■志の生み方 この世を引っ繰り返す唯一の方法

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まず、ある話からお聞きください。

何処まで書いたら良いのか、取り敢えず、個人を批判する必要性はないと思ったので個人名は避けます。

ある方が以前、刑務所に入り、そこから完全にあちら側に陥落したという話があります。

私も、何年も前から、その方の一挙手一投足と言いますか、

影響力のある方で、しょっちゅう話題に挙がるので、その度に意見し、ブログにも掲載して来ました。

で、その方は一度、国と戦っているんだと、でも、どうしようもない脅しから、あちら側に付かなければならなくなったと、誰も責めらないと思うと。

確かに、その理屈も、心情も、よく分かりますし、それが一般的な人間の心理だとも思います。


どう人を言うことを聞かせるのか。

これは、私も過去に調べて来たので、拷問の歴史もそうですが、現代で行われているのはどういった物があるのかも、ある程度は知っています。

ですがそれは、普通の人達ではどうしようも回避出来ないレベルです。

脅迫や、毒殺や射殺や投獄、家を放火されることがあるとも言われています。

社会的に抹殺するなど造作もないことです。


ましてや、お嫁さんや、子供の命をチラつかせて来たら。

父親や母親や兄弟姉妹もありますが、貴方ならどうしますか?

大抵の方が言いなりになると思います。


以前にも少し話しましたが、上に行けば行くほど恐ろしい実態も目にします。

自分の心の善悪に苦しみながらずっと生きて来たという方もいます。

加担はできないが黙っておくという「交渉」をしたという方もいます。

職を辞した方もいます。

言いなりになっているフリをして、証拠を集めようとされた方もいます。

海外に亡命された方もいます。


私はですが、その陥落されたとされる方も、亡命でもすれば良かったんじゃないかと思っています。刑務所から出た後でも。その中での事実もリークして。

ま、それでも殺されてしまう可能性はありますが、

本当に国と戦おうとし、志を持ち、正義感があったのであればですが。


今迄の言動を踏まえると、微塵もそんな感じはありませんが。

もう、魂までも売り払っているようにしか見えませんが。

命尽き果てそうな時に、今度は本当の意味で闘うのかも知れませんが。

刑務所に入ってから言え、脅迫されてから言えと、なるとは思いますが。


また、これは個人的な思想になりますが、私は、以前にもお伝えしているように、「吉田松陰先生」のことも尊敬しています。

ある意味、「今の日本にならないように」と、自分の命を賭した方です。


___AI↓

・吉田松陰が幕府を批判した理由

「日本が外国に負ける危険があるのに、幕府の政治は弱腰で無責任だ」と考えたからです。

・当時の時代背景

1853年、マシュー・ペリー率いる黒船が来航し、日本は大きな衝撃を受けました。

それまで約250年間、日本は鎖国政策を続けていました。しかし欧米列強はアジア各地を植民地化しており、

中国はアヘン戦争で敗北
インドはイギリス支配下
東南アジアも次々と欧米の勢力圏
という状況でした。

松陰は
「このままでは日本も外国に支配される」
という強い危機感を持っていました。

・松陰が怒った理由

① 幕府が外国に弱すぎる
1854年、幕府はアメリカと日米和親条約を結びます。
その後さらに日米修好通商条約を結びました。
松陰はこれに激しく反対しました。
なぜなら、
幕府が十分な準備をしないまま開国した
外国に有利な条件を飲まされた
朝廷や国民の意見を聞いていない
と考えたからです。
特に「日本の主権が損なわれる」と強く心配していました。

② 幕府が国を守る覚悟を持っていない
松陰は単なる「外国嫌い」ではありませんでした。
実は彼自身、1854年にペリーの船へ乗り込んで密航を試みています。
これは「外国の技術や制度を学びたい」という考えからでした。
つまり、学ぶべきものは学ぶ、しかし国は自分たちで守る、という立場でした。
ところが幕府は、外国に対する方針が曖昧、防衛体制も不十分だと松陰は考えました。

③ 将軍の後継問題への不満
当時は将軍を誰にするかでも対立が起きていました。
幕府の実力者だった井伊直弼は、朝廷の十分な了解を得ないまま政治を進めました。
松陰は
「国の大事を一部の権力者だけで決めるのはおかしい」
と考えていました。
そこで幕府批判を強めます。

