この家に住むのは、夫婦と子ども、そして猫が三匹。
まず最初に行ったのは周辺の歴史を調べることだった。
土地としての歴史は古くない。けれど、その敷地の前を通る道は、江戸時代から使われていた道だった。
それだけで、景色の見え方が変わる。
家そのものは新しくても、道だけはずっとそこにあり、人の移動や暮らしの癖を受け止め続けてきた。
目に見えない「慣性」が、敷地の周囲には残っている気がした。
一気に時代を進め、古い航空写真も確認した。
土地がどう切られ、どう建て替わり、庭や畑がどう消えていったのか。
敷地が形成されてきた変遷を、写真の上でなぞるように眺めた。
大規模な建物であれば、こうした情報を強い手がかりに設計を始めることもある。
ただ今回は住宅だ。
歴史や文脈に引っ張られすぎると、住まい手の素直な暮らしを置き去りにしてしまう。
だから、ヒントとして受け取りつつ、縛りにはしないと決めた。
次に、航空写真をもとに、周囲の建物・庭・駐車場の位置をプロットした。
いまの街の「余白」のあり方を、できるだけ客観的に把握したかったからだ。
近隣の住宅には広い庭が多く、緑が豊富で、季節の気配が滲んでいた。
おとなりの庭とつながるように庭を配置する。
おとなりの洗濯物に風が通るように空間を開ける。
おとなりの畑が暗くならないように高さを考慮する。
おとなりの緑を、こちらの窓からも眺められるように建物の位置を探る。
適切な余白を残し、空と庭に暮らしを預ける方向に振り切った家は、地域に馴染むと思った。
他にも設計の要点はいくつかある。
空を見上げるための大きな窓。
雪国の厳しい外部環境と室内をつなぐ、ワンクッションとなる広い軒下空間。
そして、猫のためのロフトである。
人が猫を家に招くと決めた以上、猫を尊重した暮らし方をしたい。
本来であれば、猫の生活圏であるロフトに、猫に関わるものすべてを集約してあげるのが筋なのかもしれない。
しかし、人のわがままで、トイレと水飲み場、餌のスペースだけは1階に設置させていただきたいとお願いした。
猫の快適さと、人の暮らしやすさ。
その折り合いを、間取りの中でどう結ぶかが、この家の繊細なテーマになった。
いつでも日向ぼっこができること。
いつでも人を眺められること。
いつでも走り回れること。
ロフトはきっと、愛猫にとって心地よい居場所になるはずだ。
その一方で、こちらの都合も混ぜ込んでしまった事実は消えない。
だからこそ、「正しさ」ではなく「敬意」でつくりたいと思った。
住まい手と同じように、猫にもまた、この家の住人としての尊厳があると考えたからだ。
住宅の設計は、ときに小さな話に見える。
けれど敷地には時間があり、周囲には風景の蓄積があり、そこに暮らすのは人だけではない。
その全部を抱えたまま、なるべく軽やかに、縛られすぎず、誠実に形にしていく。
住宅を描くという仕事は、その調停の連続なのだと思う。