二度離婚しても、私は離婚を後悔していない。

二度離婚しても、私は離婚を後悔していない。

記事
コラム
はじめに

私は離婚を恥ずかしいと思ったことがない。

「二度離婚しています。」

そう話すと、驚かれることがあります。

でも、そのあと必ず言われる言葉があります。

「つらかったね。」

私はそのたびに少し考えます。

もちろん、楽ではありませんでした。

結婚した時は、本気で幸せになりたかった。

離婚なんて考えてもいませんでした。

でも今だから思うんです。

私が一番苦しかったのは、離婚したことじゃありませんでした。

離婚するかどうか悩み続けていた時間でした。

もっと早く決めればよかった。

もっと早く自分を大切にすればよかった。

そう思うことはあります。

でも、離婚したことを後悔したことは一度もありません。

この話を書くかどうか、少し迷いました。

離婚の話は、人によって受け取り方が違います。

だから誰かを傷つけてしまうかもしれない。

そんな不安もありました。

でも、書こうと思いました。

私と同じように、

「もう限界かもしれない。」

そう思いながら毎日を過ごしている人がいるかもしれないから。

これは、離婚を勧める記事ではありません。

結婚を否定する記事でもありません。

21歳で結婚した一人の女性が、

二度の結婚と離婚を経験し、

40歳になってようやく

「私の人生を生きてもいい。」

そう思えるようになるまでのお話です。

もしよかったら、

少しだけ私の人生に付き合ってください。

第1章

私は結婚したかったんじゃない。あの家から逃げたかった。

18歳の私は、恋をしていました。

…そう思っていました。

その人は、私がアルバイトをしていたお店に、沖縄から応援で来ていた社員さんでした。

顔は、本当にかっこよかった。

今思い出しても、「私のど真ん中のタイプだったな。」って笑ってしまうくらい。

しかも優しかった。

だから私は、一目惚れをしました。

当時の私は、本気で

「この人と一緒にいたい。」

そう思っていました。

でもね。

40歳になった今だから分かることがあります。

私は、その人と結婚したかったんじゃなかった。

あの家から逃げたかった。

それが本当の気持ちでした。

私の実家は、安心できる場所ではありませんでした。

母はギャンブルで何度も借金を繰り返し、家を空けることも多かった。

父と顔を合わせれば喧嘩。

殴られたこともありました。

お金を要求されることもありました。

家に帰るのが嫌でした。

「早く大人になりたい。」

「早く家を出たい。」

そればかり考えていました。

だから、彼が沖縄へ帰ると聞いた時、

私も一緒について行くことを決めました。

あの頃の私は、それを

「恋だから。」

そう思っていました。

でも違いました。

恋だったことは嘘じゃない。

好きだったことも嘘じゃない。

でも、その好きの中には、

「ここから連れ出してほしい。」

という気持ちが混ざっていました。

18歳の私は、それに気づけませんでした。

沖縄で二人の生活が始まりました。

毎日が新鮮でした。

家族もいない。

知り合いもいない。

それでも私は幸せでした。

やっと自分の人生が始まる。

そう思っていました。

しばらくして、私たちは結婚しました。

授かった命もありました。

「今度こそ普通の家庭を作ろう。」

私は本気でそう思っていました。

小さい頃から当たり前だと思えなかったものを、自分の子どもには当たり前にしてあげたい。

笑ってご飯を食べること。

「おかえり」と言えること。

家族で出かけること。

そんな普通の毎日が、私には夢でした。

だから私は、この結婚を絶対に守ろうと思っていました。

でも今だから思うんです。

人は、

「逃げたい気持ち」だけでは幸せになれない。

どれだけ好きでも。

どれだけ優しい人でも。

「ここから出たい。」

という理由だけで始めた人生は、どこかで苦しくなる。

もちろん、18歳の私を責めるつもりはありません。

あの時の私には、それしか選べなかった。

そうやってしか、自分を守れなかった。

