情報が薄すぎる物は基本的に言及は避けるのですが、
(憶測や可能性の話ばかりになり纏まり切らない)
(新情報が出て来て白紙に戻さないといけなくなる)
(中傷に繋がりやすく関係者を傷付け苦しめてしまう)etc
また、ヤフーニュースを見て、毎度お馴染みの聖人君子コメ欄になっていて、
ただ、事件の是非だけでなく、それ以上の思想話をしている人を何人か見て、リスクはありますが、もう少し引き上げたく書くことにしました。
事件の関しても一般とは違う見方をしているので予めご了承下さい。
時系列から順を追って説明して行きたいと思います。
まずはAIで引っ張り出した情報から。
(飲酒の有無が入っていません※情報不足の可能性もあります)
____AI↓
阿部慎之助 については、2026年5月に「娘への暴行容疑」で現行犯逮捕されたと報じられています。
報道によると、東京都内の自宅で18歳の娘に対して、
・殴った
・首を絞めた
・襟をつかんで投げ飛ばした
・押し倒した
などの疑いがあるとされました。本人は「姉妹げんかを止めようとして、言い返されてカッとなった」と説明したと報じられています。
一方で、その後に娘側の手紙が公表され、
「殴る・蹴る事実はなかった」
「自分の説明が過度だった」
という主張も出ています。
つまり現時点では、
警察発表・初期報道では「暴行」後に、家族側から「報道ほどではない」という説明があり、事実関係には食い違いがあります。なお、阿部氏はその後、巨人監督を辞任したと報じられています。
____
まず、18歳の娘さんが、ChatGPTに相談し、そこから児童相談所に連絡したそうで、この時点で只事ではないと感じました。
また、殴った、首を絞めた、襟をつかんで投げ飛ばした、押し倒した。これが事実であれば即逮捕になるほどの暴力行為に及んでいる。
しかし、「殴る・蹴るの事実はなかった」「自分の説明が過度だった」という主張に変わる。
記者会見でも、どんな暴力があったのかは具体的には言っていない。
無いことの説明しかしていない。
「大掛かりな喧嘩」「自分の身体が頑丈だったから」という説明くらい。
但し、それは、かなり激しい物ではあったことになる。
しかも、「元プロ野球選手 vs 18歳の娘」
でもYouTubeのコメント欄を見ると、「ただの親子喧嘩なのに・・」ばかり。
ちゃんと記者会見の話を聞いているのか、どんな想像力なんだと、一体、どんな親子喧嘩をこの人達はしているのかと思ってしまった。
また、手紙の書き方が、とても形式的で機械的で弁護士的で、間に等身大っぽい言い回しを入れながら、冒頭に家庭内のことにも関わらずだとか、明らかに意図した前置きが入っており、とてもじゃないですが、当人だけで書いてるとは到底思えませんでした。当たり前ではありますが。
また、警察まで来たことが予想外だったようで、でも児相に伝えた内容次第では、本人の意思に関係なく緊急性や危険性が伴うとも判断したでしょうし、
あと、父親が目の前で現行犯逮捕されたなんてなったら、普通は気が気じゃなくなりますからね。泣き崩れたとも言っていますし。
家族とどんな遣り取りが行われたのかも分かりませんが、私が18歳の時でも、父親のことを考えたら後先考えて庇います。犯罪者にもさせたくないですし。普段は仲が良かったとも言ってますし。しかも父親は有名人という頭も働く。
また、感情的になって大袈裟に言ってしまったという可能性もあり、児相から過度に心配され、質問を浴びせられると、有りもしないことを言ってしまう場合もある。
相談相手の緊迫感や、質問の内容だとか、その速さだとか、また、話の流れの中で、そんなことで通報したんですかと過小評価されたくない心理が働く場合もあり、話している中で大事のように言ってしまう場合もある。
ただ、ChatGPTにまで相談すること自体が大きなことを意味しますし(母親は仲裁に入らなかった可能性、庇ってもらえなかった可能性、娘さんにとって相談対象にすら入っていない可能性)、
もし母親が居合わせていたとして、そこで夫が子供を投げ飛ばすなんて事があれば、かなり激しい行為にはなるので、殆どの母親は仲裁に入ると思います。
「ちょっとやりすぎ」でも「怪我するでしょ」でも。
もしそれがあればですが、ChatGPTに相談するという流れもまず生まない。
母親が夫に対して注意するなり、子供を庇えば、娘さんの気も治まる可能性は高くなる。
ただ、お母さんのほうも、その体罰が妥当であると判断した可能性もあり、また、夫に対して物言いが出来ない関係性であった可能性もあり、
後で注意した可能性もありますが、ただ娘さんの気は収まらず、AIに相談し、またそこから児童相談所にまで連絡するという話になって来ると、余程の暴力行為があったのではないかと誰もが推察する。
「怖さを感じている」「助けてほしい」という認識にもなる。
一般的な思考だとか感情だとか状況を踏まえると、
「喧嘩?⇒AI相談⇒児相通報⇒かなりの暴力行為はあった」
「母親は庇わなかったor妥当だと判断していたor夫には言えなかった」
「誰からのアフターケアもなかった」
今のところ事実としてあったとされるのは、
「襟元をつかんで投げ飛ばすなどしたとされる」という部分。などした・・
(「襟をつかんで倒した」という情報もありますが、これが事実だとすると、余計に他の行為がどれほどの物だったのかを疑わざるを得ません。要は、「襟をつかんで倒しただけ」であれば、それだけでAIに相談し、児相にまで電話するなんて考えられないからです。また娘さんの「大掛かりな喧嘩」「自分の身体が頑丈だったから」という証言にも整合性が取れなくなる)
このように、何が事実なのかの詳細が1つでも分からないだけで、話を進めることもリスクがあるということです。また、些事な反論も沢山出て来るので収拾が付かなくなり、取り敢えず、このまま報道ベースで話を進めますが、
____AI↓
「体罰は違法なのに、なぜ“有罪”にならないのか」という点は、
日本の刑事手続では、
違法行為=即有罪ではなく、
警察捜査 → 検察判断 → 起訴 → 裁判 → 有罪判決
という段階を踏むからです。
今回の 阿部慎之助 の件では、報道ベースでは
・暴行容疑で現行犯逮捕
・本人は一部容疑を認めた
・ただし娘に大きな怪我はない
その後すぐ釈放され、在宅捜査へとなっています。
日本では、家庭内の暴行事件では特に、
被害者の処罰感情(厳罰を望むか)
・怪我の程度
・示談
・初犯か
・継続的虐待か
・反省状況
などを総合して、検察が起訴、不起、起訴猶予を決めます。
たとえば「暴行罪」は、怪我がなければ比較的軽い犯罪類型で、初犯・家族間・示談成立だと不起訴になるケースも珍しくありません。
