今回は、通常の鑑定例ではなく、外伝的な考察です。
格闘ゲーム界のレジェンドであるウメハラさんと、世界トッププレイヤーであるMenaRD選手の対戦を見て、私はとても強く感じたことがありました。
格闘ゲームに詳しくない方のために、まず今回の対戦がどんな意味を持っていたのかを簡単に整理します。
ウメハラさんは、日本で最初にプロゲーマーとして道を切り開いた、格闘ゲーム界の象徴的な存在です。
単に強い選手というだけでなく、「ゲームを仕事にする」「格闘ゲームに人生を賭ける」という道を、世の中に見える形で示した人でもあります。
ただ、近年のウメハラさんは、競技成績としてはかつてのように常にトップを走り続けていたわけではありませんでした。
大会で目立った結果が出ない時期もあり、ファンの間にも、
「年齢的に、もう全盛期は過ぎてしまったのか」
「昔のような鋭さは、まだ残っているのか」
「今の世界トップに、本当に通用するのか」
という不安はあったと思います。
それでも、多くのファンはどこかで期待していました。
短期大会では結果が出なくても、相手を決めてじっくり準備する長期戦なら、ウメハラさんは何かを見せてくれるのではないか。
10先(どちらが先に10回勝てるかという対戦形式)のような形式なら、相手を見続け、修正し、最後には勝負の深さを見せてくれるのではないか。
そういう希望がありました。
一方のMenaRD選手は、現代の世界トップクラスのプレイヤーです。
若くして世界大会で結果を出し、現在の格闘ゲームシーンを代表する強豪の一人です。
つまり今回の対戦は、単なる一試合ではありませんでした。
それは、
格闘ゲーム界の歴史を背負ってきたレジェンド
と、
現在の世界最前線に立つ王者級の選手
が真正面から向き合う試合でした。
そして同時に、ファンにとっては、
ウメハラさんの火は、まだ残っているのか
を確かめる試合でもあったのだと思います。
結果として、ウメハラさんはMenaRD選手に敗れました。
しかし、そこで終わらなかった。
むしろ、この対戦に向けた練習の中で、ウメハラさんは20代の頃のような気持ちを取り戻した。
そして試合後には、まだ現役を続ける方向へ気持ちが変わっていた。
だから私は、この試合を単なる敗北ではなく、
負けたことで、もう一度火が戻った対戦
として見ています。
では本文に入りますが感じた事というのは
「負けたのに、終わりではなく、もう一度火が戻ったように見えた」
ということです。
結果だけを見れば、ウメハラさんはMenaRD選手に敗れました。
しかし、その後に語られていた内容を見ると、単なる敗北では終わっていませんでした。
ウメハラさんは、もし負けたら競技をやめることも考えていたようです。
ところが、MenaRD戦に向けた練習の中で、20代の頃のような気持ちが戻ってきた(現在44歳)。
そして試合後には、まだ現役を続ける方向へ気持ちが変わっていた。
私はこの流れを、命縁弁証学の視点から見ると、非常に象徴的だと感じました。
もちろん、これは本人の内面を断定するものではありません。
公開されている情報と、四柱推命・中医学的な見方をもとにした、一つの考察です。
ウメハラさんは「丁火」の人
四柱推命では、生まれた日の天干を「日干」と呼びます。
これは、その人自身の本質を見る中心になります。
ウメハラさんの日干は、丁火です。
丁火とは、太陽のように広く照らす火ではありません。
ろうそく、灯火、炉の火のように、内側で静かに燃え続ける火です。
大きく外へ広がる火というより、暗い場所を一点だけ照らす火。
感覚、集中、読み、粘り、内側の納得に向かう火です。
この丁火という見方をすると、ウメハラさんの勝負観はとても腑に落ちます。
ウメハラさんは、ただ「誰かに勝ちたい」というよりも、
自分はまだ強いのか
自分の中に、まだ勝負の火は残っているのか
という問いに向かっているように見えます。
今回のMenaRD戦後の流れも、まさにそこに重なります。
「MenaRDに勝てなかった」ことよりも、
「MenaRDという強い相手に向き合った時、自分の中にまだ火があると分かった」こと。
ここが、今回の対戦の一番深い意味だったのではないかと思います。
10先での強さと丁火の性質
ウメハラさんを語るうえで外せないのが、長期戦での強さです。
格闘ゲームの短期大会では、勢い、組み合わせ、当日の流れも大きく影響します。
しかし、10先のような長期戦では、相手を見続け、癖を読み、試合中に修正し、時間をかけて攻略していく力が問われます。
これは、丁火の性質とよく重なります。
丁火は、一気に燃え広がる火ではありません。
静かに、しかし消えずに、目の前のものを照らし続ける火です。
ウメハラさんの長期戦の強さは、まさにこの火に見えます。
相手を観察する。
癖を見る。
嫌がるところを見る。
膠着状態でも崩れず、少しずつ相手を追い詰める。
ただ反射神経で勝つのではなく、相手の構造を見抜いていく。
ここに、ウメハラさんの丁火らしさが表れているように思います。
近年の停滞は、火が消えたからではない
近年のウメハラさんについて、格闘ゲームファンの中には、どこか停滞感を感じていた人もいたと思います。