だから今でも思います。

20歳の私に会えるなら、

「そんなに頑張らなくていいよ。」

とは言わない。

きっと、こう言います。

「やっと家を出られたね。」

って。

まずは、それでよかったんだよって。

でも、その時の私はまだ知りませんでした。

新しい人生が始まったと思っていたその場所で、

私はまた、

「自分より相手を優先する人生」

を選んでしまうことになるなんて。

そして、その小さな違和感は、

一本の500円玉貯金から始まっていました。



第2章

500円玉貯金が壊れた日、私たちの結婚も少しずつ壊れ始めていた。

結婚して間もない頃。

私たちは500円玉貯金を始めました。

「いっぱい貯まったら旅行に行こうね。」

そんな何気ない約束でした。

スーパーでお釣りに500円玉があると、

「ラッキー。」

そう言いながら缶に入れる。

そんな小さな楽しみが、私は好きでした。

でも、今思えば。

あの頃から少しずつ違和感は始まっていました。

私は毎回500円玉を入れていました。

でも彼は、あまり入れていませんでした。

「忘れてるのかな。」

「今、お金ないのかな。」

そんなふうに自分で理由を作っていました。

本当は気づいていたんです。

でも、見ないようにしていました。

ある日。

私も500円玉を入れようと缶を持った時、違和感がありました。

「あれ?」

軽い。

開けられないはずの缶。

よく見ると、缶切りで開けた跡がありました。

しかも、開けたことが分からないように、きれいに戻してありました。

中を見ました。

空っぽでした。

旅行のために二人で貯めていた500円玉は、一枚もありませんでした。

私は彼に聞きませんでした。

「なんで?」

その一言が言えなかった。

怖かったんです。

もし彼が認めたら。

もし本当に使っていたら。

その現実を知る方が怖かった。

だから私は、自分の中で終わらせました。

「きっと何か理由がある。」

「悪気はないんだよね。」

「また貯めればいいか。」

そうやって、自分を納得させました。

今だから思います。

あの時、なくなったのは500円玉じゃなかった。

私の『違和感を信じる力』でした。

その日からも生活は続きました。

彼は仕事を始めても、すぐ辞めました。

相談もありません。

「今日で辞めてきた。」

そんなことも珍しくありませんでした。

でも、不思議なんです。

仕事には行かなくても、パチンコには毎日のように行く。

お金がないと言いながら、ゲームは買う。

そのたびに私は、

「次は頑張ってくれるよね。」

そう信じていました。

いや、信じたかったんです。

だって、結婚したばかりでした。

これから子どもも生まれる。

ここで現実を認めたら、

「私の選んだ人は間違いだった。」

そう認めることになる。

それが一番怖かった。

だから私は、見ないことを選びました。

人って、不思議です。

大きな問題はすぐ気づきます。

でも、小さな違和感は、自分で消してしまう。

「気のせい。」

「考えすぎ。」

「そのうち変わる。」

昔の私は、その言葉ばかり使っていました。

でもね。

今なら分かります。

結婚生活って、大きな出来事で壊れるんじゃない。

小さな違和感を、自分が何度も見逃した時に壊れ始める。

500円玉は、

ただのお金じゃありませんでした。

あれは、

私が初めて自分の心に嘘をついた日だったのかもしれません。

でも、この時の私はまだ知りませんでした。

500円玉の違和感なんて、小さなことだったと思うくらいの出来事が、このあと待っていることを。

私は子どもを育てながら、三つの仕事を掛け持ちすることになります。

そしてある夜。

「夜勤までには帰る。」

そう言って出て行った彼は、

朝になっても帰ってきませんでした。


第3章

三つ仕事を掛け持ちしても、守れなかったもの。

子どもが生まれてから、私はとにかく働きました。

働かないと生活ができなかったからです。

一つじゃ足りない。

二つでも足りない。

気づけば三つの仕事を掛け持ちしていました。

朝から働いて。

