すみません。肝心なことを掲載するのを忘れるところでした。
ずっと言いたかったことで、別編集していた物で、
あと、長すぎると疲れると思うので、分割します。
ヤフーニュースのことで、もう一個書きたいことがあり、
・一般人コメ [共感した なるほど うーん]
・エキスパート[参考にはなった]
これはコメント欄の評価機能ですが、
昔は「そう思う」「そう思わない」でやっていて、でもLINEヤフーが、意見が二極化するのが良くないとか言って、リニューアルして3つにしたのですが、「なるほど」ってなんやねんと。
大抵の人が「納得」の意味合いで受け取りますし、そもそも「なるほどの数は見てない」とか「大して気にしてない」という人ばかりで、
で、よく観察して欲しいんですけど、
「賛成グッドボタン=共感した」
「反対バッドボタン=うーん」
・「共感」は「相手の感情や心境に寄り添うこと」で、「賛成」は「相手の意見や考え、行動を正しいと認め、支持すること」
・「反対」は明確に「NO」という明確な否定や対立を意味して、「うーん」とは迷いや考え中であることを示す曖昧な保留や唸りを意味する。
意味分かりますよね。この印象操作。
そもそも、「そう思う※賛成」か「そう思わない※反対」だった。
で、意見が二極化するのは良くないって事で、わざわざ3つに分けたんです。
だったら、「そう思う」「どちらでもない」「そう思わない」、この3つでも良かったのではないか。
で、これ、なんで3つに分けようとしたのかなんです。
コロナの時に、今から3年くらい前の2023年頃には、もうネット内ではワクチン懐疑論者だらけになっていて、8割くらいはなっていたんじゃないかと、
ヤフーニュースも、ワクチンを広めるような、賛成しているかのような、仮に事実のみの記事を出しても、大批判が起きていて、コメント欄を閉じたり、記事自体を削除したりしていて、
逆にワクチン懐疑論者の様々なエビデンスがコメント欄から拡散されまくってもいて、もうこの時には賛ワクの人達の意見では勝てないほどになっていて、
で、私、ある事実を知ってるんですよね。これは真面目に私の自慢で、知ってる人、気付いてる人は0人で、何処かにその情報は入れてるんですけど、だけに自信を持って言えるんですけど、
で、その後に、[共感した なるほど うーん]という、リニューアルバージョンが出て来た訳です。誰も突っ込んでなかったですけど。
しかもですよ。相も変わらず、エキスパートは[参考にはなった]のみ。
(当時は違う名前だったと思いますが忘れてしまったのでご容赦下さい)
確かに、エキスパートの「参考になった」という言葉の意味も弱い。完全に同意している訳でもない。でも選択肢は1つのみ。
たとえエキスパートであっても、[共感した なるほど うーん]にするべきではないのか。
コロナの時なんてボコボコに叩かれていましたからね。
その権威のTwitterにまで行かれて叩かれまくっていましたからね。
国民の命が奪われていることが、もうこの時には誰もが理解しているような状態で、殺人事件でも起きるんじゃないかと心配したくらいですけど、
この3つに分けた意図と言葉の意味には、印象操作と、あと、3つに分散させることで、極端な数字が出にくくもなるので、そこもまた印象が変わるんです。
ま、数字も操作できる可能性は普通にありますが、
日本人は、ほんとに数字で判断する人がめちゃくちゃ多いので、ここも日本人の知性の低さを物語っていますが、(エンタメなどの話ではないですからね)
例えば、死刑に賛成か反対かどうかという記事を挙げたとしたら、8割以上の日本人が賛成している訳ですから、めちゃくちゃ数字も偏る訳です。
また、権威主義的パーソナリティに陥っている人は、権威に盲信していますから、選択肢は1つでも、数字が数千でもあれば、そこでもまた簡単に鵜呑みにして正しいと思い込むんです。
しかも最上位表示。ここにも優位性と正当性の意識が強く働く。