以前ほど大会成績が目立たない。
競技者としての鋭さが、常に見えていたわけではない。
でも、存在感はむしろ大きくなっている。
私はこの停滞を、単純に「衰え」とは見ていません。
むしろ、
丁火の人が、丙火の役割を背負っていた
と見ています。
丁火は、内側で燃える火です。
自分の勝負に集中し、深く深く照らしていく火です。
一方で、丙火は太陽の火です。
広く外を照らし、多くの人に光を与える火です。
この10年ほどのウメハラさんは、単なる競技者ではありませんでした。
日本初のプロゲーマーとして、
格闘ゲーム界の象徴として、
配信者として、
講演する人として、
若い世代に道を見せる人として、
業界全体を照らす役割を担っていました。
これは、丁火というより、丙火的な役割です。
自分の内側の勝負に燃える火が、外側を照らすために使われ続ける。
その尊いズレが、長い時間をかけて、停滞として現れていたのではないか。
私はそう見ています。
MenaRD選手は、火を消した相手ではなかった
ここで重要になるのが、MenaRD選手です。
MenaRD選手の日干は、壬水として読むことができます。
壬水は、大きな川や海のような水です。
形を変え、流れを読み、相手を飲み込みながら進む水です。
ウメハラさんが丁火なら、MenaRD選手は壬水。
火と水の関係です。
普通に考えると、水は火を消します。
実際、試合結果だけを見れば、MenaRD選手はウメハラさんに勝ちました。
ウメハラさんの勝利の物語を止めた相手とも言えます。
しかし、私はMenaRD選手を「ウメハラさんの火を消した相手」とは見ていません。
むしろ、
ウメハラさんの中にまだ火が残っているのかを問い直した相手
だったのではないかと思います。
強すぎる相手に、本気で向き合う。
その準備の中で、昔のような気持ちが戻ってくる。
自分はまだ強いと思える。
これは、勝敗だけでは測れません。
MenaRD選手はウメハラさんに勝った。
けれど同時に、ウメハラさんをもう一度、競技者として燃えさせた相手でもあった。
そう見ることができます。
敗北なのに、なぜ再点火だったのか
今回の対戦で一番面白いのは、ここです。
普通なら、負けたら終わりです。
まして、本人が「負けたら競技をやめることも考えていた」という状態なら、なおさらです。
しかし実際には、試合後のウメハラさんは、終わる方向ではなく、続ける方向へ向かいました。
なぜか。
私は、試合結果よりも前に、すでに大事な答えが出ていたのだと思います。
MenaRD戦に向けて練習する中で、ウメハラさんは自分の中にまだ火があることを確認した。
20代の頃のような気持ちが戻った。
自分はまだ強いと思えた。
つまり、MenaRD戦の本当の意味は、勝敗だけではなかった。
MenaRD選手に勝てるかどうか
ではなく、
MenaRD選手という強すぎる相手に向き合った時、自分の中の火が戻るかどうか
だったのではないか。
そして、その火は戻った。
命縁弁証学的に言えば、
命=丁火。内側で勝負に燃える人。
縁=MenaRD選手という壬水の強敵。
果=敗北。しかし、その敗北によって火が戻る。
この流れです。
ウメハラさんの火は消えていなかった
近年の停滞を、私は「火が消えた」とは見ていません。
火はあった。
ただ、その火は自分の勝負だけではなく、業界、配信、ファン、後進、社会的役割へと広がっていた。
それは格闘ゲーム界にとって必要な火だったと思います。
しかし、丁火の人にとって、本当に戻るべき場所は、自分の内側です。
MenaRD戦は、その火がもう一度、自分の勝負へ戻るきっかけになったのではないか。
だから私は、今回の敗北を「終わり」とは見ません。
むしろ、第二現役期の入口のように見ています。
もちろん、ここから本当に成績が戻るかどうかは分かりません。
若い選手たちは強く、世界のレベルも高い。
ウメハラさんがこれからどこまで勝てるかは、簡単には言えません。
しかし、少なくとも一つだけ言えることがあります。
ウメハラさんの火は、まだ消えていなかった。
そしてその火は、勝利ではなく、敗北によって戻ってきた。
ここに、今回のMenaRD戦の一番深い意味があるように思います。
命縁弁証学で見る「再点火」
私が命縁弁証学で大事にしているのは、単に「生まれ持った命式」だけを見ることではありません。
その人がどんな命を持っているのか。
そこに、どんな縁がやってくるのか。
そして、その縁によって、どんな果が生まれるのか。
この三つを合わせて見ます。
ウメハラさんの場合、丁火という命があります。
そこに、MenaRD選手という壬水の縁が来ました。
結果として、試合には敗れました。
しかし、果は敗北だけではありませんでした。
その敗北によって、もう一度勝負の火が戻った。
そう見るなら、これは「負け」ではなく、「再点火」とも言えます。
人生でも同じことがあります。
うまくいった時よりも、
負けた時、崩れた時、追い込まれた時に、
本来の自分の火が戻ってくることがあります。
だから私は、今回のウメハラさんの姿に、とても強いものを感じました。
負けたことで終わるのではなく、
負けたことで、自分の火を思い出す。
そういう再起の形もあるのだと思います。