昼も働いて。

夜は夜勤。

正直、何曜日だったのかも覚えていません。

毎日が同じことの繰り返しでした。

それでも、不思議と苦しいとは思いませんでした。

私が頑張れば、この家族は大丈夫。

そう信じていたからです。

一方で、夫は仕事を辞めては探し、また辞める。

そんな生活を繰り返していました。

それでもパチンコだけは休まない。

私は何度も思いました。

「なんで?」

でも、その言葉を飲み込みました。

責めたらケンカになる。

ケンカになれば家の空気が悪くなる。

子どもたちがかわいそう。

だから私が我慢すればいい。

それが家族を守ることだと思っていました。

今だから思うんです。

私は家族を守っていたんじゃありません。

壊れていく現実を、必死に一人で支えていただけでした。

ある日のことです。

私は夜勤の日でした。

夫は出かける前に言いました。

「夜勤までには帰るよ。」

その言葉を信じていました。

小さな子どもを置いて、仕事には行けません。

だから私は、その時間まで待っていました。

時計を何度も見ました。

そろそろ帰ってくるかな。

まだかな。

夕方が夜になり。

夜が深夜になり。

私は会社へ電話をしました。

「すみません。少し遅れます。」

本当は遅れるんじゃありません。

行けなかったんです。

でも、その時はまだ帰ってくると思っていました。

会社にも迷惑をかけたくない。

夫のことも信じたい。

そんな気持ちでした。

子どもたちは何も知らずに眠っています。

私は玄関の音だけを待っていました。

車の音がすると立ち上がる。

違った。

また座る。

そんなことを何度も繰り返しました。

でも。

朝になっても帰ってきませんでした。

結局、その日の夜勤には行けませんでした。

当然、会社からの信用もなくなります。

「また?」

そんな空気が伝わってきました。

でも、一番つらかったのは会社じゃありません。

私はその朝、初めて思ったんです。

「いつまで、こんな生活を続けるんだろう。」

怒りではありませんでした。

悲しみでもありません。

もう、疲れていました。

毎日、生活費のことを考える。

子どものことを考える。

仕事のことを考える。

夫のことまで考える。

私の頭の中には、私がいませんでした。

「私、何が好きだったっけ。」

そんなことさえ分からなくなっていました。

それでも、不思議なことがあります。

この時の私は、まだ離婚を決めていませんでした。

どこかで、

「変わってくれるかもしれない。」

そう思っていました。

いや。

そう思いたかったんです。

結婚を失敗だったと思いたくなかった。

18歳で家を飛び出して。

沖縄まで来て。

この人と幸せになるって決めた。

その全部を否定することが怖かった。

だから私は、最後まで信じようとしていました。

でもね。

今だから思うんです。

信じることと、

自分を犠牲にすることは違いました。

あの頃の私は、その違いが分かりませんでした。

私は「優しい人」になろうとしていました。

でも、本当に必要だったのは、

優しい人になることじゃなく、

自分の心の悲鳴を聞いてあげることだったんです。

この夜の出来事は、私の中で何かを大きく変えました。

すぐに離婚したわけではありません。

それでも、この日を境に少しずつ気づき始めたんです。

「この結婚を守りたい。」

そう思っていた私が、本当に守りたかったものは何だったんだろう、と。

そして、その答えは離婚届に印鑑を押した日、ようやく分かることになります。

その時、私の口から出た言葉は、涙でも後悔でもありませんでした。

「やっと終わる。」

その一言でした。

第4章

やっと終わる。
──11年間の結婚生活に、私が自分で終止符を打った日。

あの夜から、私の中で何かが変わりました。

夜勤までには帰る。

そう言って家を出た夫は、朝まで帰ってきませんでした。

子どもたちは何も知らずに眠っています。

私は仕事にも行けず、会社へ遅刻の電話を入れ、ただ帰りを待つことしかできませんでした。

朝になっても帰ってこない玄関を見つめながら、私は思いました。

