中国の戦国時代に、孟嘗君という人物がいました。
斉の国の公族であり、戦国四君の一人にも数えられる有名な人物です。
孟嘗君といえば、よく知られているのが「食客三千人」という話です。
食客とは、簡単に言えば、その人物のもとに身を寄せている客人や士人たちのことです。
政治の助言をする者もいれば、弁舌に優れた者もいる。
武芸に長けた者もいれば、知略に優れた者もいる。
戦国時代は、国と国が互いに争い、才ある者が各国を渡り歩いた時代でした。
生まれや家柄だけではなく、弁舌、策略、勇気、知恵、人脈。
そうしたものが、国の命運すら動かすことがありました。
孟嘗君は、そのような時代に多くの人材を抱えた人物でした。
ただ、彼が面白いのは、立派な才能を持つ人間だけを集めていたわけではないところです。
たとえば、有名な「鶏鳴狗盗」という話があります。
孟嘗君が秦に招かれた時、秦の王は彼を重んじながらも、やがて警戒して殺そうとします。
孟嘗君は、なんとか秦から逃げ出そうとしました。
しかし、逃げるためには秦王の寵姫の助けが必要でした。
その寵姫は、かつて孟嘗君が秦王に献上した白い狐の皮衣を欲しがります。
すでに献上してしまったものですから、普通ならどうにもなりません。
その時に役立ったのが、犬のように忍び込んで物を盗むことのできる食客でした。
彼は秦王の蔵に忍び込み、白い狐の皮衣を盗み出します。
それを寵姫に贈ることで、孟嘗君は逃げる手助けを得ることができました。
しかし、まだ危機は終わりません。
孟嘗君たちは函谷関まで逃げます。
ところが、関所は夜が明けて鶏が鳴くまでは開きません。
追っ手が迫れば、そこで捕まってしまいます。
その時に役立ったのが、鶏の鳴き真似ができる食客でした。
彼が鶏の鳴き声をまねると、それにつられて本物の鶏たちも鳴き始めます。
関所の役人は夜が明けたと思い、門を開けました。
こうして孟嘗君は、命からがら秦を脱出することができたのです。
普通に考えれば、犬のように盗むことや、鶏の鳴き真似など、大した才能には見えません。
むしろ、くだらない芸だと思われるかもしれません。
けれど、そのくだらないように見える芸が、ある場面では人の命を救うことになりました。
人の価値というものは、平時にはわからないことがあります。
一見すると何の役にも立たないように見えるものが、思わぬ場面で人生を左右することがあるのです。
孟嘗君のもとには、さらに不思議な男もいました。
馮驩という人物です。
馮驩は孟嘗君のもとにやって来ましたが、特に目立った才能があるようには見えませんでした。
ただ長剣を持っているだけ。
しかも待遇に不満を言います。
「食事に魚がない」
そう言って、長剣を叩きながら歌います。
孟嘗君が魚を出すようにすると、今度はこう言います。
「外出する車がない」
車を用意されると、さらに言います。
「家族を養うものがない」
普通なら、なんだこの男は、と思われても仕方がありません。
何か役に立つわけでもない。
立派な特技を見せるわけでもない。
ただ長剣を持ち、不満を口にする。
それでも孟嘗君は、この馮驩を追い出しませんでした。
ここまで見ると、孟嘗君という人物は、かなり不思議な人です。
鶏の鳴き真似をする者も抱える。
犬のように忍び込む者も抱える。
特技があるのかどうかもわからない、長剣だけの男も抱える。
人の価値を、すぐには決めつけない人物だったのかもしれません。
そんな孟嘗君には、もう一つ有名な話があります。
それは、彼が生まれた時の話です。
孟嘗君は、五月五日に生まれたとされています。
当時、五月五日に生まれた子は不吉だという迷信がありました。
その子が戸口の高さまで育つと、父母を害する。
そういう言い伝えがあったのです。
そのため父は、その子を育てることを嫌がりました。
けれど、後に成長した孟嘗君は、父に問いかけます。
「人の命は、天から授かるものですか。
それとも、戸口から授かるものですか」
父は答えます。