また今回、娘側から
「殴る蹴るの事実はない」
という説明も後から出ており、事実認定が揺れている部分もあります。
なので現時点では、
「罪に問われない」と確定したわけではない
まだ捜査・検察判断の途中という状態です。
ただ、刑事処分とは別に、
・社会的批判
・球団処分
・監督辞任
などの社会的責任はすでに発生しています。
____
「本人は一部容疑を認めた」「ただし娘に”大きな”怪我はない」
一部とはどの部分なのか。また、大きな怪我はないということは、中程度なのか、小程度なのか。
____AI↓
・なぜ怪我の状況を記者会見で具体的に答えなかったのか
具体的に答えなかった理由としては、主に3つ考えられています。
1つ目は、被害者が家族でありプライバシー性が極めて高いことです。特に娘さんは一般人で未成年に近い18歳ということもあり、医療情報や身体状況を細かく公表すること自体が二次被害になり得ます。
2つ目は、刑事案件として警察対応中だったことです。会見時点では暴行容疑での逮捕・釈放直後で、詳細を断定的に話すと、捜査内容や供述と食い違うリスクがありました。そのため球団側も弁護士も、かなり慎重な言い回しに終始していました。
3つ目は、「怪我の程度」を話すほど、“暴行の中身”に踏み込まざるを得なくなるからです。
例えば、
どこを掴んだのか
どう倒れたのか
病院に行ったのか
打撲があったのか
などを具体化すると、今度は「それは軽いのか重いのか」という議論になり、会見が“事実説明”より“正当化”に見えやすくなります。
実際、会見では「殴る蹴るはない」「大きな怪我はない」という最低限の説明に留め、詳細には踏み込みませんでした。
また、世論的にも非常に敏感なテーマなので、娘さん側への配慮と、法的リスク回避の両方を優先した会見だったと見る人が多いです。
____
つまり、あの手紙も弁護士の介入があったという事になる訳ですが、
あと、痣になって来ると、数時間~1日2日後に出て来ることもあり、家庭内の事は、虐待でもそうですけど、プライバシーが重視されて、本人や家族が話さなければ外に漏れることはまずありません。
いやいやと、警察の捜査がと言う人もいるとは思いますが、既に任意捜査にもなっていて、もちろん捜査は行われるとは思いますが、これ以上の言及は避けますが、
「襟元をつかんで投げ飛ばす”など”したとされる」
「殴る・蹴るの事実はなかった」
殴った×
首を絞めた△
襟をつかんで投げ飛ばした○
押し倒した△
①18歳の娘さんがChatGPTを使ってまで相談したこと
②また児童相談所まで連絡したこと(しかも電話相談)
③襟をつかんで投げ飛ばしたこと
④「など」の部分があること。
これら4点のみで考え得るのは、かなりの暴力行為があった事は予想される。
お酒も入っていたとなると、娘さんが危機感を感じるほどの強さであった可能性もある。
また、ただの喧嘩なのであれば、AIに相談しようとも、児相に通報(電話)しようという発想にも至らない。匿名であろうとなんだろうと。
また、母親に庇ってもらえなかった可能性も踏まえると、怒り、孤独、怖さ、痛み、興奮状態もあったのではないかと。
また襟をつかんで投げ飛ばしたというのが、どの程度の物だったのか。
「など」の部分は何だったのか。
また怪我はどの程度なのかが気になる所ですが、
今のところの動向を見る限り、記者会見でも、娘さんの手紙では自分の落ち度であると、警察までは望んでいなかったのに児相が勝手に通報したんだと、また父親を庇う内容であったこと、また「父親とは既に仲直りしている」という話までしていることから、初犯、社会的責任、示談、お咎めなしの不起訴になる可能性が大だと思います。
【本題】
果たして、これが妥当であるのかは私には分かりません。
そもそも警察は、娘さんの「首を絞められた」という申告を重視して現行犯逮捕に踏み切ったという話で、そこは筋が通っている。
要は、投げ飛ばすとか(倒す)、殴るというのは、死に直結しやすい物ではなく、ただ首を絞めるという行為は短時間で死に至らしめる危険な行為になる。
殴ったこと+首を絞めたこと、この2つを理由に現行犯逮捕に踏み切ったとも言われていますが、つまり、一部容疑を認めた部分というのは、
「首を絞めたこと」にあったんじゃないかと。あとは投げ飛ばす(倒す)。
しかも、娘さんはそこは手紙で否定していない。
殴る蹴るは無かったと言っていても。
「首を絞められた」「投げ飛ばした(倒す)」、は否定していない訳です。
つまり、自己申告していた部分と、阿部慎之助氏が容疑を認めた部分となる。
だから手紙では否定が出来なかったという事にもなる。
否定したら嘘になってしまうから。
①殴られた+首を絞められた(+etc)
この申告を警察は重視していた。児相が危険だと判断したのも分かる。
②警察が到着した時には既に喧嘩は収束していた
娘さんは目の前にいたという話ですから本人に直接聞けば良い。
ですが、阿部慎之助さんは、自ら潔く容疑を認めたのではないか。
だから、現行犯逮捕に至ったのではないか。
③若しくは逮捕後の取調べで一部容疑を認めた
それは、
・首を絞めたこと
・投げ飛ばす※倒す
・etc
④そして娘さんの手紙
・「殴る・蹴るの事実はなかった」「自分の説明が過度だった」
⇒首を絞められたことは否定していない(自己申告していた物)
※つまり阿部慎之助氏が容疑を認めた部分になる
⇒投げ飛ばされた(※倒された)ことも否定してない(これも自己申告)
※つまり阿部慎之助氏が容疑を認めた部分になる
⇒etc
・「大掛かりな喧嘩」「自分の身体が頑丈だったから」
⇒言葉通りであれば、かなり激しい喧嘩という事になる
⇒投げ飛ばされた(倒された)という部分にも整合性はつく
⇒ですが、元プロ野球選手 vs 18歳の娘
⇒力で捻じ伏せた可能性も見える
⑤まとめ
殴る蹴る×
首を絞める○
投げ飛ばす(倒す)○
etc△
首を絞めたという容疑も認めていたという事になると、全ての辻褄が合う。
何処までの酷さだったのかは分かりませんが、このような大掛かりな喧嘩は初めてという証言と、自分の身体が頑丈だったからという証言も踏まえると、相当な物だったという事は容易に想像は付き、
しかも、元プロ野球選手vs18歳の娘。どちらが力は上なのかは歴然。
しかも酔っていた、首を絞められた、投げ飛ばされた(倒された)、etc。
1つ1つがかなり重く、しかもかなり強い物で、複数回だった可能性もあり、且つ、最終的には男の力で捻じ伏せられ、であれば、
娘さんがAIに相談をし、児相にまで電話相談をしたという流れもしっくり来る。