「いつまで、こんな生活を続けるんだろう。」

その日を境に、私は少しずつ離婚を考えるようになりました。

でも、すぐには決められませんでした。

11年です。

人生の半分を一緒に過ごした人です。

子どももいる。

離婚なんて簡単に決められるはずがありません。

「もう少し頑張れば変わるかもしれない。」

「子どものためには我慢した方がいいのかな。」

そんなことを毎日のように考えていました。

今だから思うんです。

離婚そのものより、

離婚するか悩み続けていた時間の方が、ずっと苦しかった。

答えは、とっくに出ていました。

でも、自分で認められなかった。

「結婚は一生もの。」

「子どもがいるんだから。」

そんな言葉に、自分を縛っていました。

そして、離婚を決めた日。

一番最初に浮かんだのは、子どもたちの顔でした。

「ごめんね。」

心の中で、何度もそう言いました。

でも、その「ごめんね」は、

離婚することへの謝罪じゃありませんでした。

こんな生活を長く続けさせてしまって、貧乏で苦しい生活をさせてごめんね。

その気持ちでした。

私は子どもたちに、

「もう離婚するよ。」

そう伝えました。

正直、どんな反応が返ってくるのか怖かった。

責められるかもしれない。

泣かれるかもしれない。

そう思っていました。

でも返ってきた言葉は、私が想像していたものとは全然違いました。

「もういいんじゃない?」

その一言でした。

その瞬間、胸の奥にあった何かが、すっとほどけました。

子どもは全部分かっていたんです。

私が笑えていなかったことも。

我慢していたことも。

家の空気も。

全部。

私は子どもを守っているつもりでした。

でも本当は、

子どもに心配をかけ続けていました。

離婚届を書いた日も、よく覚えています。

名前を書いて。

印鑑を押して。

私は泣くと思っていました。

11年間も一緒にいた人です。

幸せだった時間も、もちろんありました。

だから涙くらい出ると思っていました。

でも。

涙は出ませんでした。

口から出たのは、たった一言。

「やっと終わる。」

でした。

その一言を言った瞬間、

肩に乗っていた重たい荷物が、一気に下りた気がしました。

「もう頑張らなくていい。」

そう思えたのは、あの日が初めてでした。

その夜。

子どもたちが寝たあと、一人で静かな部屋に座っていました。

何も考えない時間なんて、何年ぶりだったんだろう。

ぼんやり天井を見ながら、ふと思いました。

「人生の半分は、この人にあげてたんだな。」

後悔ではありません。

恨みでもありません。

ただ、少し寂しかった。

でも、それ以上に思ったことがあります。

「ここからは、自分の人生を生きよう。」

そんな気持ちでした。

離婚を選んだから幸せになれた。

私はそんなことは思いません。

離婚が正解とも思いません。

結婚を続けることが幸せな人も、たくさんいます。

だから、誰かに「離婚した方がいいよ。」なんて言うつもりはありません。

でも、私には一つだけ確かなことがあります。

あの時、離婚を決めたことは後悔していない。

むしろ後悔しているのは、

答えが出ていたのに、自分の気持ちをごまかし続けていた時間です。

もしあの頃の私に会えるなら、

「もっと早く離婚しなよ。」

とは言いません。

きっと、こう言います。

「もう十分頑張ったよ。」

その一言だけで、あの頃の私は少し救われた気がするからです。

私は、この離婚で人生が終わると思っていました。

でも、本当は違いました。

人生が終わったんじゃない。

ここから、もう一度始まるんだ。

そう思える日が来るなんて、この時の私はまだ知りませんでした。

そして数年後。

私はもう一度だけ、「今度こそ幸せになれるかもしれない」と思う人と出会います。

でも、その結婚でも私は、また同じように自分を後回しにしてしまうのでした。

第5章

今度こそ幸せになれると思った。だから、また自分を失った。

一度離婚を経験すると、人は慎重になると思っていました。

私はもう同じ失敗はしない。