取り敢えず、知的な言葉を並べながら、ご尤もそうな、当たり障りのないことを書いておけば良いんです。
それだけで簡単に賛同は得られますから。
しかも反対意見すら書かせないシステムになっていますからね。でも一般国民のほうには返信機能が付いている。
上には盲信させて、意見もさせないようにして、でも国民たちの意見や評価は曖昧にさせ分散させ、また国民同士では争わせる構図も造り出している。
もちろんTwitterなどには飛べるようにはなっています。
でもわざわざ外部まで行って意見する人なんて稀ですし、その記事の所で意見したいですよね。
というお話でした。
印象操作や洗脳の体制はバッチリ出来上がっているという事です。
ほんと嫌らしいです。
【余談】
あと、さっき、阿部慎之助さんの件について、ある大御所の方が、AIというのを憎みたいと、お嬢ちゃんに暴行を働いたという「疑い」なんだよと、疑い。
一部容疑を認めているのですが・・
暴行という程ではないと言いたいのかも知れませんが。
と言いますか、なんか、AIのせいにする流れが生まれていますよね。
他の方でも、「AIなんかに相談したから」とか「低能はAIに相談する」とか、
ただ、私の場合は、違う見方をしています。
まず、AIでも何でも、何事も必然で生まれてしまう物です。
悪しき心や欲深き心に偏って行くと、必然と必要な物が生まれてしまう。
私も、スマホだとか、パソコンだとか、本当はいらないんだってことをずっと言って来ました。必要がない世界にしないといけないんだと。
でも、必要になる。様々な問題が起きる側面からも必然と生み出されて行く。
つまり、スマホやパソコンやAIがあるから、多くの人を救えたりもする。
必要になってしまうという事です。悪しき世になればなるほど。
つまり、AIがあることによって助かる人達も出て来る訳です。
恐らく今回の一件で、「子供からの」虐待通報件数は上がって行くと考えています。
要は、AIがあったおかげで、AIに相談ができたから、虐待から助かったんだという子供たちが、かなり出て来る可能性があるからです。
ここも必要になるってことです。虐待が多ければ多いほどに。
多くなれば多くなるほどに。酷くなれば酷くなるほどに。
この因果から抜け出すには、まず、親が愛情を身に付けなければなりません。
それまでは必要になってしまう。
親が根本から変わらない限りは。
また体罰や虐待というのは、子供自ら通報する場合は強く効力が働きます。
それが現実的に難しい面が多すぎて、子供が・・という話が一杯ある訳で、
もちろん通報しても、結局は元に戻るなんていう結果もあるでしょうけど、表に出るということが重要なんです。
阿部慎之助さんの一件から、投げ飛ばされるのもいけないんだって、そこから調べる可能性もあり、
長時間立たせるのも体罰になるんだ、ご飯を作ってくれないのはネグレクトなんだ、毎日叩かれるのは虐待になるんだ、言葉もそうなんだ、態度もでもそうなんだ、無視も虐待になるんだって、そこで初めて知るかもしれない。
いやそんなの、みんな知ってるからって思う方もいるかも知れませんが、知らない子なんていくらでもいます。
学校で虐待に関するチラシを配っている所もあるそうですが、オレンジリボン運動というのもありますけど、11月だけであったり、全児童に配るかどうかも地方分権で学校の判断に委ねられていたり、
とにかく、親には当然言えないですし、学校の先生にもどうなるのか怖くて言えなかったり、でもAIならと、それくらい単純に子供は考えるので、私も虐めを受けていた時にAIなんて物があったら間違いなく相談してましたから。
親も、先生も、学校も、助けてくれなかったので。
ま、一応助けようとはしてくれましたけど、虐めがもっと酷くなったり、先生が舐められ過ぎてて何も変わらなかったり、校長から手紙や名刺を貰ったり、でも何故かまた同じクラスになって、恐らく虐めの現場を目撃しやすくして助けようと思ったのかも知れませんが、虐めというのは先生にバレないようにやるのが基本なので、取り敢えず、複雑な内容になるので、ここは本やブログをお読みいただいて、
