どうも、せいおです。
ブログ投稿現在は土曜日の夜、皆様いかがお過ごしでしょうか。
明日もお休みという解放感の中で、のんびりこのブログを開いてくださっていたら嬉しいです。
突然ですが、昨今ニュースやSNSでよくこんな論調を見かけませんか?
「今の若い世代はお金の使い方が下手だから貧困になるんだ」
「昔の人はもっと貯金をして、車や家を買っていた」
これ、真面目な人ほど「そうなのかなぁ、自分のお金の使い方が悪いのかな……」と落ち込んでしまうかもしれません。でも、一歩上空からこの構造を眺めてみると、そもそも前提がちょっとおかしいことに気づきます。
結論から言います。
「仮に、昭和世代の『当たり前のお金の使い方』を、現代の物価と給料でそのまま実行したら、それこそ一瞬で破産しますよ」というお話です。
もしも「昭和の当たり前」を現代の物価でやったら?
昔の「人生の標準ルート」といえば、車を買い、マイホームを建て、結婚して子どもを育て、夜は会社の付き合いで飲みに行く……というフルコースが一般的でした。
じゃあ、これらを「全然上がらない給料」と「上がり続ける物価や税金」の現代で、若者がそのまま再現しようとしたらどうなるでしょうか?
……言うまでもなく、生き残るだけで精一杯のハードモードになりますよね。
つまり、今の若い世代はお金遣いが荒いわけでも、下手なわけでもありません。現代という「制限だらけの初期設定」の中で、サブスクを利用したり、コスパを意識したりして、生き残るために自分たちのルールを最適化しているだけなんです。
時代ごとに「ゲームの初期設定」が違いすぎる
こうして見ると、昭和、平成、令和と、それぞれの時代で「ゲームの難易度やルール」が全く違うことが分かります。
ここで勘違いしてはいけないのが、「昔のステージはイージーモードだった」というわけでは決してない、ということです。
昭和というゲーム: 頑張って働けば給料が右肩上がりに増える。けれど、今では一発アウトになるようなハラスメントが当たり前。娯楽や便利なサービスも少なく、「世間一般の普通」を強烈に強要される、メンタルハードモードのステージ。
令和というゲーム: 多様性が認められ、個人の自由や娯楽は増えた。けれど、物価と税金は容赦なく上がるのに基本給の初期値が低く抑えられている、財布に厳しいステージ。
※ちなみに私は、もし昭和のステージに生まれていたら、周りからの「普通プレッシャー」とハラスメントの嵐に耐えきれず、確実にメンタルをやられて鬱病になって終わっている自信があります😇(今の時代で本当に良かった……)
もちろん、育った環境やポテンシャル、頑張りなどによって人それぞれな部分はありますが、前提としての世間のルールがこれだけ違うのですから、過去の攻略法をそのまま現代のプレイヤーに押し付けて、「最近のプレイヤーは下手くそだ」と批判するのは、そもそも無理があるんですよね。
どの世代の人も、自分が配られた「時代のカード(初期設定)」の中で、一長一短のバグと戦いながら必死にプレイしているだけなんです。
得意不得意を補い合う、平和なゲームメイク
「上の世代は分かってない」「今の若者はこれだから」と、世代間でいがみ合っていても、お互いの脳の貴重なリソース(CPU)をゴリゴリと無駄遣いするだけになってしまいます。
生まれた時代や環境が違えば、考え方も、得意なこと・苦手なことも全く変わって当然です。
「あ、あの世代は強烈な同調圧力の中で、縦社会を生き抜いてきた根性特化型のプレイヤーなんだな」
「今の世代は、不景気の中で効率とコスパを極めてきた合理化特化型のプレイヤーなんだな」
そんな風に一歩引いてメタ認知してみる。
そして、お互いの足りない部分や苦手をうまく補い合いながら、少しでも平和に生きていければ、それが一番健全ですよね。
「そんなの机上の空論だよ」と言われてしまうかもしれませんが……それでも、不毛な叩き合いにエネルギーを割くよりは、よっぽど豊かでコストパフォーマンスが良い生き方だと思うのです。
最後に:みんな今を生きる「仲間」
私たちは生まれ落ちた時代を選べません。みんな、それぞれの時代の生きづらさと必死に戦っている「仲間」です。
世代の壁を超えて、お互いに「そっちのステージも大変だよね」「今週もお互いお疲れ様」と言い合えるような、そんな優しい目線を持てたら素敵ですよね。