今度こそ相手をちゃんと見よう。

今度こそ幸せになろう。

そう思っていました。

だから、二人目の夫と出会った時も、最初は恋愛をするつもりなんてありませんでした。


出会いは、またアルバイト先でした。

ある日、私がトラブルに巻き込まれた時、助けてくれた人でした。

その姿が、とても頼もしく見えました。

「この人なら大丈夫かもしれない。」

そんなふうに思いました。

結婚した理由を聞かれると、今でも少し困ります。

「なんとなく。」

それが一番近い答えです。

なんとなく一緒にいたいと思った。

なんとなく、この人となら穏やかに暮らせる気がした。

一度失敗した私は、今度こそ普通の幸せが欲しかっただけでした。

でも。

結婚してしばらくすると、また少しずつ違和感が増えていきました。

「服、用意しといて。」

「明日は何時に起こして。」

「お茶ちょうだい。」

「これ、やっといて。」

最初は何とも思いませんでした。

夫婦なんだから、これくらい普通なのかなって。

でも、その「これくらい」が毎日続くと、気づけば私は自分のことを考えなくなっていました。

夫が起きる時間を気にする。

夫の服を用意する。

夫が困らないように先回りする。

一日の中心にいたのは、また私ではありませんでした。

私は「妻」をしているつもりでした。

でも今思えば、

家政婦と、お母さんを一人でやっていたような毎日でした。

それでも私は、不満を口にしませんでした。

「嫌だ。」

その一言が言えなかった。

一度離婚している私が、また結婚を失敗させるなんて。

そんなことは絶対にしたくなかったんです。

だからまた、自分に言い聞かせました。

「私が頑張ればいい。」

「これくらい我慢しよう。」

「結婚って、こういうものなんだ。」

……一人目の結婚でも、同じことを思っていたのに。

人って不思議です。

相手が変わっても、自分の考え方が変わらなければ、また同じ景色を見てしまう。

私は二度目の結婚で、それを痛いほど知りました。

でも、この頃の私は、まだ気づいていませんでした。

私は「優しい人」を選んでいるつもりでした。

でも、本当に必要だったのは、

「私を大切にしてくれる人」

だったんです。

もっと言えば、

その前に必要だったのは、

私自身が私を大切にすることでした。

それができないまま結婚しても、また同じことを繰り返してしまう。

そのことを、この時の私はまだ知りませんでした。

そして、ある出来事が起こります。

私は入退院を繰り返すようになりました。

さらに仕事中の事故で、小指を切断してしまいます。

働きたくても働けない。

生活は一気に苦しくなりました。

だから私は、勇気を出して生活費のことを相談しました。

夫婦だから。

困った時は助け合えると思っていました。

でも、その時返ってきた言葉は、私が想像していたものとはまったく違いました。

「これは俺のお金だから渡せない」

その一言で、私の中にあった何かが、静かに音を立てて崩れました。

第6章

「これは俺のお金だから。」

一度目の離婚をした時。

私は思いました。

「もう同じことは繰り返さない。」

だから二度目の結婚では、

「この人なら大丈夫。」

そう信じていました。

でも、結婚生活は少しずつ私を苦しめていきました。

一番苦しかったのは、お金のことでした。

家賃だけは夫が払っていました。

でも、それ以外の生活費は、私でした。

食費。

日用品。

光熱費。

子どもたちに必要なお金。

細かい出費まで、全部私。

毎月赤字でした。

給料日が来ても安心なんてできません。

「今月も足りるかな。」

そんなことばかり考えていました。

周りから見たら普通に生活しているように見えたかもしれません。

でも実際は違いました。

病院へ行きたくても、お金がない。

薬を買うことさえ迷う。

「もう少し我慢しよう。」

そうやって、自分の体を後回しにしていました。

その積み重ねが、限界を超えました。

私は入退院を繰り返すようになります。

入院費を一括で払える余裕なんてありませんでした。

病院へ事情を説明して、

