わたしらしさを見失いかけた時のこと

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コラム
パーキンソン病って言われたとき、正直よくわからなかった。
医師の言葉は聞いてたけど、どこか他人事みたいで。
家に帰ってからも、「ほんとにわたしが?」って、ぼんやりした気持ちのまま時間が過ぎていった。

そのとき思い出したのが、数年前に亡くなった義母のことだった。
当時は別々に暮らしていたけれど、病院の付き添いや外出のお世話をしたり、施設や入院先には毎週のようにお見舞いに行っていた。
だんだんと進行していく症状に、どうしてこんなに早いんだろう…と感じていたけど、再検査の結果「多系統萎縮症」という病気だったことが分かった。

義母の姿は、どこか自分の“未来の姿”のようにも見えてしまって。
「わたしも、あんなふうになっていくのかな」
そんな不安が一気に押し寄せてきたのを、今でもよく覚えている。

診断を受けたばかりの頃は、「どうして私が?」「これからどうなるの?」って、心の中がざわざわしていた。
家族に病気のことをLINEで送ったり、いろいろ調べては落ち込んだり…。
今思えば、「わかってほしい」「気づいてほしい」っていう気持ちが強かったんだと思う。

でもその一方で、「これまでの自分」と「病気のある今の自分」とのあいだに、距離ができてしまったような感じもして。
“わたしらしさ”がどこかに行ってしまったような、そんな感覚があった。

そんな中で、ある日ふと「このままじゃいやだ」って思った。
病気はあるけど、それだけで全部が決まるわけじゃない。
「これからの人生は、できるだけストレスを少なく、心穏やかに過ごしたい」
そう願ったとき、自分の中の“ほんとうの声”が、少しずつ戻ってきたような気がした。

あの頃は、何がどうなるのか分からなくて、不安だらけだったけど、
今は少しずつ、自分の気持ちと向き合えるようになってきたと思う。
まだ揺れることもあるけど、「これだけは大事にしたい」って思えるものがある。
それが、今のわたしらしさにつながってる気がしてる。
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