徒然 第二十三幕 劣等感を受け入れる

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劣等感と向き合うには、「自分の価値を自分で認めてあげることである」と過去に投稿した第十八幕でお伝えしましたね。

今回は、劣等感に向き合うための考え方をもう一つお伝えしようと思います。その前にまずおさらいとして、劣等感について改めて掘り下げましょう。そもそも劣等感というものは、自分よりも優れている人を見つけたときに湧き上がってくるものでしたね。

自分よりも学歴が高い、頭が良い、運動ができる、お金がある、容姿が恵まれている、人からモテるなどなど。劣等感や嫉妬のきっかけとなる対象は実に多岐に渡ります。

そしてこれらを得るために、必死に努力をするのは言うまでもなく素晴らしいことです。ただ一方で、そう上手くはいかないときもあるものです。

人それぞれ生まれ持ったものが違っていますし、生まれ育った環境も、それによって形作られた価値観も、もっと言えば運気の流れも人によって違います。全員が全員努力して望むものが得られるわけでもありません。

こうして人によって「ステータス」格差が生じ、同時に嫉妬と劣等感が生まれます。あの人に比べて自分は劣っていると感じて、悲しみと無力感に包まれてしまうのです。

ところが、こういう風に考えているとき、私たちは重要なことを忘れてしまっています。それは、嫉妬と劣等感の原因となる「ステータス」は、あくまで手段になるものであり、目的ではないということです。

私たちは何のために生きているのか。その答えは哲学的かつ多様なもので、そう簡単に答えられるものではありませんが、少なくとも、「幸せになるため」というのは、その答えの一つと言えるでしょう。

そして「ステータス」は幸せになるための方法の一つでしかありません。お金持ちでも必ずしも幸せとは限りませんし、頭が良いせいで逆に不幸を感じることだってあり得ます。「ステータス」を持っていること自体が幸せであるというわけではないのです。

つまり最も大事なことは、【いかにして幸せになるか】ということであり、いかにして「ステータス」を手に入れるかではありません。

あの人と同じ「ステータス」を手に入れることは難しいかもしれませんが、あの人と同じくらい幸せになることはできます。もっとわかりやすい表現で言えば、あの人に負けないくらい幸せを沢山「感じる」ことはできるのです。

あなたはあなたなりの方法で幸せになることができるはずです。仮に人より何かが劣っていたって関係ありません。どんな「ステータス」であれ、幸せを感じられればあなたは勝者なのです。
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