で、どこかで、今回の阿部慎之助さんの件が、頭に残っていて、まずはAIに相談してみようとし、こういうことをされる、こういうことがある、怖い、辛い、痛い、苦しい、
それでも通報するんなんていうのは少ないとは思いますが、AIから得た情報は頭には残っていて、また、AIが間に入ったことで、AIに上手く勧められたことで、何度も促されることで、児童相談所に相談してみようかなぁって考える子が出て来る可能性がある。考えるだけでも。
ただ、娘さんがかなり叩かれてもいたので、この程度では通報したらいけないんだって思った子供も沢山居たかも知れないなと、自分の場合はどうなんだろうと悩んでしまってる子供も居そうだなと、
後先考えて通報できない子供ばかりだとも思いますが、それでもまた、親の虐待に耐え切れなくなり、耐えられなくなれば、AIにまた相談をし、
また一杯質問して、色々知って、AIに何度も何度も警察や緊急窓口だとか児相にも促されて、やっぱ通報しようかなぁと、でもまた親が捕まってしまうのではとか、施設に入れられるのかなとか考えてしまったり、でも、
それでも、もう無理だと、きついと、死んじゃうと、お腹空いたと、怖いと、助けてほしいと、そこまで行けば、自ら、勇気を持って、通報するという展開が訪れるかも知れない。
子供が死ぬ前に。
つまり、AIがあったから、酷い虐待親だった場合でも、虐待で命を失わない可能性を少しでも生めたり、虐待から自殺したかもしれない命もそうですが、
その子供たちの命が助かるかもしれないって事です。AIのおかげで。
ただ、親を困らせたくて、知能犯的にやる子供も少なからず出て来るのではと思っていて、自分の思い通りにならなくて怒って、通報してやる!ってなる子です。
そんな問題の報道もしながら、また国民に議論させて、AIの存在を議論させて、無駄な時間を使わせて、事の本質には迫らせないようにするのではとも思いましたが、
またその裏では、親が、AIに相談するんじゃないよと、児相なんかに通報したらいかんよと、警察も駄目だよと、また己の保身のためのクソ親が増えるのではないかとも思っています。もう居そうですが。
あと、今まで何度も言って来ましたが、誰にも相談が出来ないという人が現代には老若男女沢山いて、本音は話せない、本当の悩みは話せない、初めて話したという人達が沢山いて、友達とも上辺の関係、親とも上辺の関係、パートナーとも上辺の関係で、
「胸の内を話せるのはAI」なんて人が増えると思っていて、相談っぽい言葉にすると、AIは否定して来ないので、慰めて来たり、励まして来たり、解決策を講じようとして来るので、そのAIの優しさに嵌まる人も出て来るんじゃないかと。それももう、色んなアプリという形であるみたいですが。
つまり、それも必要になるんです。必要になってしまうんです。
はい。人間たちがゴミすぎるからです。もう親もいらないかもですね。
AIと話してたほうがよっぽど優しくされて癒されるみたいな。
そこから考えて、AIとばかり会話している子供を見て、AIにも相談しなくても良いような、そんな親子関係を作ろうとしてくれればまだ良いですけど。
その果てに、AIなんてあっちゃいけないと、無くても良いような世の中が必要だと、そんな人間にならなければと、各々で結び付いて行けばと。
ま、そう思う時にはって話ですけど。
最後の最後には人間はAIに勝てるんじゃないかと言う人もいます。
その時までにどれだけの人間が居なくなっているのかです。
下らないことを論じてる暇があったらすべきことをする。
今後の10年にも少しでも備えて行きたいです。
子供のためにも。
と言いますか、AIが必要なくなる世界になったら良いですよね。
スマホもパソコンもなく、家族で賑わって、笑顔で、愛にも満たされて。
仕事でも、ご近所さんでも、みんな思いやりを持って仲良くしていて。
そんな世界になったらなぁと、つい空想してしまいました。