作品サンプル②(3000文字)

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小説
作品サンプル①(1500文字)  の描写通常タイプです。

 ーー真由美にはほら、王子様がいるじゃない。
 恋バナという名の雑談の最中に友人が放った言葉を不意に思い出した。
 王子、って呼ぶにはちょっと、目付きが悪すぎるかもしれない。
 偶然同じ苗字で、同じクラス。
 互いに下の名前で呼び合うようになったのは、ある種当然のことだろう。
 名前だけでなく共通の話題が多かったおかげで、親しくなって一年。
 今年もまた、同じクラスだ。
 真由美は隣の席で次のテストの範囲表を睨みつけている裕二を横目で確認して、珍しいこともあるなぁ、なんて失礼な感想を抱いてしまった。
 けれど、仕方がない。
 彼は一年の時も同じクラスだったけれど、すべてのテストで最低二教科ずつは赤点を取っていた。
 最高は、四……いや、五教科だったか。
 正直、どうして進学できたかわからないくらいだ。
 授業は八割寝ているし、普段はテスト当日に「え、それテスト範囲?」とか言ってるから仕方ないと思うけど。
 去年一年一緒にいて、テストの範囲表を見ている姿をはじめて見たかもしれない。

「明日、槍でも降るんじゃない?」

 茶化すようにそう呟いた真由美に、裕二は油の切れたブリキ細工のようにぎこちない動きでゆっくりと視線を向けてきた。
 気持ち悪い、なんて素直な感想は、辛うじて飲みこむ。

「……なに?」

 目付きの悪い裕二に見つめられると、まるで睨まれているかのように錯覚するからやめてほしい。
 根は明るくていいやつだってことはもう理解しているけれど。

「なぁ、真由美」
「うん?」
「ちょっと俺、今悩んでるんだけどさ」
「うん」

 状況から見て、その悩みとやらはどう見たってテストについてだろう。
 裕二がテストについて悩む。
 どうしてだろう、なんだかものすごく、その響きに違和感がある。

「テスト範囲って、どうやったら減る?」
「減ってたまるか!」

 思わず、思いきり突っこんでしまった。
 バカだ。
 本当にもう、まごうことなきバカだ。
 睨みつけていたらいつか減るとでも思っていたのだろうか、このおバカは。

「ヤベェ、マジでヤベェよ……」

 頭を抱えるようにしてぐったりと項垂れるその姿は、真由美の目には酷く珍しく映る。
 裕二がこんなに真面目にテストに向き合っているのを、真由美ははじめて見たかもしれない。
 ……テスト範囲が減るように願っているというのは、真面目なのかどうか微妙なところだけど。

「なに、どうしたの。あんたいつも、数学と世界史と国語と英語は捨ててるじゃない」
「今回はそういうわけにはいかねぇんだよぉ……」

 ズルいなぁ、と思った。
 普段は底抜けに明るくて頼りになって、ちょっと男臭くて。
 後輩から兄貴とか呼ばれるようなキャラのくせに。
 たまにこうして甘えるような態度を取ってみせるのは、本当にズルいと思う。
 それも、真由美に対してだけ、とか。

「本当、どうしたのよ」

 ぐったりと机に突っ伏したまま、裕二は力ない声で「部活が……」と呟く。

「赤点取ったら一週間、参加禁止になるって言われて……」

 そういえば、裕二のところは今年から顧問が変わったんだったか。
 これまではキャラもあってか許されてきていたようだけど、新しい顧問はどうやら学業にも厳しいらしい。

「……なぁ」

 今度こそ本当の、甘え声。
 強面のくせに、ズルい。
 ていうか。
 ーー私が甘やかしちゃうのわかってて的確に甘えてくるの、ズルい。

「なによ」
「これから、休み時間とか、さ……」

 尻窄みに言葉が消えていく。
 あまりにも「らしく」て、ちょっと笑ってしまった。
 勉強を教えてほしい、と頼みたかったらしい裕二は、どうやら勉強が嫌すぎて勇気が出ないらしい。
 続く言葉がわかっていながら、私はそのまま裕二の言葉を待った。

