心の傷は、目には見えません。そのため、身体の怪我とは違って、実に多くの人がその重大さと治療法を誤って認識しています。客観的に見ることができないだけで、軽視されてしまうのです。
身体の怪我であれば、一目見て他人が痛みに苦しんでいることと、それがどのくらい深刻なものかがわかります。刃物で脇腹を刺されていれば、誰でも危険な状態であることがわかるので、直ちに病院で治療を受けるべきだと判断できるでしょう。
一方で、心の傷の場合は、本人が必死に助けを求めない限り、他者がその痛みに気付くのも困難です。目に見えないだけで、疲れとの区別すら付きません。酷い場合では、甘えとの混同さえ見られることもあります。
やっとこさこのハードルを乗り越えて、その人の心の傷に気付けても、今度はどうすれば良いのかわからない人が大半でしょう。とりあえず背中を押すために、「頑張って」という言葉をかけようものならば、傷口はさらに大きく開いてしまいます。刃物が刺さっている人の背中を押してはならないのです。
心の治療をするには、まずは刺さった「刃を抜く」必要があります。ところが、実はこの刃は本人にしか抜けません。他人が心に触れることはできないからです。他人がその人の心に届く言葉をかけることはできても、最終的に刃を抜けるのはその心を持つ本人だけなのです。
そして心の傷で言う「刃を抜く」とは、たとえどんなに不都合でも、ありのままの素直な自分自身に向き合うことです。仕事が「辛い」、失恋して「苦しい」、人間関係が上手くいかなくて「寂しい」、そういった感情と現実に気付いて向き合うことです。
刺さった刃を抜くときは、物質の刃物を抜くときと同じくさらに激しい痛みを伴いますが、刺さった刃さえ抜ければ、心は自然と治っていきます。抜く作業が最も過酷なのです。
「刃を抜く」には、どうしてもきっかけが必要です。そのきっかけは、占いでも心理カウンセリングでも私は良いと思います。
ただし、あまりにも傷が深過ぎて「うつ病」などの精神疾患までいってしまった場合は占いは専門外です。リスクの少ない方法で治療する必要があるので、この場合は心理カウンセリングを受けた方が良いでしょう。
逆に、精神疾患までいっていない段階であれば、占いは非常に有効だと思います。占いを受けると、自分の細かな心理状態がわかったり、性格の基盤や辛い時期がわかったりとストレートに問題に向き合えることが多いのです。
占いには、良い結果を聞くためにのめり込み過ぎたり、良くない占い師に当たったりというリスクはありますが、気軽に頼れる心強い味方として、多くの人を支える力があると私は思います。