「もう平気なはず」の言葉が、いちばん苦しかった

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コラム
距離を置いたことを話すと、
よく言われた言葉がある。

「もう終わったんでしょ?」
「離れたなら、楽になったでしょ?」
「いつまでも引きずらなくていいよ」

悪気がないのは、分かっている。
励まそうとしてくれているのも。

それでも、その言葉を聞くたびに、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。

自分でも思っていたからだ。
「もう平気なはず」
「こんなことで悩むのはおかしい」

そうやって、
周りの言葉を借りて、
自分を急かしていた。

でも実際は、
全然、平気じゃなかった。

眠る前に思い出す。
何もしていないのに、涙が出る。
理由のはっきりしない不安が続く。

それなのに、
「もう終わった話」にしてしまった手前、
つらいと言う場所がなかった。

平気なふりをして、
ちゃんと前に進んでいる人を演じる。

その裏で、
「まだこんな状態の私は、どこかおかしい」
そうやって、
自分を切り離していた。

でも、あとから気づいた。

「もう平気なはず」という言葉は、
回復を助けるものじゃなかった。

それは、
他人が安心するための区切りで、
本人の心の区切りとは、
まったく別のものだった。

心は、
誰かの理解よりも先に、
自分の安全を確かめようとする。

急かされると、
「まだダメだ」と感じて、
余計に固くなる。

だから、
「もう平気なはず」と言われて苦しかったのは、
あなたが弱かったからじゃない。

ちゃんと回復しようとしていたからこそ、
その言葉が、重かった。

本当は、
「まだつらいんだね」
「時間がかかってもいいよ」
そんな一言が、
いちばん必要だった。

このシリーズでは、
“元気になること”をゴールにしていない。

安心できる場所に、
心が戻ってくることを、
大切にしている。

もし今、
周りのペースと自分の状態が合わなくて、
余計に苦しくなっているなら、
あなたの感覚は、間違っていません。

誰かと話すことで、
「平気なふり」をしなくていい場所があると、
回復は、少しずつ動き出します。
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