児相が動いた理由、現行犯逮捕された理由、娘さんがAIに相談した心情、児相にまで電話相談した理由、一部容疑を認めた部分、手紙で否定できなかった部分やその理由。
これであれば、一連の流れも全て辻褄は合う。
正直、まだ可能性としては弱いと感じていて、1つの行動や行為に対して重くこじつけた感じはあり、その他の部分はどうだったのか、実際はどうだったのか、今後も表には出て来ない部分もあったのかも知れません。言葉のほうでも。
また、娘さんの証言通り、これまでにない初めての大喧嘩だったとすれば、今までされた事のない行為もあったり、今までに感じたことがない程の強さであったり、恐怖であったり、身体の痛みであったり、また仲裁や、アフターフォローもなかったことで、誰も相談相手がおらず、AIに相談したくなり、そこで児相への相談を進められ、その中でありもしない虚偽の申告や、過度な説明もしてしまったという可能性はある。
ただ、何事も起こるべくして起きるので、余程のことがなければ児相なんかに電話相談なんてしませんから、ここの想像力に欠いてる人達が多いですけど、
で、もし警察沙汰になっていなければ、もしかしたら2度目や3度目があり、その時は、大きな傷害事件になってしまっていた可能性もあったのではと私は思いました。
お父さんがエスカレートする場合もあれば、娘さんがエスカレートする場合もあるからです。
ある意味、幸運なことであったとすら思っています。
また、それが監督の辞任にまで繋がるのはどうなんだという話も分かります。
警察沙汰になったことで本人も反省し、今後は気を付けるのではないかと私は思うので、逆に辞任したことでというのを少し心配になるくらいで、大きな怪我がなかったことも事実のようですし、日常的にはやっていなかった可能性もありますし、ただ、本人が決めた以上はどうしようもありません。本人が辞任に相当すると考えたとも受け取れますから。
そもそも、体罰という体罰はしていないんだと、首を絞めたのではなく、首付近を抑え付けただけなんだと、投げ飛ばしたというのも後ろに仰け反った程度なんだと、いや、暴れさせない為に倒しただけなんだと、それだけなんだと、怪我も一切してないんだと、娘は暴走して通報までして嘘言って大袈裟に言ったんだと、この可能性には無理がありますが、万に1つあったとして、
であれば、そもそも辞任という決断はしていなかったと思います。
それこそ、記者会見で言ってたように、謝罪の場を設けて下さってありがとうございますと、娘からの手紙も公表して、これが事実なんですと、
以後、同じことがないように気を付けて参りますと、お騒がせして申し訳ございませんでしたと、それこそあの9分の記者会見で終了したと思います。
「人騒がせな娘やなぁ」で話は終わっていた筈です。
世間を騒がしてしまったから、球団のイメージを下げてしまうから辞任したんだと思う方もいらっしゃるとは思いますが。
ただ、もう既に、父親は悪くなかった、家庭内でよくある喧嘩レベル、娘さんのほうが叩かれてるような状態で、娘さんがAIなんかに相談しちゃったから、AIに唆されて児相にまで通報してしまったから、そこで大袈裟にも言ってしまったから、児相が勝手に警察に通報して、そのせいで父親は大したこともしていないのに逮捕までされてしまって、メディアにも大きく報じられて、監督まで辞任してしまったというイメージが定着していますが。
全くしっくり来ませんが。
正直、記者会見でも、娘さんに対して一言も謝っていなかったので、そこが気に食わなくて、あれだと、娘さんに過失があったという印象操作が入るので、何があったのかも具体的に説明も出来ないともなれば尚更ですから、余計に娘さんの過失であるという印象が際立つので、
娘が悪いんだけども、僕は世間を騒がせてしまった責任も取って辞任したし、娘が悪いんだけども、親の寛大な包容力で、まだ18歳だから、若気の至りとして皆さんは暖かく見守ってあげて下さいね、という含みまで生まれるので、
案の定、娘さん叩きが激しく起こっている。
正直、私はこういうのが大嫌いです。
娘の、子供の優しさを利用しているとも受け取ってしまうからです。
認める部分は認めろと、そうじゃないと娘さんに全部行くだろと、娘を守れよと、思ってしまった。
飽く迄も私の主観であり、私の感想です。
【補足】
体罰も法律で禁止になりましたが、これも国民意識を高めて偽善者を量産しているだけで、実際は虐待の取り締まりなんてほぼされていませんし、と言いますか、できません。
簡単に、虐待親の元に戻れば、虐待親に親権が渡ってもいる。
(子供からの通報でもないと動けない※子供から通報なんてまずしない)
(匿名の通報があった場合は適当に言い訳して拒否することも出来る)
(酷い身体的な虐待と取れる痕跡や子供からの証言を取れないと動けない)
(仮に動いても証拠となる物がないと立件が難しい)
※1つ2つの痣程度では自分でぶつけたんだと言う※子供を脅迫し口裏合わせする※自分の子どもは嘘吐きと言う※仮に骨折していても階段から転げ落ちたんだと言う
(一時的に保護したとしても子供が帰りたいと言えば帰れてしまう)
(言葉や態度になると証拠がまず出ない)
要は、一時的な保護には繋がることはあっても、証拠も薄く、立件もできず、子供が帰りたいと言えば帰れてもしまえば、
仮に子供の証言があっても、それを録画して収めていても、虐待親の元に戻すようにと裁判命令が下っている場合すらある。
虐待報告件数もずっと右肩上がりで、通報されていない物も含めたらどれだけの数になるのか。しかも1週間に1人のペースで子供が虐待によって亡くなっている。
しかもそれだけではない。子供が死ななければ良いのかという話でもない。
言葉や態度による虐待です。
ここが特に表に出辛く、子供もその程度では通報しようとも思わない。
それが当たり前の日常で、子供の中では、それが悪いことなんだという認識すら持てず、中には、「僕がいけない子だから」と言う5歳児の子すらいる。(全身の痣、骨折も何度も)
ですが、今問題なのは、身体的な虐待もそうですが、心理的な虐待です。
これが物凄く多く、今も増えに増え続けている。これも25年近く前からずっと訴え続けて来ましたが、ほんと、誰も当初は耳を貸さなかった。
精神を壊されている子供たちが大勢おり、また飴と鞭であったり、優しい時は優しい、でも機嫌が悪くなると酷い事を言いまくる、酷い態度を取りまくる。(過去ブログ参照)
表面上は健全に見えても、実は内面からの、心の崩壊は始まっていて、後に、
精神病や、パーソナリティ障害や、処方薬のOD、市販薬のOD、リストカット、ピアス、タトゥー、摂食障害、売春、セックス依存症、機能不全家族など多岐に渡る。