少しずつ支払わせてもらっていました。

正直、情けなかったです。

大人になって。

働いて。

家庭を持って。

それでも入院費を払えない自分がいました。

でも、一番情けないと思っていたのは、

そんな状況でも

「早く仕事に戻らなきゃ。」

そう思っていた自分でした。

休むことより、

毎日の生活するお金がなくなることが怖かった。

そんなある日。

仕事中の事故で、小指を切断しました。

痛みより先に頭に浮かんだのは、

「働けなくなる。」

そのことでした。

収入はどうしよう。

生活はどうしよう。

また不安が押し寄せました。

だから私は、勇気を出して夫に話しました。

「生活費を少し出してほしい。」

今思えば、お願いじゃなかったんです。

夫婦なんだから。

困った時は助け合うものだと思っていました。

だから私は、

当然のように助けてもらえると思っていました。

でも返ってきた言葉は、

私が想像していたものとはまったく違いました。

「俺も支払いがあるし、これは俺のお金だから渡せない。」

その瞬間。

時間が止まったような気がしました。

怒りはありませんでした。

泣きもしませんでした。

ただ。

「あぁ、私は一人だったんだ。」

そう思いました。

夫婦だと思っていたのは、私だけでした。

私は家族として生きていた。

でも相手は、

自分のお金。

自分の生活。

自分の都合。

そこが一番だった。

今だから思います。

当時の私は、

「私が頑張れば何とかなる。」

そう思い込んでいました。

でも違いました。

一人だけが頑張り続ける結婚は、

もう結婚ではなかったんです。

今なら、あれは経済的DVだったと言えます。

でも当時は、そんな言葉も知りませんでした。

ただ、

「私の努力が足りない。」

そう思っていました。

だから苦しかった。

だから自分を責め続けました。

でも。

あの日の一言で、

私の中で何かが静かに終わりました。

一度目の離婚は、

「やっと終わる。」

そんな気持ちでした。

二度目は違いました。

「やっと解放される。」

でした。

もう誰かの機嫌を気にしなくていい。

お金のことで怯えなくていい。

病院へ行くことを我慢しなくていい。

何より、

「私が全部頑張らなきゃ。」

そう思わなくていい。

そのことが、何より嬉しかった。

離婚してすぐに人生が変わったわけではありません。

仕事は相変わらず忙しかったし、お金に余裕ができたわけでもありません。

でも、不思議なことがありました。

ある日、本当に何気ない日でした。

朝だったのか。

仕事帰りだったのか。

もう覚えていません。

でも、ふと思ったんです。

「あれ、なんか私、軽い。」

あんなに毎日苦しかったのに。

胸が苦しくない。

家に帰るのが怖くない。

誰かの顔色をうかがわなくていい。

その「軽さ」は、

自由という言葉より、もっと優しいものでした。

私は離婚したから幸せになったんじゃありません。

自分を犠牲にする毎日が終わったから、笑えるようになった。

そのことに気づけた時、私はようやく、自分の人生を歩き始めたんだと思います。

でも、この時の私はまだ知りませんでした。

もう二度と結婚はしないと決めた私が、

また一人の男性と出会い、

人生で初めて「自分は自分のままでいい」と教えてもらうことになるなんて。

第7章

「君が好きな君が好き。」
二度目の離婚をして、私は一つだけ決めたことがありました。

もう結婚はしない。

これは勢いで決めたことではありません。

今も変わりません。

この先も変えるつもりはありません。

私は二度結婚して、二度とも自分を失いました。

だからもう、誰かの人生を生きることはやめよう。

そう決めたんです。

一人は寂しくありませんでした。

むしろ、一人の方が気楽でした。

誰かの機嫌を気にしなくていい。

自分の好きな時間に寝て、好きなものを食べて、好きなように笑える。

それだけで十分幸せでした。

だから、もう恋愛もしなくていいと思っていました。

ところが人生って、本当に不思議です。

そんな私の前に、今の彼が現れました。