・なぜ処刑されたのか

普通なら政治批判だけで死刑にはなりません。
しかし松陰は獄中での取り調べで、
老中の間部詮勝を排除すべきだという自分の考えを正直に話しました。
本来なら黙っていれば軽い罪で済んだ可能性もあります。
ところが松陰は「思っていることを隠すべきではない」という性格で、自ら詳しく供述しました。
その結果、安政の大獄の中で危険人物と判断され、29歳で処刑されました。

現代の視点から見ると
興味深いのは、松陰は単純な「反幕府」ではなかったことです。

彼は
日本を強くしたい
世界から学びたい
国民が政治に関心を持つべき
指導者は責任を持つべき
と考えていました。

そのため後の明治維新で活躍した門下生たち:伊藤博文、高杉晋作、山縣有朋などに大きな影響を与え、「明治維新の精神的指導者の一人」と呼ばれることがあります。

____


簡潔にすると、

・「日米和親条約」「日米修好通商条約」
⇒激しく反対。「日本の主権が損なわれる」と強く心配していた。

・「外国の技術や制度を学びたい」単なる「外国嫌い」ではない
⇒学ぶべきものは学ぶ、しかし国は自分たちで守る、という立場。

・「国の大事を一部の権力者だけで決めるのはおかしい」
⇒そこで幕府批判を強め、後に処刑。


陰謀論界隈でも、吉田松陰先生の批判がたまにされていました。

明治維新の立役者は吉田松陰だと、松下村塾の子孫が今でも牛耳っていると、秘密結社と繋がっていたのではないか、明治維新は吉田松陰が裏で暗躍した大陰謀だったのではないか、安倍晋三氏も松陰思想だとか言って崇拝している、この今の日本を生み出したのは吉田松陰が居たからだと。

ですが、上記をご覧の通り、クソ条約だと言われている物にも激しく反対してもいれば、日本の主権を重んじてもいる。

また、外国の技術や制度を学びたい、でも国は自分たちで守ると、つまり、良い所は取り入れて、でも日本は自分たちの手でという強い考えを持っていた。

条約や、アメリカの言いなりになっているかのような幕府は大反対だけども、反幕府という訳でもないし、反米という訳でもない。

差別意識もない、とても柔軟な方であったんだなと思っています。

私も、(詳細は避けます)

便利な物は困っている人のみ進化すれば良いとか(近代化)、
西洋医学も凄いとも思っていますし(独裁状態は大反対)、
洋楽も大好きですし(今は日本の音楽も聴く)、
アメリカのスキンシップの文化は日本でも取り入れたほうが良いと今でも強く思っています(文化)。


・松陰「私が死んでも、国を思う私の気持ちだけは永久に残しておきたい」

⇒私は国に対する愛は持っていませんが、人に対する愛は持っていると思っています。強すぎて引かれますが。
(国に対しては愛国心を失わせる洗脳が入っているからではありません)

またある時に、異常だったとは思いますが、どんな拷問であっても、相手の為に死ねるのかと、頭の中の想像に過ぎませんが、アホほど考えて自己修行をしていた時がありました。

お前は誰かの為に死ねるのかと、「相手の為に死ねる」と、そう思えるまで、「どんな拷問を受けようとも屈しない」と、そう思えるまで、ひたすら想像して来ました。もちろん、実際は違うだろと言われるとは思います。

ただ、もし、この世が平和になるのなら、お前の命でと言われれば、今すぐにでも死にます。なんの躊躇いもありません。

刑務所にぶち込まれようが、どんな脅しをされようが何だろうが、自分の志を曲げてまで、悪の言いなりにも絶対になりません。これは絶対です。

たかが人間だからです。どうせ人はいつかは死ぬからです。

何より、しょうもない人間として死にたくない。


脅されてビビッて、言いなりになっちゃいました~
怖くてビビッて、見て見ぬふりしちゃいました~

なんていう、

クソ恥ずかしい人生に、そんな生き様にだけはしたくない。

そんなんで生きて何が楽しいのか、子供の為だからとか、生活の為だからとか、そういうもんだからとか、そんな言い訳を自分の中で作って、

自尊心も失えば、ゴミのような人生と、ゴミのような人間に成り下がる。

それだけは死んでも嫌なんです。


あと、嫁子供の命を天秤に掛けられたらどうするのか。

これも言ってしまうと、ドン引きされてしまいますが、たとえ嫁が殺されようとも、子供が殺されようとも、私は悪には屈しません。最終的に自分も殺されようとも。

それでも人間かと、嫁子供の命を見捨てるのかと、血は通っているのかと、非人道的な愚かな選択だと思われると思います。

私はこれが正しいと結論付いているので、誰に何を言われようとも変わりません。どれだけ考えて来たのかなんて分かってもらえないでしょうし。


とにかく、何が言いたいかと言いますと、私の場合はですが、悪に屈するくらいなら、悪の言いなりになるくらいなら、自分の命を賭します。自決ではないです。亡命もしません。亡命の選択を否定しているのではありません。

