はじめまして!がっちゃんと申します。
私は東海地方に、夫と今年6歳になる娘と共に過ごしています。
皆さんにお話ししたかったことがあって…
それは私が何故この「こころの整理をしてみませんか?」を始めた経緯です。
私は子供の頃から大人の顔色や人の表情や考えていること、その時求めていることがなんとなくわかる…なんとも子供らしくない子供でした。
それは大人になっても変わらず。
今思えば一番初めに違和感を感じたのは、自宅から短大までの電車の中での貧血からでした。その時はただ体調が悪いと思っていました。
その後短大卒業後、地元にて就職。
就職先は古い業界の年功序列・女性は事務職のみ、というこれまた古風な会社。けど働き始めた頃はそれでも一番年下だったこともありすごく皆さん可愛がってくれたんです。
けど仕事に慣れてくると、その空気や求めていることがわかる性格が仇となってきました。
1フロアの角に座っていた私。
それでも対角線上に座っている一番遠い人が今どの得意先と話をしているのかすらわかるようになっていました。
そしてその性格が周りの人には良かったのか、一番年下にも関わらず、その場にいない人の愚痴を聞く相手にもされていきました。逆にさっき愚痴を言われていた人が他の人の悪口や勤務態度などまで私に言ってくるように。
そうすると、社内の人間関係が薄らではなく、これでもかという風にくっきり見えてしまって、敏感な感覚だった私には少し辛くなってきました。
ちょうどその時社内恋愛もしていましたが、浮気され破局。
数日後そのお相手に妊娠発覚したらしく、入籍。
文字にしたら「恋愛とストレスね」って感じなんですが、毎日その元彼と顔を合わせ仕事しなきゃいけない。ここで私に初めて病名が付きました。
「パニック障害」
私は涙と震えと過換気症候群が出てしまい、有給があるかぎり会社を休みました。
けど何故か辞めるという選択肢は私にはなかったんです。
ある日「何故私がこんな目に遭わないといけないのか?」と思い始めました。
余程腹が立ってきたんでしょうね。良いように使われて、捨てられて。
なのでパニック障害と付き合いながら「寿退社」を目標にしました。
逃がした魚は大きいぞ!と思わせたかったんです。
その後、寿退社にて退職。パニック障害も徐々に克服していきました。
それから結婚。しばらくして不妊治療となったわけですが、ここでも心の問題が発生してしまいました。不妊治療は長期戦とわかっていたはずなのに、なかなか結果が出ないことに私の心は蝕まれていきます。
診断名は「軽度の鬱・統合失調症」
しばらく不妊治療を休み、その後再開。無事今の娘がお腹に着てくれました。
その頃にはもう薬も飲めなかったので心療内科に通うのも終了しました。(医師診断のもと)
そして娘が生まれ生後半年でコロナ禍になりましたが、その当たりは育児で通る道で、初めての育児で悩むこともあったのですが、元々陽気な性格だったのもあり娘と自宅保育で過ごしていました。少ししたら支援センターにも遊びに行けるようになり、そこで会うママさんや、先生方との交流で楽しく過ごしていました。
娘が幼稚園に入園し年少の頃、クラス委員(お世話係)を決めなければいけないということで、ママ友からの誘いもあり立候補にて3人のクラス委員のうちの一人に。
行事ごとのリハーサルや当日のお手伝い、会議…たったそれだけでしたが、それが当時の私にはもう負担だったんでしょうね。
翌年、娘が年中になる年の4月の春休み。
夫が冬が繁忙期のため、1〜3月はほぼワンオペなのと、入園前の3歳くらいから始まった娘の癇癪の相手と、クラス委員が終わった事で、自分の中の何かが弾けてしまいました。
病名「不安症」。今はこの不安症という病気と付き合っています。
実はその少し前から異変は感じてたんですが、心に蓋をしていました。
なんせ夫は繁忙期で休みも少なくあてにできなかったし、以前の病院はコロナ禍のためか、しばらく受診していない患者さんは診れないと断られたので。
毎回、そんなはずはない…大丈夫…大丈夫。けど幼稚園の会議や行事に出席する回数を重ねるほど、手が震えたり吐き気がしたり、全身から血の気が引いたり。
独身時代好きだった美容室も、今では不安な場所に。
電車は短大時代のトラウマからなのか、余程でない限り乗りません(我が家は車生活圏内なので)。
この「不安症」となってからしばらくした頃、私は自分のことを考えるようになりました。
・どんな食べ物が好きだったか?→外食時いつも夫は好きなものを注文するのに私は娘とシェアできるものを選んでいた。
・どこが休める場所だったか?→結婚前は一人で温泉に行くほどお風呂が好きでした。
・どんな音楽が好きだったか?→通勤していた頃はボリュームを上げて歌ってたのも好きでした。今は通勤もしていないし、TV権は娘や夫に取られ、わからなくなってしまいました。(うちの夫は見ていても勝手にチャンネルを変える人です)
…とまぁ、言い出せばキリがないんですが、結局のところ私は私という人間を無くして生きていたんです。自覚があれば良かったのかも知れませんが、その自覚すら私にはありませんでした。
「〇〇さんの奥さん」「〇〇ちゃんのママ」…もちろんそう呼ばれるのも仕方ないし、何より顔を覚えてもらえるのも嬉しいことです。
しかし、私には「がっちゃん(仮)」という名前があるんです。
生まれた時に親にもらった名前があるんです。
そう思った時に、「一人の人間として、一人の女性として生きたいな」…そんん思いが芽生えました。
なので同じようにモヤモヤしたり、悩んだり…例え話し相手でも良いんです。
過去の自分と同じような思いをしている「あなた」がいるなら、私は「あなた」とお話がしたいと思って、ココナラにこの商品を出品しました。
どうか、自分をなくさないでください。
モヤモヤしてるけど、それが何かわからなかったり…またわかっているけど聞いてほしい、そんな時は私は「あなた」とお話がしたいと思っています。
私は「あなた」の味方です。
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございます。
ぜひご自分を大切にしてあげてくださいね。
がっちゃん