何をどう考えても、国は解決させようとはしていない。本気で子供を守ろうとしているとは到底思えない。それどころか悪意しか感じない。
国のせいにするなと言うのは止めて下さいね。
私も長いこと親止まりの責任に、また、それ以上に欲深さに原因があり問題があるとも言って来ましたが、もう、上のやっていることが余りにも酷過ぎて、司法の腐敗もそうですけど、死んでしまう程に、女性も、子供も、男性も、お年寄りも追い込まれていて、半数近くの国民がジワジワと追い込まれていて、
とにかく、その中でも、子供たちはどんどん心壊されながらも、賢くもなっていて、成長して行く中で頭も心も腐って行きますし、中には、子供に悪いことをさせない為に、お金や物などを与えまくるという親もいて、子供が悪いことをしても褒める親すら出て来て、
虐めも2023年の時点で過去最多。早期発見と防止の為に認知件数が増えているという事ではありますけど、深刻なケースも増加傾向とされています。
少年犯罪もまた、ここ数年では増加傾向です。
子供の自殺も過去最多を更新し続けています。
虐待もずっと右肩上がり。潜在的な数は計り知れない。
精神病や、パーソナリティ障害や、処方薬のOD、市販薬のOD、リストカット、ピアス、タトゥー、摂食障害、売春、セックス依存症、などなど。
子供たちがどんな問題を抱えているのか全て書き記してみて欲しいです。
また、子供たちの間でどんなことが流行っているのかも。
また、壊れてしまった子供たちが何をしているのかも。
もう今では、スマホなんか絶対に持たせられないと感じているほどです。
子供たちの頭と心は壊され続けています。親と国のせいで
現実に触れる度に、もうこの世の終わりかと思ってしまいます。
正義なんて何処にもありません。愛なんて何処にもない。
それくらいに偏ってしまうくらいに酷いんです。
裏の実態も知ったら尚更ですけど。
いや、表向きに出ている事だけでも十分ですけど。
ちなみに昔、あるテレビCMで、一般人の子どもの写真が掲載されるという、それがあたかも笑顔たっぷりで幸せそうな子供たちに見えるのですが、素敵な曲まで添えられて、日本は平和で、子供たちは大切にされていて、感動すら生んじゃうような演出でしたが、
ですが、その裏では、もう1人の子供を見捨てた親がいて、その子供にだけは虐待をしていたという事実を私は知っています。
私の人生は、こういった裏と表の真実を見続けて来た人生とも言えて、誰でも表と裏があると言う方もいますが、その裏が、とんでもなくエゲツナイほど、有り得ないほど、いやもうそれ犯罪でしょ思うほど、酷い親もいるんです。
いや一杯いる。居すぎる。
つまり、表面上では幸せそうに見えようがなんだろうが、普通に見えようがなんだろうが、良い人そうに見えようがなんだろうが、関係ありません。
子供たちの暴挙、親たちの暴挙、大人たちの暴挙。
さすがにそろそろ気付いて欲しいです。国民は操られていることに。
虐待も、モラハラDVであっても、実はその人のせいではないんです。
もちろん、親である以上、大人である以上は責任は問われます。
簡単な話です。誰だって、虐待をしたくてしている訳ではないからです。
虐待をしたくて子供を産んだ方なんていると思いますか?
してしまうのには、理由が、原因があるんですよ。
なんでしてしまうのか、その原因にまず気付くことです。
人をも超える、負の原因に。
どうして自分はいまイライラしているのか。その相手とは誰か。なんでその人はイライラさせるようなことをするのか。その理由は。その原因は。
考えれば考えるほど、「その原因」は、自分にあったり、自分の親にあったり、相手の親にあったり、欲にあったり、軍隊方式にあったり、つまり戦争にあったり、政治家にあったりします。
「?」となっていると思いますが、ここを真剣に考えられるかどうかでも結果は変わります。
子供に罪はありません。罪を作っているのは誰なのか何なのか。
まずは原因を考えてみて下さい。根本的な。
人をも超える部分に。
【補足】
阿部慎之助さんの「体罰※暴力」に関しては、どれほどのことがあったのかの詳細が全く分からないので、ハッキリとした言及ができません。
あらゆる状況と、事実とされる一部と、娘さんの僅かな証言から、大雑把な推論をすることくらいしか出来ません。
ただ、もし仮に、激しい口論や、カッとなって襟を掴んで投げ飛ばしただけで(床や壁に叩き付けられてもいない、床に尻餅をついた程度)(首を絞めるのは私の中で一線を越えているので除外します)
若しくは、激しい口論や、カッとなって襟をつかんで倒しただけで、
(※この場合だと通報する可能性が限りなく低くなるので除外します)
且つ、日常的ではなかった、(今回のような大掛かりな喧嘩は初めてと言っていましたが、否定した部分を除いても、他も含めた事実内容次第では、かなり重い暴力行為になるので話は別になります)、
そんな話を娘さんから事実確認が取れれば、私の場合はですが、怪我をさせてしまうかも知れないので、打ち所が悪くて大怪我をさせてしまう事もあるかもなので、投げ飛ばすのは止めて下さいと阿部さんに言いつつ、
もし、それだけの状態であったのなら、私の場合はですが、通報もしませんし、罪があるとも思いません。法律で禁止されていても。
時に人は、怪我をさせるつもりがなくても、偶然何か物があってとか、打ち所が悪くてとか、そういうこともあります。そこから反省して、という事もあります。
言葉であっても、言い過ぎてしまっただとか、その後で謝ったりだとか、そういう事もあります。
ま、今は、そんな人すら少なくなっているとは思いますが。
ただ、なんでもかんでも法律で禁止されているからと、すぐ「犯罪だ!」と「罪に問え!」と言う偽善者が大勢いて、ヤフーニュースでも、私は俺は完璧な人間です!と言ってるような人間たちで溢れ返っていて、
ハラスメント然り、恐ろしい程の口だけ聖人君子風偽善者を生み出していて、もうほんと、そんな素晴らしい人間なんて現実世界で見たことないですけど、
貴方は僧侶か何かですか、くらいに良い人ぶってる人達がいる。
ネット上では。
どんどん神経質になって、どんどん良い人ぶって、どんどん怒ってはいけない怒ってはいけないと、子供が悪いことをしても何も怒らず、心の教育もせず、放置し始めるようにもなる。悪いことをしても褒める馬鹿親まで生まれる。
そして、仮に子供が何か問題を起こしても、
私は俺は何も言ってません!俺は私は何もしてません!子供が勝手にやったことです!子供の友達が悪いのかもしれません!私たちには罪はありません!