「天から授かるものだ」
すると孟嘗君は言います。
「もし天から授かるものなら、どうして戸口の高さを恐れるのですか」
これは、非常に面白い問答です。
人の運命は天から来るのか。
それとも、戸口の高さから来るのか。
昔の人は、暦や日取り、方角、兆し、迷信によって人生を説明しようとしました。
それは、ただ愚かだったという話ではありません。
病気、戦争、飢饉、身分、家の事情、親子関係。
自分ではどうにもならないものが多かった時代、人は不安や苦しみに意味を与える必要がありました。
「これは天命なのだ」
「この日に生まれたからだ」
「この相性だからだ」
「この時期だからだ」
そう考えることで、どうにもならない人生を受け止めようとしたのです。
これは現代の占いにも通じるところがあります。
人は苦しいことがあると、理由を求めます。
なぜ自分はこうなのか。
なぜあの人とは合わなかったのか。
なぜあの時期に失敗したのか。
なぜ自分ばかり苦しいのか。
そのとき占いは、一つの物語を与えてくれます。
「あなたの星はこうです」
「今はそういう運気です」
「その人とは相性が悪かったのです」
そう言われると、心が軽くなることがあります。
自分だけが悪かったのではない。
自分のせいだけではなかった。
そう思えることには、確かに救いがあります。
けれど、ここで一つ立ち止まる必要があります。
本当にそれは、天から来た運命なのでしょうか。
それとも、戸口から来た迷信なのでしょうか。
あるいは、もっと別のところから来ているのでしょうか。
中国の思想家である荀子は、天と人の営みを分けて考えました。
天には天の理がある。
人には人の営みがある。
天が人間一人ひとりの運命を細かく決めているのではなく、人は教育や習慣、環境、礼によって形づくられていく。
そう考えたのです。
これは、現代を生きる私たちにとっても大切な視点だと思います。
たとえば、お酒を飲めば酔います。
水を飲んでも酔いません。
コーラを飲めば、げっぷが出やすくなります。
睡眠不足が続けば、判断力は落ちます。
甘いものばかり食べていれば、欲求や気分の波が乱れやすくなることがあります。
怒鳴られる家庭で育った子供は、人の顔色をうかがうようになりやすい。
否定され続けた人は、自分の気持ちを出すのが苦手になりやすい。
安心できる場所がなかった人は、他人に頼ることが怖くなりやすい。
これらは、天から突然降ってきた運命というよりも、日々の環境や経験の積み重ねです。
つまり、人は生年月日だけで作られるのではありません。
何を食べてきたのか。
どんな言葉を浴びてきたのか。
どんな家庭で育ったのか。
どんな人と出会ったのか。
どんな習慣を繰り返してきたのか。
そうした日々の縁によっても、人は形づくられていきます。
そして、その「縁」が運命を変えるという意味で、馮驩の話はとても象徴的です。
ある時、孟嘗君は自分の領地である薛の民に貸していた金を回収しようとしました。
食客三千人を養うには、莫大な費用がかかります。
そのため、領地の民から利息を取ることは、孟嘗君にとって重要な収入源でもありました。
そこで馮驩が、借金を取り立てる役目を引き受けます。
ところが馮驩は、薛に着くと、ただ金を取り立てたわけではありません。
民を集め、返せる者からは確認を取り、どうしても返せない者の証文を集めました。
そして、人々の前でその証文を焼き捨ててしまったのです。
借金の証文を燃やす。
それは、孟嘗君の財産を勝手に消してしまうようなものです。
普通なら大問題です。
しかし馮驩は、民にこう伝えました。
孟嘗君は、あなたたちの暮らしを思って、借金を免じてくださったのだ、と。
薛の民は深く感謝しました。
金ではなく、心が動いたのです。
馮驩が戻ると、孟嘗君は尋ねます。
「回収した金はどこにあるのか」
馮驩は答えます。
「あなたには財宝も美女もあります。けれど、義が足りませんでした。私はその義を買ってきたのです」