「その、ちょっと、さ……」

 ひどく、言いにくそうだ。
 そんなに嫌なのか、と思うと、やっぱり笑える。

「……勉強、教えてくんね?」

 たっぷりの逡巡と抵抗ののちに、裕二はようやくその言葉を吐きだした。
 私は別に勉強嫌いではないからわからないけれど、どうやら勉強嫌いにとって勉強に誘うというのは結構ハードルが高いらしい。

「いいけど……」

 私は右手をあげて、人差し指と中指を立てて見せた。

「……なんでピース?」

 確かに日本一有名な写真のポーズかもしれないけれど、これはピースではなく。

「オレンジジュース、一日二本」
「げっ!」

 食堂にある紙パックの自動販売機。
 九十円で売っているオレンジジュースが真奈美の今のマイブームだ。

「テストまで二週間だろ。一日二本で約二百円で……」
「そこは百八十円で計算しよう? あんた、高校生だよね?」
「百八十円……二日で……三百六十円……」

 ブツブツと呟きながら一生懸命に計算をしている裕二に、平日しか会わないんだから十倍でいいんじゃない? と教えてあげるべきかを一瞬考えたけれど、これも暗算力の強化になるか、と放っておくことにした。

「わかった、ノった! 一日二本奢るから、教えてくれ!」

 少し、驚いた。
 多少の値下げ交渉をしてくると思っていたからだ。
 お小遣い生活の高校生。
 それも、裕二は部活三昧のせいで長期休暇にもバイトはできない。
 部活帰りに家までもたなくて、ついついしてしまう買い食いのせいで常に金欠を嘆いているくらいなのに。

「マジで、こんな時期に部活禁止とかになるわけにいかねぇから。悪いけど、頼む」

 そう言って、裕二は大袈裟に思えるほど思いきり、頭を下げた。

「……仕方ないなぁ」

 ぱっ、と頭を上げた裕二が、にかり、と笑う。
 底抜けに明るいその笑顔に真由美が弱いと知ってやっているのなら、とんだ策士だ。

「大丈夫! 一七六十円くらいなら、貯めてあるからな!」
「そう、ならよかっ……」

 なんだか今、恐ろしい計算間違いがあったような気がするのだけど。

「赤点回避、大変そうね……」

 つい、裕二に向ける視線が同情的なものになってしまう。

「えっ、なにっ、なんでっ?」

 百八十円を何回足したら、一七六十円になったんだろうか。

「……まったく」

 このおバカに、赤点回避させるのは多分難しいなんてレベルの話じゃない。

「オレンジジュース、赤点回避後の報酬でいいよ」

 まぁ、最初から本気じゃなかったしね。

「マジで? やった、助かる! 今日からも肉まん食える!」
「あんまり無駄遣いしない方がいいんじゃない? もし赤点回避失敗したら、オレンジジュース買い占めてもらうから」
「えぇっ?」

 思いきり飛び上がった裕二だけど、赤点取らなきゃ問題ないよね?

「回避する気、ないわけ?」
「あるある、ありまくる! 一週間部活参加禁止も無理だし、自販機買占めも無理だっての!」
「うんうん。このくらい背水の陣にして望まないと、裕二は赤点回避なんて無理だよね」
「ハイスイノジン……?」

 なんだか衝撃的な疑問符が聞こえたような気がするけど、とりあえずそれは横に置いておこう。
 高校生としての一般常識ではあるかもしれないけれど、とりあえず、今回のテスト範囲には関係ない。

「よっしゃ! 絶対回避するぜ!」
「はいはい、頑張って」

 部活にまっすぐに向かう真摯な視線に惚れたけれど、普段のこんなバカっぽいやり取りも大好きだ。
 勉強嫌いな裕二と勉強するのが大変だってわかっているのに、むしろちょっと嬉しく思っているなんて。
 ーー惚れた方が負けだって、本当なんだなぁ。
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