こんな風になりそうですよね。今もありますが。いや、昔からありますが。
中には、自分の子供が人を殺して、「手塩に掛けて育てて来たのに・・」と、どう手塩に掛ければ人を殺すような子供に育つのか。
私は様々な理由や原因を知ってますけど、子供のせいにするんですよ。子供の責任に。
こんな未来になるのではと、こんな側面を持つ人達がもっと増えて行くのではと考えています。
もっと法規制もされて行って、もっと怒れずに、もっと良い人ぶって。
無関心、無頓着、無神経。無感情。
たまにいるんです。「一度も怒ったことがない」と言う人が。
それがあたかも、素晴らしいことのかのように、勲章かのように言うんです。
私はその時点で見抜きますが。
怒ったことは無くても、酷い言葉を浴びせまくってる人もいますからね。
「死んで」「今すぐ死んでくれないかな」「あんたはいらない子だったの」
「気持ち悪い顔、近寄らないで」「顔が臭い、匂って来る」
「まだ生きてたのか」etc
毎日毎日、毎日毎日、親から言われて来たという人もいる。義理の父母から、祖父母から言われていたという人もいる。
表向きには良い人ぶって、裏で子供に言い放っていたところを目撃して離婚したという女性もいる。男性の場合もあります。両親共にしている場合もある。
また、中には、この人も表上では良い人ぶっていて、しかも肩書きのある、しかも3人の連れ子を持った女性と結婚して、お嫁さんも子供たちも初めは感謝し尊敬もしていて、世間でも「偉い人」だと言われていたそうですが、
でも裏では、連れ子に手を出し(レイプ※おぼろげな記憶)、また高校生になった時に、性行為を交渉されて、親との離婚や生活などを盾に脅迫もされて、でも拒否って、家出をしたという方もいて、
本当に、表向きには見えない最低最悪な裏の実態を持ってる大人がいて、見た目だとか、誠実さだとか、優しさだとか、肩書きだとか、世間の評価だとか、それらが全く関係ない程の裏の顔を持っている人間たちがいる。
どう見抜いたら良いのかという話にもよくなりますが、
たとえ怒らなかったとしても、体罰もなかったとしても、という問題すらあるという事です。
ここが、頭の片隅にすら入っていない人がほんと多い。特に態度での虐待。
誕生日ケーキを叩き潰すのも虐待になりますからね。
思い出の品を目の前で破ったり捨てたりするのも虐待になりますからね。
無視をし続けるのも虐待になりますからね。
「そんなことで」と思っていたら相当ヤバいですよ。
態度での虐待は特に、悪の心を持っていないとやれないので、
愛がないが故に、優しさの感覚も狂っている人達もいて、
私は、お金や物や美味しい物などを与えまくるのも虐待だと思っているので、
そりゃ、与えれば喜ぶに決まっているんです。
ですが、それがどういった結果を招くのか。
様々な悪いことに繋がりますからね。
ただ与えなければ良いのかという話でもあるので、よく考えて下さい。
今後も法律で規制され、言論の自由も、行動の自由も、制限されて行きます。
一般国民も既に、開示請求だの、侮辱がどうだの、内容証明がどうだの、ちょっと否定されて、ちょっと馬鹿にされただけで、裁判で決着付けようか、などと言い始めています。
あと、クソ弁護士も金の為で、何の証拠もないのに依頼人の妄想依頼を受けて、こちらもそれなりの物を掴んでるだとか、嘘で脅して慰謝料を請求していたり、電話のぶつ切りハラスメントする弁護士もいたり、暴言を吐きまくっている弁護士もいたり、離婚ビジネスを肥やしにしている弁護士もいたり、金金の正義の欠片もない悪徳弁護士もいて、もちろん人情派の思想もバチボコ高い素晴らしい弁護士さんもいますが、
で、国民も、体罰は犯罪だと、暴力は何があっても許されないと、1回でも関係ないと、内容も関係ないと、全て罪に問えと、どんどん法律に従順に従って行って、
今では、躾も犯罪、叱ることも犯罪、怒ることも犯罪くらいに思ってる人達すらいる。
確かに法律も、良い側面も持つのですが、良い側面を重視するのか、それともの部分を考えるのかでも意見が分かれます。
また、そのストレスは何処に何に向かうのか。より見えない形で問題を複雑化させ、より大きくさせても行きます。
その度に法規制は強化されます。その度に、国民同士で首を絞め上げ、雁字搦めの矯正された、感情押し殺し無感情ロボットになって行く。
とてもコントロールし易い奴隷の完成です。
事の問題が何から何処から起きているのか、そこを変えない限りは、国に操られ、国民たちが問題を起こし、その度に法規制が入るという事です。
その時には、上っ面な形式ばかりに拘るようになり、感情やストレスを押し殺し、誰もが世間の目を過剰に気にし、監視役ともなって行く。
表と裏では大きな矛盾を抱え、この話も長くなるので簡潔に言いますが、たとえ裏でも表でも、どれだけ良い人ぶれたとしても、そのストレスは違う何かで発散するようにもなります。
また、その中で、子供たちは様々な問題を引き起こすようにもなり、またその度に法律は強化され、大して役にも立たない機関に莫大な税金も投入され、国民たちは委縮矯正されて行く。良い人ぶることにも余念がなくなる。
ここももう、取り返しのつかないレベルにまで達していますが、何から問題が引き起こされているのか。
そこをまずは、ご自身や、親レベルの問題にまで疑問と答えを引き上げ、そこからある部分にまで気付いて変えようとして下さい。
その答えは、ブログの至るところで書いていますが、まずはご自分で考えたほうが良いです。
【補足】
ある時に、これらの話題に繋がるような話をブログに投稿していて、
「理解があれば怒れなくなる」と私が言っていた発言に矛盾を感じられた方がいて、
「それはどうなの」と「矛盾あるよね」と「怒りは罪だと宗教でも言ってる」と、いや、怒りの神様もいますよと。
まず「喜怒哀楽」というのも人間にとっては必要な物だから存在しています。
また、ある次元や物事では「怒らなければならない」ということもあります。
確かに、達観域の思想になると、怒る必要が無くなって行きます。
相手への理解が真に生まれると、怒れなくなるからです。
相手を理解し、諭し、後は相手次第にもなる。
究極的に理解を深めると、その人のせいじゃないという本質に行き着くので、ただ、誰も何も怒らず、誰も何も怖いとも感じることもなく、その中で、「悪いことをしても怒られないなぁ」と「酷いことを言っても怒られないなぁ」と「虐めをしても怒られないなぁ」などと、「付け上がる」人間もいます。