正直に言うと、最初は顔が好きでした。

体も好きでした。

「あ、この人かっこいい。」

そんな始まりでした。

でも、中身は何も変わっていませんでした。

また嫌われたくない。

また好かれたい。

また”いい子”を演じていました。

返信が少し遅いだけで不安になる。

「何か悪いことしたかな。」

「もう好きじゃなくなったのかな。」

スマホばかり見ていました。

愛されている証拠が欲しかった。

「好き。」

その一言が欲しかった。

言われたら安心する。

でも、その安心は長く続きません。

次の日にはまた不安になる。

私は前作で書いたような、恋愛依存そのものでした。

でも。

彼は今まで出会った人とは違いました。

私は何度も聞きました。

「どんな髪型が好き?」

「ロングが好き?」

「ショートが好き?」

「どんな服が好き?」

今思えば、

私はまた誰かの”好き”になろうとしていました。

すると彼は、少し笑いながら言いました。

「君が好きな君が好き。」

最初は意味が分かりませんでした。

「え?」

って聞き返しました。

すると彼は、

「ロングでもショートでもいい。」

「スカートでもパンツでもいい。」

「君が好きで選んだものなら、それが一番似合う。」

そう言いました。

その瞬間。

胸の奥で何かが崩れました。

私は今まで、

誰かに好かれるために生きてきました。

中学生の頃は、

普通の家庭の子を演じました。

恋愛をすれば、

相手の好きな女の子になろうとしました。

結婚してからも、

妻として。

母親として。

家政婦として。

ずっと誰かに必要とされる自分を演じていました。

でも彼は、

そんな私を求めませんでした。

「そのままでいい。」

そう言ってくれました。

誰かにそう言われたのは、

人生で初めてだった気がします。

もちろん、彼は特別優しい言葉を毎日くれる人ではありません。

「好き。」

を何度も言う人でもありません。

でも、不思議なんです。

私は今、不安がありません。

それは彼が変わったからじゃない。

私が彼を信じられるようになったからです。

一緒に過ごす時間の中で、

彼がどんな人なのかを知りました。

言葉は少なくても、

ちゃんと行動で伝えてくれる人だと分かりました。

だからもう、

「愛されてないのかも。」

そんなことは思わなくなりました。

昔の私は、

愛の言葉を集めて安心していました。

今の私は、

その人自身を知ることで安心しています。

この違いは、とても大きいものでした。

そして、もう一つ気づいたことがあります。

私は恋をしている相手が好きだったんじゃない。

尊敬できる人を愛していたかった。

これも40歳になって初めて知りました。

だから私は、彼に依存しなくなりました。

彼中心の生活でもありません。

自分には自分の人生がある。

彼には彼の人生がある。

その二つが重なる時間が幸せなんだと思えるようになりました。

もし20歳の私が今の私を見たら、

きっと驚くと思います。

「返信が遅くても平気なの?」

「毎日会いたいと思わないの?」

そう聞くでしょう。

私は笑って答えます。

「うん、大丈夫。」

って。

恋愛は、

誰かに幸せにしてもらうものじゃありませんでした。

自分を好きになれた時、

初めて誰かをちゃんと好きになれる。

私は二度の離婚をして、

ようやくその意味を知りました。

だから今、胸を張って言えます。

あの二度の離婚は、

私から幸せを奪った出来事じゃありませんでした。

本当の私を取り戻すために必要だった人生でした。

そして、そのことを一番伝えたい相手がいます。

20歳の私です。

次の章では、あの頃の私へ、そして30歳の私へ、今の私だからこそ伝えられる言葉を書こうと思います。

最終章

離婚を後悔していない理由。
「二度も離婚したんだね。」

そう言われることがあります。

そのたびに私は笑って答えます。

「うん。」

それ以上でも、それ以下でもありません。

二度離婚したことは事実です。

でも、その事実だけでは、私の人生は語れません。

