『ビー・バップ・ハイスクール』のような学校で、私は教師になった

『ビー・バップ・ハイスクール』のような学校で、私は教師になった

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学び
私が高校教員になって、初めて赴任した学校は、いわゆる「困難校」でした。

今から振り返ると、まるで当時の『ビー・バップ・ハイスクール』に出てくるような学校だったと思います。

男子生徒は短ランにリーゼント。
女子生徒はロングスカート。

今の高校生からすると、映画や漫画の世界のように感じるかもしれません。

しかし、私にとっては、それが教師人生のスタートでした。

私は教員になったばかりでした。

「これから英語を教えるんだ」

そんな気持ちで学校に入ったのだと思います。

ところが、実際の学校生活は、私が想像していたものとは大きく違っていました。

校内では暴力があり、教師が生徒と向き合う際にも、常に緊張感がありました。

そして、私が赴任した頃には、集団リンチ事件も起きていました。

事件の後、私が担当した仕事の一つが、今でも忘れられません。

女子生徒がトイレに行くときに付き添うことでした。

ただ付き添うだけではありません。

窓から逃げないかを見張るのです。

教員になって最初の仕事として、私はそんな経験をしました。

私は、それまで「教師とは、教室で生徒に教科を教える仕事」だと思っていました。

もちろん、それも教師の大切な仕事です。

しかし、その学校で最初に学んだのは、

教師の仕事は、授業だけではない

ということでした。

生徒の安全を守る。

生徒の様子を注意深く見る。

何か問題が起きたときには、その場に立ち、生徒と向き合う。

それが、私の教師としての出発点でした。

当時は、毎日が緊張の連続だったと思います。

でも、不思議なことに、私はそこで教師を辞めようとは思いませんでした。

むしろ、目の前にいる生徒たちとどう関わればいいのかを考えるようになりました。

なぜ、この生徒はこういう行動をするのだろう。

どうすれば話を聞いてもらえるのだろう。

どうすれば、この生徒が少しでも安心して学校にいられるのだろう。

こうした問いは、その後の私の教師人生にもずっとつながっていきました。

高校38年、大学9年。

振り返れば、私の47年間の教師人生は、とても穏やかな学校から始まったわけではありませんでした。

むしろ、最初から「人を教えるとはどういうことなのか」を考えさせられる環境でした。

そして、この最初の学校で経験したことは、私のその後の教育観を形づくる大きな原点になったのだと思います。

次回は、さらに衝撃的だった出来事について書きたいと思います。
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