人は愛情を受けて育っていなかったり、愛情が何かが分からない人であったりすると、怒らない人を下にも見ます。暴走もします。
ですが、愛のある怒りで怒ってくれたからこそ、どんな時でも見放さなかったからこそ、愛情を感じ、愛情を知り、改心に繋がる人もいる。
「愛情を持った怒り」と「自分本位な怒り」。
何が本当の優しさなのか、何が愛情なのかを、言葉と行動で見極める要素にもなる。
もちろんこれは、とても複雑で曖昧で、判断が難しいです。
中には、日常的に暴言暴力をしまくって、これはお前の為なんだと、相手も「私の為に怒ってくれてるんだ」と思い込んでしまう方すらいる。
何が本当の優しさなのか、何が愛情なのかが分からないからです。
親から愛情を受けて来ていないからです。心の教育も受けていないからです。
お菓子を一杯買ってくれる人、何でも買ってくれる人、何でもしてくれる人、それを「優しい!」と言う人もいる。
どうして複雑化し、どうしてあらゆる問題が至る所で起きるのか。
今まで話して来たことでありますが、「欲深さ⇒自己中さ⇒無神経さ」、そして「偽善」にあります。
この兼ね合いから、優しくされても一時的であったり、その優しさは相手の為になっていなかったり、実は自分の為にしていたり、どんどん複雑化もすれば巧妙化します。
そこから大きな問題に発展したり、国民の多くがやり始めると、必然と法整備が始まるのです。
そこで、少なからず愛情を持って育てられて来た人達は(心の教育は無し)、「犯罪したんだ」「虐めをしたんだ」「体罰したんだと」と、有り得ないと、最低だと、信じられないと、こんな奴は死刑にしろと言い始めるようになる。
この怒りというのは、差別から来る「憎悪」の怒りになりますが、
ですが、その怒りでは相手を救えない。刑務所送りや極刑を望むだけになる。
もちろん、刑務所が要らないと言ってるのではありません。
またそれは、裏を返せば、その結果に行き着く因果関係を知らないという事になるので、また思想教育に繋がる心の教育も出来ないという事にもなるので、
それはつまり、自分の子どもが、同じ問題を引き起こす可能性を持つ。
もちろん、その人にも。
簡単に言うと、私は、どう育てれば、ソシオパス(サイコパス)な人間を生み出せるのかを知っています。遺伝説関係なしにです。
また、どう育てれば酷い虐めをするようになるのか、どう育てれば殺人をするような子供に育て上げることが出来るのかも分かっています。
愛なく酷く育てれば良いという単純な話ではありません。
また、虐待も右肩上がりだと言って来ましたが、その当時者たちは、10年前、20年前に、自分が虐待するとは思ってもみなかった筈です。虐待を受けて来た方達の場合は別になります。
また、自殺でも同じことを言いましたが、10年前20年前は、自分がまさか自殺するとは思ってもみなかった筈です。
殺人でもそうです。
全てには理由があるんです。原因があるんです。
この因果関係を熟知している人は、防ぐことも可能だということです。
もちろん、全てにおいてとなると、とても難しいことですが。
そもそも、怒りというのも様々な物が、様々な質もあり、
不公平さが現れた時の怒りとか、危険を知らせる時の怒りとか、昔はヤンキーの人に〆られて、付け上がらなくさせられるという文化もありましたが、
愛情持った怒りだとか、秩序を鑑みた怒りだとか、不条理で腐敗した世に対しての怒りだとか、でもそれは時に必要で、時に良い側面も持つのです。
ただ、現代というのは、先ほども言ったように、欲深さから生まれる、自己中さや無神経さで、己のイライラやストレスで怒る人達が多く、
(欲については前回のブログをご参照ください)
自分のことばかりで、相手のことを考えるどころか、愛情もクソもへったくれもない人達も大勢いて、なんならお金がないと優しく出来ない人も大勢いて、
また同時に、人というのは思想も大事で、でも、心の教育もなく、嘘っぱちの優しさで、気分で、己の利益の為に優しくする人もいて、それが子供や相手にどんな問題を引き起こすのかを分かっていない人達も大勢いる。
自分が良い人間に見られたいからと優しくする人もいて、私の母なんかは究極の偽善者だったので、世間面がスペシャル良くて、世間では多大な評価を受けていたほどで、「○○さんは本当に良い人」と言われていて、宗教の洗脳がエグかったんですけど、汚い言葉を吐いてる所も一度も見たことがなくて、
でもその裏では、子供が病気で寝込んでいようが、吐いて苦しんでいようが、近所の方が来るとその人を優先し、何時間も玄関先で談笑していたり、
姉が、夫のDVやモラハラに苦しんでいても、「離婚しては駄目!我慢しなさい!」と言っていたり、
また、通ってる宗教の悪い部分を言おうものなら、鬼の形相で睨まれたり、
私もずっと良い母親だと思い込んでいたので、母親の本性をこの後知って行くのですが、母を通して宗教の怖さと共に偽善の恐ろしさを知って行くのですが、詳しく知りたい方は本をお読み頂いて、
ただ、最後には私が心底感謝できるくらいに変わってくれて、とても弱い母だったのに、父との関係も正そうとして、娘たちにハブられても母親としての想いを伝えようとしていて、
本も沢山読んでいたようで、沢山メモが書かれていて、他界した後でそれを見付けた時は、どれだけ泣いたか分かりませんが、母親として変わろうとしていたんだなと、でもそれを娘たちはいらないと拒否って、
つまり、愛情を持った怒りであっても、伝わらない人には伝わらないこともあります。
また、姉たちがなんで拒否ったのか。
自分のことを良い人間だと思い込んでいると向き合いたくないからです。ストレスになるからです。うるさいと、聞きたくないと、なるからです。
どんな問題を抱えていても。
専業主婦でも、シングルでも、独身でも、ちゃんと働いて、まともな収入があったり、社会的にもある程度認められていると、また、優しい部分もあって、そこも周りからも認められていると、
問題のない人間、良い人間、という自己認識になる。
他者のママ友さんと比べて鬱病になろうとも、子供を虐待して見捨てようとも、ドケチで汚部屋で偽善に自己陶酔していても関係なく。
何度も言いますが、姉たちにも良い所はあります。
不幸に繋がっている、心の問題の部分と、思想の問題の部分です。
