2度も皇帝となった男

2度も皇帝となった男

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明王朝第6代及び8代皇帝明英宗「朱祁镇」、中国歴史上、いいえ、世界歴史を見ても珍しい経歴を持つ皇帝です。

彼は皇帝から捕虜になり、釈放され自分の弟に軟禁され危うく殺されかけたが、奇跡的復辟し再び皇帝となりました。

彼は決して有能な皇帝ではなかった、しかも間違った場所で間違った指揮を取り戦争を負け、有能で罪なき救国の英雄を殺し、明帝国を滅亡させかけました。

しかし、彼とても良い人であり、他人を信頼し、敵将さえ感化させてしまう人格者。同時に私生活上最も幸せな皇帝でもあります、何故なら、いくら身分が変わったにもかかわらず、自分のことを信じずっと愛してくれた妻がいたからです。

明英宗は子供の時からずっと「先生」と呼んでいる人物がいました、この「先生」【王振】こそ悲劇の始まりでです。

王振は宦官です、皇帝の教師でもあり、そして権力と野心を持つ宦官でした。

富と権力を手に入れなお歴史に名を残りたい、宦官でも憧れの先輩宦官がいた、その名が偉大な「鄭和」でした。「鄭和」に憧れ武勲を立ちたくてモンゴル残部を消滅するため、主力部隊20万人皇帝親征の名義で出兵し、勝手に無理な行軍を繰り返した挙句、敵に包囲殲滅されました、王振自身が乱軍の中で殺されたのはいいですが、明英宗がそのまま捕虜となりました。これで中国歴史の記録を更新し、彼は唯一野戦で捕虜になった皇帝となりました。

モンゴル軍が夢にも思わなかったまさか敵の親玉がこんなに簡単に手に入れた、人質としていいえ、ATMとして今後の人生もう困ることないだろうと。身代金を要求したら、案の定大量な金銀が送ってきました、ただこれは最初で最後でした。なぜなら明帝国には新しい皇帝が即位され、目の前の人が上皇となりました。

新皇帝が明英宗の弟、明景宗朱祁鈺。明景宗は兵部尚書「于謙」を北京防衛戦総指揮に任命し、軍隊主力全滅、士気喪失の状況下、見事に兵力集結して逆転勝利に導き、宋王朝の運命を避けました。

この時の明英宗はただ家に帰りたかった、しかし、皇帝の椅子に座った弟がそれを望んでいなかったです。運命のいたずらだろうか、英宗人格の影響で、何の条件もなしで本当に釈放されました。やっと家に帰った彼はもちろん権力も帝位も何もかもなくなったが、ただ一人だけずっと待ち続けてくれました、それは英宗の妻、元の皇後銭氏です。

銭皇後の名前は歴代歴史学者に書き続けられ、他の歴史に名を残った女性と違い、陰謀政治手腕ではなく、最も簡単で最も純粋なもの「愛」、彼女は自分の夫に対する本物の愛を持って人々を感動させてきました。

自分の夫が皇帝だろうか、捕虜だろうか、弟に監禁されるだろうか、この感情が変わることがありません。夫が人質になり、どうすればいいか分からない妻として、大臣達の国家大義の説明が理解できず、ただお金を出せば夫が帰ってくるかもしれないと、必死に金品集めて送りました、そうあの最初で最後の送金は銭皇後個人の全財産でした。しかし、夫が帰ってこない。新皇帝が決まり誰も自分の夫を忘れ、どうしようもなく毎日泣きながら祈り続けました。

家に帰った「朱祁镇」が嬉しかった、あの人がやはり自分を待っていた、長い間彼女が目が見えなくなるぐらい泣きました、それでも待っていました。この時、彼は間違えなく最も幸せな人でした。

7年後、明景宗がなくなり、子供がなかったため、再び帝位を兄である「朱祁镇」に戻した。夢のような人生だなと嘆くでしょう、しかし、最も後世の人々に罵声を浴びた事件が発生しました。再び皇帝となった朱祁镇が小人の中傷を聞き、北京防衛の英雄「于謙」を処刑してしまいました。数年後真実が明らかになり、于謙の名誉を回復したが、もはや手遅れでした。

明英宗は良い皇帝ではなかったが、良い人でした。彼は周りのほとんどの人を信頼した、善良な人だろうか、邪悪な人だろうか、モンゴルの衛兵でさえ彼と友達になれました。しかし、ただの良い人は良い皇帝になれません。

なくなる前に、明英宗が殉死の制度が廃止した、この非常に残酷な制度は彼の偉大な先輩皇帝達も廃止出来なかった。彼は他の先輩に持たない能力があったからこそできました、彼は他人の苦しみを理解できます。
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