海洋ルールを変えたタラ戦争

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イギリスの国民料理(?)って言えば、フィッシュ&チップス、このフィッシュにまつわる大英帝国にとっても珍しい負け戦がありました。

欧州の西北、大西洋のはるか北側にアイスランドという国があります。13世紀からアイスランドはノルウェーやデンマークなどに統治され、1944年やっと国として独立できました、しかし、国の名前通り、アイスと火山しかない場所で、陸には何の資源もない。

ただ、大西洋暖流の影響で、魚が豊富です。当時欧州色んな国が勝手にきて魚を獲っていました、特に欲深いのはイギリスでした。

タラの数が限りあるから、なんとかしないとアイスランド人が「領海」に手を出しました。

領海とはある国の海岸線からある距離まで全ての海域が全部この国の領土、当時この距離について特に決まりがありませんでした。

18世紀、各国の海岸砲の最大射程の3海里(約5.6キロ)を決め、以降大砲の射程が増えるとともにこの距離も増えました。ただし、大多数の国は3海里で設定していました。

1948年アイスランドは領海を4海里まで拡大すると宣言しました、イギリスを初めフランス、ベルギーなど反発し、アイスランドとの貿易を中止するとまで出ました。

しかし、アイスランドはすぐソ連、イタリア、アメリカなど新しい貿易相手を見つかり、イギリスの貿易禁止令の効果が全くなく、やむを得ずアイスランドの要求を受け入れました。

1958年、アイスランドが再び領海を12海里まで拡大すると宣言し、2ヶ月以内に外国船舶が全てこの範囲から出るように命じました。他の国はすぐ命令通りに離れましたが、イギリスだけ納得できなかった、その上、海軍を派遣して漁船を護衛するようにと。恐らくアイスランドも引くだろうと考えたでしょう。

しかし、アイスランド人は引くところが、逆先に先制攻撃して、イギリス軍へ砲撃を開始しました。攻撃を受けたイギリス軍が逆に困った、本当に戦争するつもりはなかったからです。しかもアイスランドもNATOの加盟国、本当に戦ったら大変なことになります。1961年、イギリスがアイスランドの12海里領海を認めました。

しかし、10年後、やはり乱獲により魚類資源が破壊され過ぎたため、アイスランドはまた領海を50海里まで拡大と宣言しました。もちろん、イギリスとも再び衝突し、NATOの調停も効果なく、アイスランドの態度が強くもしダメなら、NATOを脱退し、米軍基地も閉鎖すると表明しました。当時冷戦の正中、アイスランドは対ソ連潜水艦の基地として大変重要な位置にあります、それを聞いたアメリカが慌てて調停に入り、イギリスを妥協させました。

しかし、翌年の1974年、アイスランドはとうとう領海を200海里に拡大しました。呆れたイギリスがアイスランドと断交しました。今回誰が調停しても効果がなかったが、欧州の他の国々が今後領海を200海里と定め、これ以上変わらないように調印し、つまりアイスランドの要求を認めました。結果イギリス一人反対しても意味がなく、やむを得ず200海里の領海を認めました。

以降、国連海洋法が領海を200海里を定め、国際ルールとなり、これは全てアイスランド人が努力続けてきた結果です。

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