離婚するとき、泣いた?」
そう聞かれたことがあります。
でも私は、離婚に関しては一切泣きませんでした。
冷たい人だからじゃありません。
元夫が嫌いだったからでもありません。
もう何年も前から、
私の中では夫婦が終わっていたからです。
家事も育児も一人。
子どもの学校行事も一人。
食卓も別々。
出かけることもない。
同じ家に住んでいても、
私には"家族"ではなく、
"同居人"のような存在でした。
だから離婚届を出した日は、
悲しい日ではなく、
長い時間がやっと動き出した日でした。
でも。
離婚してから、不安がゼロになったわけではありません。
私を苦しめたのは、
元夫を失ったことではなく、
明日からの生活でした。
第一章
「泣きたい」のに泣けなかった夜
「離婚して寂しくなかった?」
この質問をされるたびに、少しだけ困ります。
正直に言うと、私は離婚では一度も泣きませんでした。
元夫がいなくなって寂しい。
戻ってきてほしい。
そんな気持ちは、本当にありませんでした。
結婚していた頃から、家事も育児も私一人。
子どもの卒業式に来ることもない。
家族で食卓を囲むこともない。
休日にみんなで出かけることもない。
同じ家に住んでいても、私の中ではずっと前から「夫婦」ではなく、「同居人」のような存在でした。
だから離婚届を出した日は、悲しい日ではありませんでした。
「やっと終わった。」
その気持ちのほうが強かったんです。
でも、不安がなかったわけではありません。
泣きそうになった夜は、何度もありました。
その理由は、離婚ではありません。
仕事のこと。
生活のこと。
子どもたちをちゃんと育てていけるのかということ。
その頃の私は、毎日そのことばかり考えていました。
母子家庭になれば、お金はもっと苦しくなる。
もし仕事を辞めることになったらどうしよう。
病気になったらどうしよう。
そんな不安が、頭の中をぐるぐる回っていました。
子どもたちに対しても、離婚そのものを申し訳ないと思ったことはありません。
ただ一つだけ。
私の選んだ人生に巻き込んで、苦しい生活をさせてしまうかもしれない。
そのことだけは、何度も胸が痛みました。
だから私は、自分のことよりも、子どもたちの生活を守ることだけを考えていました。
あの頃の私は、「泣いている時間があったら働かなきゃ。」
そんな毎日だった気がします。
今振り返ると、もっと弱音を吐いてもよかったのかもしれません。
誰かに「不安だよ」と言ってもよかったのかもしれません。
でも、あの頃の私には、その余裕がありませんでした。
ただ今日を乗り切ること。
明日も子どもたちにご飯を食べさせること。
それだけで精一杯でした。
第二章
本当に楽になったのは、お金でした。
離婚したとき、一番不安だったのはお金でした。
母子家庭になれば生活は苦しくなる。
私もそう思っていました。
だから毎日、不安ばかりでした。
ちゃんと生活していけるかな。
子どもたちに我慢ばかりさせることにならないかな。
そんなことばかり考えていました。
でも、数か月たった頃です。
「あれ?」
ふと、そんなふうに思ったんです。
思っていたより生活が苦しくない。
それどころか、少しずつ余裕が出てきていました。
最初は理由が分かりませんでした。
収入が急に増えたわけでもありません。
宝くじが当たったわけでもありません。
それなのに、お金が残る。
そのとき初めて気づいたんです。
私は結婚していた頃、お金ではなく『自由』を失っていたんだと。
今なら「経済的DV」という言葉があります。
でも当時の私は、それを疑うことさえ出来ませんでした。
結婚している間は、それが普通だと思っていたんです。
何かを買うにも気を遣う。
お金のことで気持ちが小さくなる。
「これを買ってもいいのかな。」
そんなふうに考えることが当たり前になっていました。
だから離婚して、自分で働いたお金を自分で管理できるようになったとき、
初めて肩の力が抜けた気がしました。
もちろん、お金持ちになったわけではありません。
贅沢な暮らしができるようになったわけでもありません。
それでも、自分で考えて、自分で決められる。
その安心感は、私にとって想像以上に大きなものでした。
だから私は、離婚してお金が増えたというより、
『安心して使えるお金』が増えたと感じています。
そして、その安心は少しずつ心の余裕にも変わっていきました。
離婚したら不幸になる。
母子家庭は大変。
そんな言葉を何度も聞いてきました。
もちろん、それが当てはまる人もいます。
でも、私の人生では違いました。
結婚していた頃より、
離婚してからのほうが、お金も、自由も増えた。
これが、私の正直な現実です。
第三章
それでも、泣かなかった理由。
「強いお母さんだね。」
離婚してから、そんな言葉をかけてもらうことがありました。
でも、その言葉を聞くたびに、少しだけ違和感がありました。
私は強かったわけじゃありません。
強くなるしかなかったわけでもありません。
ただ、毎日を生きることに必死だっただけです。
朝は仕事へ行く。
帰ってきたらご飯を作る。
洗濯をして、片づけをして、また朝が来る。
その繰り返しでした。
泣いている時間は本当にありませんでした。
もし泣く時間があるなら、その時間で明日のことを考えていました。
どうやって生活していこう。
子どもたちに不自由はさせたくない。
仕事は辞められない。
体調を崩すわけにもいかない。
そんなことばかり考えていました。
だから今振り返っても、「離婚したから泣いた」という記憶はありません。
離婚は、私にとって終わりではなく始まりでした。
立ち止まっている余裕なんてなかったんです。
でもね。
だからといって、「頑張れば何とかなる」と言いたいわけでもありません。