この時の孟嘗君は、すぐには納得できなかったかもしれません。
しかし、後にこの意味を知ることになります。
孟嘗君は、斉の王に疑われ、重い役職から外されます。
権力を失えば、人は離れていきます。
かつて三千人いた食客たちも、彼が没落すると、多くが去っていきました。
富や地位に集まっていた者は、富や地位が失われれば離れていく。
戦国の世の現実は、そういう冷たさも持っていました。
行き場を失った孟嘗君は、領地である薛へ向かいます。
すると、どうでしょうか。
薛の民たちは、はるか手前から孟嘗君を迎えに出てきました。
かつて馮驩が証文を焼き、借金を免じたことで、民は孟嘗君を心から慕っていたのです。
ここで孟嘗君は、馮驩が「義を買ってきた」と言った意味を悟ります。
あの時、馮驩が買ってきたのは、金ではありませんでした。
困った時に人を支える信頼でした。
失脚した時にも残る、人の心でした。
しかし馮驩は、ここで満足しません。
彼はさらに言います。
「すばしこい兎は、逃げ込む穴を三つ持っています。だから死を免れるのです。今のあなたには、薛という一つの穴しかありません。これではまだ、安心して眠ることはできません」
ここから生まれたのが、「狡兎三窟」という言葉です。
賢い兎は、三つの隠れ穴を持つ。
つまり、危機に備えるには、一つの逃げ道だけでは足りないということです。
馮驩は、孟嘗君のために残りの穴を作りに行きます。
まず魏の国へ向かい、魏の王にこう説きます。
「今、斉は孟嘗君を失いました。もし魏が孟嘗君を迎えれば、魏は強くなります」
魏の王はこれを聞き、孟嘗君を迎えようとします。
宝を用意し、立派な車馬をそろえ、礼を尽くして招こうとしました。
その動きを知った斉の王は、焦ります。
孟嘗君を他国に取られてはならない。
斉にとって、彼はそれほど大きな人物だったのだと、王は改めて気づくのです。
こうして斉の王は孟嘗君に詫び、再び重んじるようになります。
馮驩は、民の心を買い、他国の評価を動かし、斉の王の判断までも変えました。
最初は、ただ長剣を持って不満を言うだけの男に見えた人物です。
魚がない。
車がない。
家族を養えない。
そう言っていた男が、孟嘗君の失脚後に、彼を再び表舞台へ戻す道を作ったのです。
ここに、歴史の面白さがあります。
その時には意味がわからない出会いが、後になって人生を支えることがある。
その時には役に立たないと思った人物が、後になって運命を変えることがある。
孟嘗君の運命を変えたものは、戸口の高さではありませんでした。
五月五日という生まれた日だけでもありませんでした。
天から一方的に降ってきた運命でもなかったのかもしれません。
彼の人生を動かしたものの一つは、馮驩という一人の食客との縁でした。
では、馮驩は天から来たのでしょうか。
それとも、縁から来たのでしょうか。
私は、人の運命を考えるとき、この問いはとても大切だと思っています。
占いは、人を知るための入口になります。
生年月日から見える傾向もあるでしょう。
時期の流れから考えられることもあるでしょう。
相性という形で、人間関係を見直すこともできるでしょう。
けれど、人の人生はそれだけではありません。
運命は、天から降ってくるだけではない。
戸口の高さで決まるものでもない。
人は、日々触れるもの、食べるもの、浴びる言葉、出会う人、育った環境、繰り返す習慣によっても作られていきます。
だから私は、人生を見るときに「命」だけではなく「縁」も見る必要があると考えています。
生まれ持ったものだけではなく、何に触れてきたのか。
どんな環境で心と体が作られてきたのか。
どんな人との関係が、その人の考え方や苦しさを形づくってきたのか。
人の運命は、どこから来るのか。
天からなのか。
戸口からなのか。
それとも、日々の縁の中から生まれてくるのか。
私は、運命とは天から一方的に与えられるものではなく、縁の中で作られ、縁の中で変わっていくものだと思っています。