自分の命まで軽んじてるのと言われたことがありますが、軽んじてます。

ただ、自分の命が果てることにより、誰かに、他者に、何かを生むとは考えています。

悪の為に死に、悪の為に強い印象を作り、それも何か、たった1人の命では何も変わらないとは思いますが、正義とは何なのか、本当の強さとは何なのか、愛とはなんのか、

あと、せめて、自分の死が誰かの考える要素になれたらと、ちっぽけな取るに足らない命であっても、自分の生き様と死によって、何か良い物が誰かに、後に生まれると信じています。

もし、全ての人がそうなったらどうなるのか、とも考えています。
(過去ブログをお読み下さい)


また、私はこうも思っています。自分の命を懸けて闘う人って凄いって思う方がいますが、全然凄かないです。

子供の為に命を懸けられない親なんているのかって話だからです。

今は沢山いそうですが。

要は、そこにもう少し先を見た思想があれば、子供の未来や、孫たちの未来や、日本人たちの未来を考えたら、命を懸けるのなんて、普通だからです。

人の心を持っているのなら。それこそ人の血が通っているのなら。

いや、ここでも思想がとにかく大事なんだと気付かされる。

目先のことに囚われてはならない。


でも、自分の命とか、嫁子供の命を優先して悪の言いなりになってしまうと、それは子供たちが生き辛い、孫たちが生き辛い、未来の日本人が生き辛い、そんな悪の世になることを意味する。

今がそうだとも思っています。

それは自殺に繋がったり、権力を持たせてしまったり、脅しに繋がったり、不正に繋がったり、搾取に繋がったり、生きる価値がないと思えるほどの、欲深き、愛のない世の中が造られてしまうからです。

たとえどれだけ便利で豊かな世界で平和っぽく見えようが関係ありません。

と言うより、便利で豊かになればなるほど、人は偽善と悪の心を持つ。


私はこれを25年近く前に考え行き着きました。

その時は、ありとあらゆる様々な考えから、50年後くらいには誰もが嫌でも気付くことになると予想して来ましたが、まさかの倍以上に早かったですが。

機械のことに関しては当たっているかも知れませんが。(本を参照)


大陰謀があったのに、多くの闇も露わになったのに、

なのに、それでもまだ気付こうとしていない人間が多すぎる。

人間はここまで馬鹿になれてしまうんだと絶望を感じた程ですが。


まずは、ひたすら疑問形にして考えて下さい。

何かの問題から考え続けるで良いです。

なんでこんな事が起きるのか、どうやったら解決できるのかと。

答えが出て来る度にまた疑問形にして下さい。

疑問を絶やさずに延々と考え続けて下さい。

これを3年間くらい繰り返し続けて下さい。

3日でも30分でも3時間でもないです。3年間です。

私の場合は1日24時間、寝ている時でも考えていました。


たったこれだけで、疑問にして考えるだけで、誰でも「志」は生まれます。

崇高な思想と、崇高な精神が生まれます。

その時には何も恐れがなくなります。

死をも恐れなくなります。


精神病になったこと。「何で自分は今こんなに苦しんでいるのか」。

「何でも疑問に思ったらとことん悩んで考えさない」という恩師からの教え。

そこからひらすら疑問形にするという長い道のりが始まりましたが、

私が考え行き着いたのは、全てにおいて万能だということ。

全てを疑問形にし続けるだけで。全てが一本の線に繋がるまでは。


敢えて全てを疑問形にするという、これが全世界での基本教育となれば、

全ては一瞬で引っ繰り返る。早ければ3年後には。

これが唯一の方法だと私は思っています。


自分で考え気付き、高次で崇高な思想と精神が生まれ、戦争もなくなり、武器も兵器も必要なくなり、みな投げ捨て、誰も言いなりにならなくなり、病気も限りなく少なくなれば、真の平等で、本当の優しさで、思いやりある、愛のある、真の幸せと、真の平和が訪れる。


※考えるのは健常者の方のみにして下さい
※疑問や答えが低次元な所でストップすると苦しみます
※どう疑問形にすれば良いのか分からなくなった場合はご相談下さい



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