頑張りたくても頑張れない日もあります。
泣きたい日だってあります。
人と比べる必要もありません。
離婚の形は、一人ひとり違います。
私のように「離婚してよかった」と思える人もいれば、
離婚したことを今も苦しんでいる人もいる。
どちらが正しいとか、間違っているとか、そんな話ではありません。
私はあの頃、自分にできることを、その日その日、一生懸命やっていただけでした。
だから今、あの頃の自分を責める気持ちはありません。
よく頑張ったね。
そう言ってあげたいと思っています。
第四章
あの頃の私は、「強い母親」じゃなかった。
離婚してから、
「りーは強いね。」
そんな言葉を言われることがありました。
でも、そのたびに心の中では、
「違うんだけどな。」
そう思っていました。
私は強かったわけじゃありません。
泣かなかったから強い。
一人で子どもを育てたから強い。
そんなふうには、今でも思いません。
ただ、その日を生きるしかなかった。
それだけです。
子どもたちは毎日お腹が空きます。
学校にも行きます。
洗濯物もたまります。
私が落ち込んでいても、時間は止まってくれません。
だから前を向いていたというより、
前に進むしかなかったんです。
今思えば、もっと誰かを頼ってもよかったのかもしれません。
「助けて。」
その一言が言えていたら、少しは違ったのかもしれません。
でも、あの頃の私は、人に頼ることが苦手でした。
全部、自分でやらなきゃ。
母親なんだから頑張らなきゃ。
そんな思い込みを、自分で自分に押しつけていました。
だから苦しかったんです。
離婚したことより、
「ちゃんとしなきゃ。」
そう思い続けていた自分が、一番苦しかった。
40歳になった今だから思います。
母親だって、人です。
不安になる日もある。
逃げたくなる日もある。
何もしたくない日だってあります。
それでもいい。
そう思えるようになるまで、私は何年もかかりました。
もし今、離婚を考えている人や、離婚したばかりの人がこの記事を読んでいるなら、一つだけ伝えたいことがあります。
「強い母親」になろうとしなくていい。
子どもにとって必要なのは、完璧なお母さんじゃありません。
笑える日は一緒に笑って、
疲れた日は「今日は疲れちゃった」と言えるお母さんでもいい。
私はそう思えるようになってから、少しだけ心が軽くなりました。
あの頃の私は、十分頑張っていました。
だから今は、あの頃の自分にも、
「お疲れさま。」
そう言ってあげたいです。
第五章
今だから思う。
離婚して、もう何年も経ちました。
あの頃の私に、
「いつか笑える日が来るよ。」
そう言っても、きっと信じなかったと思います。
毎日仕事に行って、
子どもたちのことを考えて、
お金の心配をして。
目の前の一日を終わらせるだけで精一杯でした。
未来なんて考える余裕はありませんでした。
でも今だから思うことがあります。
離婚したことが私を幸せにしたんじゃありません。
あの決断をしたあとも、不安はたくさんありました。
苦しいこともありました。
何度も「この選択でよかったのかな」と考えた日もあります。
それでも、一つだけ確かなことがあります。
私は、あの時の自分に嘘をつかなかった。
それだけは胸を張って言えます。
あのまま結婚生活を続けていたら、
きっと私は笑っていなかったと思います。
離婚したから幸せ。
結婚しているから不幸。
そんな単純な話ではありません。
幸せの形は、人それぞれです。
私にとっては、
自分で働いて、
自分でお金を管理して、
自分で今日のご飯を決められる。
そんな何気ない毎日が、一番の幸せでした。
昔は、それが当たり前じゃありませんでした。
だから今は、
「今日は何を食べようかな。」
そんなことを自分で決められるだけでも、少しうれしいんです。
もし今、離婚を考えている人。
離婚したばかりで不安な人。
この記事を読んでくれているなら、一つだけ伝えたいことがあります。
誰かの人生と比べなくていい。
離婚して泣く人もいます。
私みたいに泣かなかった人もいます。
どちらも間違いではありません。
大切なのは、自分の気持ちに嘘をつかないこと。
私は、それだけで十分だったと思っています。
この記事を書きながら、
あの頃の自分を何度も思い出しました。
あの時は必死で気づけなかったことも、、
あの日の私へ。
もし、あの日の私に会えるなら。
私はきっと、何もアドバイスはしません。
「こうしたほうがいいよ。」
「大丈夫だから。」
そんな言葉をかけても、あの頃の私は信じられなかったと思うから。
だから、ただ隣に座ります。
何も言わずに。
あの頃の私は、離婚したことを後悔してはいませんでした。
でも、これから先の生活は怖かった。
仕事のこと。
お金のこと。
子どもたちのこと。
考えても答えが出ないことばかり考えていました。
それでも毎日は過ぎていく。
ご飯を作って、仕事へ行って、また朝が来る。
そんな毎日でした。
今振り返ると、「よく頑張ったね。」と思います。
あの頃の私は、自分を褒める余裕なんてありませんでした。
できなかったことばかり数えていたから。
でも、本当は違いました。
子どもたちは大きくなりました。
私は今日もこうして、ご飯を食べて、笑っています。
あの頃には想像できなかった普通の毎日が、今はあります。
人生って、不思議です。
その時は苦しいことでも、
何年か経って振り返ると、
「あれがあったから今の私がいる。」
そう思える日がくることがあります。
この記事を書きながら、
私は何度も、あの頃の自分に会いました。
そして今は、こう思います。
あの時の私へ。
本当に、お疲れさま。
あの時のあなたは、ちゃんと前に進めていたよ。
最後までお読みいただきありがとうございました。