⇒過去を知られたくない、根掘り葉掘り聞かれたくない。
これは人であれば当たり前のように抱える不安です。
言いたくない言えない、という場面はカウンセリング時にもよく起きます。
信頼関係が出来れば、何方もお話頂けるようになるのですが、ですがそれでも、何ヶ月も経った後で「実は・・」ということも起きます。
この辺のこともブログで掲載して行きます。
病を治すのであれば、根本的な原因にまで掘り下げて、その問題を解消して行くことが必要になります。
私の場合はもっと掘り下げて行くのですが、時間を掛けて、期間を設けて、個人の原因以上の領域にまで話を深めて行きます。相手の様子や、理解度を確認しながら、少しずつしています。
そもそも、相手のことを自分の事のように思えるほどに聞かないと、以心伝心と言える程の状態が生まれないと、この人は誰よりも理解してくれてる、誰よりも信用できる、これくらいの信頼関係もないと、本来は何もアドバイスなど出来ません。
「何もしらないくせに」となってしまいますし、軽く聞いたことだけで、少しでも外すようなことを言ってしまえば、信頼どころか敵として見做されてしまう場合もあるからです。
相手のことを知らないと何も始まらないのです。
心の病を抱えている方達は、物凄く繊細で、ちょっとやそっとでは信用もしませんし、どうせこいつもクソなんだろと、それくらいの疑いを持ちながら接して来られるので、私もいつも、その裏に潜む、疑いの目や、疑いの言葉を感じながら慎重に動いています。
信頼関係が生まれれば私の言葉も悪い風には受け止めなくなったり、冗談も言い合えたりもするようになって行くのですが、私は精神病の方の心理を熟知、理解しているので、仮に暴言を吐かれようとも何とも思わないですし、言いたい事は何でも言ってもらって、私への非難でも全然構わないのですが、「この人は敵じゃない」「この人には何を言っても捨てたりしない」と、そこまでの信頼を得ることが必要で、こちらのたった1つの言葉でも気分を害されたり、たった1回の相談で全てを決め込んだりされる事もあるので、相談を蹴られてしまうんじゃないかと、でも、言うべき事は言わないといけないと、ある程度の信頼関係が出来るまでは、いつも戦々恐々としています。
信頼関係ができるまで、また、治療工程が頭の中で組み立てられないと、寝れないくらいになり、
その中でも、一番神経を使うのが、過去を掘り下げて行くことです。
ある意味、核心の部分に触れて行く事になり、相談者さんにとっても、辛い経験を話してもらう形となり、泣いたり、苦しくなったり、過呼吸になったり、発作が出てしまう事もあり、とても辛いことをさせてしまうのですが、ですが、ここが向き合うべき、解決すべき所になります。
ここをどう解決に導くのかが、カウンセラーの力次第だと思っていますが、病の発端、原因が分からない限りは、そこを治療して行かない限りは、真の回復は目指せず、再発も意味する為、どうしても根掘り葉掘り聞く必要性が生まれるのです。
上辺でどうこうしても(深掘りしない、否定しない、相手の苦しみだけに寄り添う※そうなんですねー辛いですねー大変ですねーキツイですねー今を乗り越えれば良い未来が待ってますよー未来は明るいですよー楽しいこと一杯しましょう、美味しいものでも食べましょう、etc)、一時的な癒しや、一時的な希望、一時的な落ち着きを生み出すことくらいしか出来ません。
また、どれだけ楽しい事をして誤魔化そうとしたところで、抱えている問題を解消することは出来ません。
気分転換をする事は大事ですが、心理治療を受けずに行くと、鬱々した状態をどうにか払拭しようとしてしまい(ギャンブル、クラブ通い、お酒、処方薬のOD、市販薬のODなど)、悩みや苦しみや落ち込みを何とかしようと、その反動で、躁状態が強まって行きます。
そうなると、ギャンブル依存や、アルコール依存や、買い物依存や、ホスト通いや、薬物依存(OD)や、ドラッグにまで手を出す方達が出て来ます。
また、スポーツなどで、体を激しく動かすことで払拭しようとする方もいますが、確かに良き効果も齎しますが、スポーツ選手でも、悩みや不安や苦しみを払拭する為に、睡眠も疎かにして、深夜までスポ根のように動き続け、後にパニック障害を発症したという方もいます。
つまり、上辺でどうこうしようとしても、真の回復、真の解決には繋がらないのです。
但し、こういう場合はあります。
山登りをし、自然の雄大さ、自分の小ささを感じ、自分が抱えていた悩みがちっぽけな事だと気付き、山登りをする中で、自分と向き合い、過去のことや現在のありとあらゆる事を思い出しながら、ご自分で原因を自然と探りながら、ご自分で心理治療をして解決に導いたというパターンはあります。
ですがこれも、ご自分で過去の事も含めて根掘り葉掘りをしているのです。
ですが、これは山登りが出来るほどの軽度の方の話であり、山登りなんて出来る状態じゃない、山登りをした所で解決できないというような、そんな深い問題を抱えている場合もあります。
私の所に相談に訪れる方の大半が、そんな方ばかりです。
よく、自分探しの旅だとか、田舎暮らしがしたいとか、心の病や、心に不調を来たすと、人は別世界に行くかのような状態を求めるようになります。
自分探しというのも、これも自分と向き合っている状態で、旅を通して、ありとあらゆる物に触れて、己の抱えている不安や悩み、迷いなどの、様々な答えを探そうしている訳です。
軽度で動けるような方は、旅行や、住む場所を変える(離れる)、山登りもですが、非常に有効ですので、お薦め致します。
但し、薬を服用している場合は、減薬断薬も念頭に置きながらやって下さい。
心理的解決に繋がったなと思われた場合は、主治医に減薬の相談をして下さい。
宜しくお願い致します。
【余談】
カウンセリングという物が、早く根付いて欲しいと思っております。
アメリカでは、カウンセリング(セラピー)の力というのは、当たり前のように評価されています。
健常者さえも心の不調を来たしたら、すぐにカウンセリング(セラピー)を利用するという、文化と言えるほどに根付いています。
日本とは違い、あちらでは、セラピー、セラピストという物が主流です。
カウンセリング(来談者中心療法:傾聴を繰り返しながら気付きに繋げる)とは違い、セラピストが「アドバイス」もするという物です。
映画でもよく見る光景だと思います。
(カウンセリング:日本では来談者中心療法やセラピーや心理療法や精神療法なども含め、全て”カウンセリング”という言葉で根付いています。言葉のほうが先に独り歩きしたからだと言われていますが、本当は当方でもセラピー、セラピストという言葉にしたいのですが、日本の事情に沿ってカウンセリング、カウンセラーと表現しております)
また、このセラピーのように、自分ではどうにも解決できない、症状が継続し、できれば病となる前にカウンセリングを受けて頂きたいですが、もし病として診断された場合は、医師から心理療法を受けるか、カウンセラーから精神療法を受ける必要性が生まれます。
(日本では心理療法という言葉もある程度は根付いていますが、心理療法と言うのは医師から施術を受ける場合であり、カウンセラーである私がしているのは正しくは精神療法と言います。精神療法という言葉がまるで根付いていない事と混乱を招くので、心理療法や心理治療などと表現しております)
頭が痛くなりそうな言葉を使っていますが、医療における形式的な表現で、やっていることは、「お話を聞き、アドバイスをする」というだけです。
根本的に病が治るほどに。再発させないほどに。