18歳の私は、結婚すれば幸せになれると思っていました。

家庭を持てば、普通になれると思っていました。

子どもの頃に手に入らなかったものを、自分で作ればいい。

そう信じていました。

でも現実は違いました。

私は二度結婚して、二度とも自分を見失いました。

誰かに嫌われないように。

誰かに必要とされるように。

誰かの期待に応えられるように。

気づけば、自分の気持ちはいつも一番最後でした。

だから今、思うんです。

私が失敗したのは、結婚じゃありませんでした。

自分を後回しにする生き方でした。

そのことに気づくまで、40年かかりました。

長かったです。

でも、40年かかったからこそ、分かったこともあります。

今の私は、もう誰かに幸せにしてもらおうとは思っていません。

幸せは、誰かからもらうものじゃありませんでした。

朝、安心して目を覚ませること。

家に帰って、ほっとできること。

笑いたい時に笑えること。

「今日は何を食べようかな。」

そんな小さなことを、自分で決められること。

私にとって幸せは、そんな毎日でした。

だから私は、二度離婚したことを後悔していません。

もし離婚していなかったら。

私は今もきっと、

「私が我慢すればいい。」

そう言いながら生きていたと思います。

それは、私が望む人生ではありませんでした。

もちろん、結婚を否定しているわけではありません。

結婚して幸せな人もいます。

離婚しない方が幸せな人もいます。

だから私は、「離婚した方がいい。」なんて言うつもりはありません。

でも、一つだけ伝えたいことがあります。

あなたの人生は、あなたのものです。

その言葉を、昔の私は誰かに言ってほしかった。

だから今度は、私が伝えたい。

もし今、離婚するかどうか悩んでいる人がいたら。

もし毎日、

「もう限界かもしれない。」

そう思いながら暮らしている人がいたら。

答えを急がなくてもいい。

でも、自分の気持ちだけは見失わないでほしい。

我慢し続けることだけが、優しさじゃないから。

私は二度離婚しました。

そして二度とも、

人生が終わったとは思いませんでした。

むしろ、新しい人生の始まりでした。

だから今、20歳の私に会えたらこう言います。

「頑張ったね。」

「綺麗でいてくれてありがとう。」

あの頃は、自分を好きになれなかったよね。

誰かに愛されることばかり考えていたよね。

でも大丈夫。

40歳のあなたは、ちゃんと笑ってる。

30歳の私にも伝えたい。

毎日、本当に大変だったね。

入退院を繰り返して。

家政婦みたいに働いて。

体も心もボロボロだったね。

でも、その時間は無駄じゃなかった。

あの経験があったから、人の痛みが分かるようになった。

そして今の私は、過去の私にありがとうと言えます。

18歳の私も。

30歳の私も。

全部、今の私を作ってくれたから。

だから私は、二度離婚したことを後悔していません。

それは、離婚が正しかったからではありません。

あの経験があったから、ようやく私は「私」を生きられるようになったからです。

もし、この長い話を最後まで読んでくださった方がいるなら、本当にありがとうございます。

私は特別な人ではありません。

たくさん失敗して、たくさん遠回りしてきた、どこにでもいる一人の女性です。

それでも、もしこの記事を読んで、

「私だけじゃなかったんだ。」

そう思ってもらえたなら。

あの頃の私が救われたように、誰かの心が少しだけ軽くなったなら。

それ以上に嬉しいことはありません。

そして、これで私の人生が終わるわけではありません。

この先も私は、恋愛のこと、家族のこと、スピリチュアルのこと、40代になって気づいたことを、そのまま飾らずに書いていこうと思います。

完璧な人生じゃありません。

でも、だからこそ書けることがあります。

またどこかの記事で、お会いできたら嬉しいです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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