で、ここに「愛情のある怒り」がいるんです。
なんで怒りが必要なのか分かりますでしょうか。
【母】※簡潔に纏めます
「私たち夫婦のせいで娘たちが不幸になってる」
「面と向かって話さないと」
「でも誰も私の話を聞かない」
「怒ってでも聞かせなきゃ」
たとえその時は嫌々でも、そういう話はいらない!でも、煩い!となっても、
後々でも気付きに繋がればそれで良いのです。
お父さんがあれだけ怒ってたのはこういう意味だったんだと、お母さんがなんであんなに強く言ってたのかこういう事だったんだと、そうなれば良い。
いや、特にこの現代には、それが必要になる。それが全く無いというだけで、その親がどんな人間なのかが分かるくらいです。
私がよく言っている「心の教育」のことです。
ただ、もう1つの側面としてあるのが何度も言うように「自分本位な怒り」。
自分のイライラやストレスで怒る、親や大人たちが多すぎること。
愛情のある怒りであっても、時に怒鳴ってしまうこともあるでしょうし、
内容によっては、思わず叩いてしまうこともあるでしょうし、
相手への愛情なのか、自分本位な苛立ちなのかの判別や線引きが難しく、
目では捉えづらい物でもあり、しかも受け取り側の問題もあり、
そして、とても愛情とは思えない言葉や行動が生まれていると、
体罰や暴力なんていけないよねと、口があるんだしと、
でも口で暴言を言う人もいるから、怒るのもいけないよねと、
でも怒るのも、命令したり、怒鳴ったりする人もいるから良くないよねと、
ハラスメントの問題視も然り、どんどん言葉の制限から行動制限も生まれる。
この、自分の苛立ちから怒って躾けたりする人が増え過ぎてしまって、
悪いことをした時にだけ怒るでもなく、普段からずっと怒ってる人もいて、
悪いことをした時であっても、そこまでする必要ありますかという人もいて、
時と場合と人によって変わる部分はありますけど、これはどう見ても自分のイライラやストレスで怒っていると、これは流石に虐待だよと、躾じゃないと、これは言葉の暴力だと、肉体的な暴力だと、お前の為だとか言って洗脳しているだけだと、などの問題も増えすぎてしまって、
一方で、ひたすら無視をしたり、子供のお世話も全くしないような親もいて、
また自由放任主義かのように子供が悪いことをしても放置している親もいて、
また子供が悪いことをすると自分の評価が下がるからと、世間の目もあるからと、お金や物を与えまくる親や、
他責思考で全てを誰かのせいにして育てる、あなたは悪くない、あっちが全部悪いなどと、自分たちの非は一切認めない親や、
そうなんだねムカついたんだね、虐めたくなることもあるよね、そういうこともあるよねと、意味不明な優しさから容認している親や、
虐めをしても、悪い事をしても、学校で問題になっても、よくやったと、男はそれくらいじゃないとなと、褒める親もいて、
ほんとに、具体的な例を挙げると多種多様すぎて終わらないくらいですが、
で、そこから大きな問題まで発展して沢山起きると、法整備がされる訳です。
つまり、これが何を現わすかで、
愛情を失っている、偽善者か悪魔が、大量発生しているという事です。
だから、否応なしに、躾も、体罰も、怒ることさえも、全て「悪い」となる。
親に生まれて初めて刑務所前で殴られたことで改心できたという話でも、
お尻を叩かれたから悪いことをしなくなったという話でも、
人生で初めて親が涙を浮かべながら平手打ちされて気付けたんだという話も、
真剣に怒ってくれたから変わろうと思えたんだという話も、
全て悪いことになる。
ここにはもっと深い理解も必要なのですが、時代背景だとか、社会背景だとか、便利さ豊かさのレベルだとか、労働時間だとか、お金のことだとか、
確かに、親からしっかり愛情を受けて、且つ、心の教育もしっかり受ければ、怒る必要性は時に生まれたしても、体罰を必要とする因果は生まれません。
でもそれは、この地球の中で、その家族のみで生きたらの話です。
この辺のことに関しては、かなりの説明が必要になってしまうので、
また何処かで詳しく書くかも知れませんが、
とにかく現代では、自分本位な怒りから言葉や行動をする人間が増えすぎて、怒りをも通り越した悪魔的な言葉や行動をする人間も増えていて、中には、赤の他人ですか?と言わんばかりに放任放置している人間もいて、で、法整備もされて、愛のある言葉や行動も同時に消滅させられるのです。
叩くなんて当たり前で全て悪い、
説教も全て悪い、怒鳴るのも全て悪い、怒り口調も全て悪い。
どんどん愛情を失わせ、希薄にさせて行く。
相手と適度な距離を取り、なるべく干渉しないようにもなる。
怒らなきゃいけない事でも、怒れば問題になると考えるようになる。
となると、怒らなければならい場面での愛情云々も消え去る。
子供や相手の為ではなく、自分の為に怒らないようにするから。
法律に偏った意識性がより強固になる。
偽善者を量産する。
ただ、一部ではまだ感情を抑え切れない親もいて、家庭内であればと家では暴言と暴力の酷いことをしている親もいて、でも暴言や暴力はいけないからと、子供の心を深く傷付ける言葉や態度をとる親もいて、それらが複雑に絡み合っている場合もあり、本当に複雑な状態が生まれていて、
重要なのは、その悪と偽善とは何から生み出されているのかです。
何処から生まれているのか。
この根本の理解と、欲深き心の排除と、偽善でもない心を身に付けないと、
いつまで経っても問題は解決しません。
法整備もどんどん強化されて禁止されて行く。
また、その理解が根本から生まれていると、自己の改善にも繋がれば、他者に対しても、その人達でさえ被害者であると、愛情を受けて来なかったんだなと、心の教育も受けて来なかったんだなと、欲に流されてしまったんだなと、などの深い理解を持つようにもなる。
ただ、良い歳こいた重責ある仕事をしてる人間や、人格を問われるような仕事をしている人間が悪いことをすれば、批判も非難も避けられない。
怒ることも当然必要になって来て、コロコロの時なんて私も怒り心頭でしたから、使途不明金だの、税収過去最多だの、超過死亡だの、40代女性の自殺が過去最多だの、子供の自殺が過去最多だの、ワクワクのことでもそうですけど、さっさと死んで早く地獄に行ってほしいと言ってたくらいなので。
私は、汚い言葉も吐くような人間ですから、人格者でもないですし、それでも偉そうに語ってはいるので、そんな人間が万引きでもしたともなれば、嫌でも非難されますし、怒られる訳です。
