金してほしい」
などと申し入れることは、当然あり得ます。
これは、正当なクレーム・申入れである可能性があります。
一方で、その要求をする際に、
暴言を吐く、侮辱する、脅す、威圧する、何度も執拗に繰り返す、長時間拘束する、帰らない
など、手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えれば、カスハラに該当する可能性があります。
厚生労働省の資料でも、侮辱・暴言、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、居座りなどは、社会通念上許容される範囲を超える言動の例として示されています。
つまり、
「何を要求しているのか」
だけではなく、
「どのような方法で要求しているのか」
も重要なのです。
ケース3:3時近くの来店でクレームになったケース
ここで、こんな話があります。
私自身の体験ではありませんが、金融機関であった出来事です。
閉店間際、3時近くに来店されたお客様。
手続きの内容がかなり込み入っていて、どうしても時間がかかるものでした。
対応したテラーが、あからさまに不愛想な態度を取ってしまったようです。
そして、お客様からクレームが入りました。
さて、これはカスハラでしょうか?
私は、これは「カスハラと決めつけることはできない」と思います。
お客様からすれば、
「なぜそんな不愛想な態度を取られなければならないのか」
という、もっともな不満だった可能性があります。
まず会社側は、
「従業員の対応に問題がなかったのか」
を確認する必要があります。
もし従業員の対応に問題があったのであれば、そこは会社側が改善すべきです。
つまり、
「お客様からクレームが来た=カスハラ」ではありません。
正当なクレームには、会社としてきちんと向き合う必要があります。
では、正当なクレームなら、何を言われても仕方がない?
ここも違います。
例えば、
「さっきの対応は不快だった。きちんと説明してほしい」
という申し入れであれば、正当な苦情として対応することになるでしょう。
ところが、
「お前は馬鹿だ」
「こんな店は潰してやる」
などと侮辱・脅迫したり、何時間も怒鳴り続けたり、帰るようお願いしても居座ったりすれば、話は別です。
会社側に落ち度があったとしても、従業員に対して何をしても許されるわけではありません。
ここは、カスハラを考えるうえで非常に重要だと思います。
例えば、
「商品に不具合がある。交換してほしい」
という要求自体は正当でも、
「交換しろ!」「お前は馬鹿だ!」と従業員を侮辱し続ける
となれば、その「要求の内容」と「要求する手段・態様」は分けて考える必要があります。
だからこそ、カスハラ対策では、
「クレームか、カスハラか」
を単純に二択で考えるのではなく、
* お客様は何を求めているのか
* その要求には理由があるのか
* 会社側に問題はなかったか
* その要求をどのような方法で伝えているのか
* 従業員にどのような影響が出ているのか
などを考えることが大切です。
ケース4:何度も同じことを聞いてくるお客様
もう一つ、印象に残っているケースがあります。
ある高齢の女性から、週に1~2回、電話がかかってきました。
1回の電話が20~30分ほどになることもあります。
そして、毎回ほとんど同じことを聞かれます。
電話を受ける側としては、正直なところ大変です。
あるとき、その女性が息子さんと一緒に来店されました。
そこで、日頃の電話の状況を息子さんにお伝えしました。
すると、その後、電話がかかってくることはなくなりました。
当時の私は、
「もしかすると、何らかの認知機能の低下が始まっていたのではないか」
と感じました。
もちろん、私たちが診断できることではありません。
ただ、この経験から、
一見すると「困ったお客様」に見える行動にも、その背景に別の事情がある場合がある
ということを学びました。
厚生労働省も、カスハラ対策を進める際には、消費者の心理や障害特性、認知症の症状などについて労働者の理解を深めることが望ましいとしています。
もちろん、背景に事情があるからといって、従業員が何でも我慢しなければならないということではありません。
会社として状況を把握し、必要に応じて対応方法を考えることが大切なのだと思います。
「カスハラかどうか」は、暴言の有無だけで決まるわけではない
ここまで4つのケースをご紹介しました。
私は、この経験から、
カスハラ対策は「嫌なお客様への対処法」だけではない
と思っています。
「これは明らかに従業員を守る必要がある」
というケースもあれば、
「これはまず会社側の対応を見直すべきでは?」
というケースもあります。
また、
「一見すると困った行動に見えるけれど、背景に別の事情があるのかもしれない」
というケースもあります。
正当な申入れにはきちんと対応しながら、従業員を過度な暴言や威圧、長時間の拘束などから守る。
その両方が必要なのだと思います。
* 2026年10月から、カスハラ対策が事業主の義務になります
2026年10月1日から、カスタマーハラスメント防止のための措置が、すべての事業主の義務になります。
厚生労働省は2026年2月26日にカスタマーハラスメント防止指針を公布しており、事業主には、方針の明確化・周知、相談体制の整備、相談があった場合の適切な対応などが求められます。
だからこそ、
「カスハラが起きてから考える」
のではなく、
今のうちに、
* 自社ではどのようなケースが起こりそうか
* どこから上司に交代するのか
* 相談窓口を誰にするのか
* カスハラが発生した場合、会社としてどう対応するのか など
を考えておくことが大切です。
特に小さな会社では、社長や店長自身がクレーム対応をすることも多いと思います。
だからこそ、まずは、
「困ったときには一人で抱え込まない」
という仕組みを作るところから始めてみてはいかがでしょうか。
そのためのルールや対応方法を、会社としてあらかじめ決めておくことが大切です。
「自社の場合、どこまで決めておけばいいの?」
「相談窓口や対応ルールをどう整えればいい?」
「カスハラ対策を始めたいけれど、何から手をつければいいのか分からない」
という方は、社会保険労務士としてお手伝いします。
お気軽にご相談ください。