また、子供のことでも、家族間のことであってもそうですが、
「時に」、悪いことでも、危険なことでも、怒らなければならない時があるということです。
達観域の思想よりも、という次元や事象は嫌でも生まれるということ。
また、それが「自分本位な怒り」なのか「相手を想ったが故の怒り」なのか、
ここも「偽善が付き纏い」、また「時と場合と人によっても異なる」ので、
しっかり相手の話を聞き、しっかり相手の人間性や、状況や事情などもしっかり聞いて、それらを加味した上で、そこで初めて判断する必要もある。
相手のことも何も知らないのに、上辺の説明だけですぐ答えを出す人がいる。
単純で浅墓な短絡思考で決め付けてはならない。
視野が狭すぎるにも程がある。
知性の欠片もない、猿以下の馬鹿になるだけです。
(過去ブログのダブスタもご参照)
私も、阿部慎之助さんの件に関して触れるのは、時期尚早だとも思っていますが、体罰や暴力の可能性を述べながら、子供たちに起きている酷い体罰や、虐待や、悪や偽善や、法規制の話しや、怒りの是非など、それらを根本から変える為の次元の話をしたくて取り上げましたが、
それでも、この記事に書いたくらいには、阿部さんのニュースも、それなりに考えて、それなりに調べもいるという事です。不十分な可能性が大いにある訳ですが。
今までにも経験があるからですけど、よく考えもしないで、よく調べもしないで、相手の人間性だとか、僅かな情報だとか、不確かな情報だとか、それだけで意見すると、自分の無知さとか、自分の浅墓さを思い知るだけだったので、
よく調べもせずに、よく考えもせずに、見切り発車のように言及している人達が大勢いて、でもそれは猿以下とも言えしまうんです。
ただ叩きたいだけだとか、良い人ぶって自分が評価されたくて、いいね欲しさにとか、自分を棚に上げながら、聖人君子を気取ってる人間とも言えます。
情報に流されやすい、洗脳されやすい、自信過剰で、自分のことを良い人間だと思い込んでいるチンパンジーの集合体だとも私は思っています。
良寛さんのような僧侶ともなれば話は別ですが。批判眼は持っていましたが。
何の矛盾もない正真正銘の聖人君子さん達であれば話は別ですが。
ヤフーニュースのコメント欄には一杯いますが。
こんなこと言ったら潰されそうですが、気付いてほしくて言っています。
これらの説明で理解が生まれたかは分かりませんが、
良い人ぶって、法律に遵守して、タブスタも生んでいて、大きな矛盾を抱え、怒る怒らない関係なしに裏では悪いことをしている人間も大勢いて、体罰あるなし関係なしに裏では悪いことをしている人間も大勢いて、また身体的な虐待、心理的な虐待、言葉や態度による虐待も増えに増えていて、
私も身内に対して、激しく怒ったこともありますし、頭を引っ叩いたことも、泣きながら頬を引っ叩いたこともありますが、
他人様と家族では、まるで関係性が異なることも起きます。特に家族ともなるともっと複雑になります。
それは、良い所も悪い所も、表に出易いからです。
なんでこうなるのか。自分のありのままを表に出せるからです。心を許しているからです。(表に出せない子供も増えています)
愛情の深さも他者とは嫌でも異なって来ます。
その分だけ家族の問題というのは大きく深く複雑にもなります。
たとえどれだけ理解し、諭そうとしても、暴挙に打って出て来る人もいます。
殴られても、蹴られても、踏み付けられても、物を投げ付けられても、心を抉られるようなことを言われ続けても、見放さずに向き合わなけばならない事もあります。
時と場合と人によるというのは、人間世界では当たり前にあることです。
それは単純な世界線ではありません。常識で決め付けてはいけません。
先入観だとか、すぐに答えを出そうとしてはいけません。
私も完璧ではありません。悪い所もあります。
皆それぞれで成長して行っていると思います。
特に、私のココナラのブログは、愛情を持っているような人でないと、また高い思想も持ってるような人でないと読めません。言い訳反論が出るだけだからです。自分を棚に上げて良い人ぶるだけだからです。苦痛にもなるからです。
すぐ自分の問題から、家族の問題から、社会の問題から、世界の問題から逃げます。他人事にもします。
それくらいに人々は腐っている。愛なんかない。思いやりなんかない。
世間で、社会で求められていることをしているだけで、大きな矛盾を抱えているくせに、自分はこの部分はしていないだとか、ただの無関心で自己中な放任主義だとか、矛盾だらけで口だけで良い人ぶって、能書きを垂れているだけ。
私にも矛盾はあります。敢えて自分の悪い所も表に出してますけど、なんでいちいち比べて来るのか、なんで逆切れで偉そうにされないといけないのか、
相手のことを汲もうとも、理解を持って接しようとも、そこも利用して来る。
思いやりなんか持つべきじゃない、同情心なんか持つべきじゃない、助けたいだなんて思ったらいけない、それくらいに思わされたこともあります。
もう人と関わるのはやめたいと思ったこともあります。
人間の醜さだとか、欲望だらけの汚らわしさだとか、なんでここまで酷いことが出来るのか、逆切れして来る人だとか、騙そうとして来る人だとか、もう人間をやめちゃいたいと、もう人間と関わり合いたくないと、そう思われ来た方達もいるのではないでしょうか。
それでも生きている以上は前に進まないといけない。
腐っていたところでマイナスでしかない。
より一層に、相手を想い、相手のことだけを考え、理解し、感謝し、その度に打ち砕かれるけども、それでもまた相手を想い、ま、私も修行しています。
良寛さんだったらどうするんだろうって考えることもしばしばです。
仕事とは関係のない話ですので、誤解なきようにお願いします。
あと、ココナラの人達は民度が高すぎるからなのか、批判も全く出ませんが、忖度なく自由に書けるので良いのですが、
今後も、何か1つでも考える要素に繋がったり、気持ちの変化に繋がったり、少しでも役に立つような物を書ければと思います。
近いうちに、大批判を食らった物も投稿しようと思いますので、また読んで下さったらと思います。
より一層に洗脳は解かれ、柔軟な発想と視点を持てると思いますので。
しょうもない次元から、人間を超越して行きましょう。
こんな理解不能なことを言ってるとまた引かれますが・・