統合

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こんにちは♪


最近、便秘になったことをきっかけに、以前から気になっていたヨーグルトメーカーを買いました。
豆乳でも作れるし、出来上がったヨーグルトからクリームチーズも作れたりして、作ることや食事のひとときがまた豊かなものになった気がしているサラです。


昨日は、ふと煮卵を作りたくなって、それを作って美味しさを味わっていました。
すると今度は、その煮汁がもったいないなあと思っていたら、
「炊き込みご飯!」と湧いてきたので作ってみたら、これがまた美味しくて…。
日常のささやかな湧き上がりに答えてあげられることって、幸せだなあとしみじみ感じていました。


その時その時の湧きって、ものすごく特別な大それたものではなくて、とてもささやかなもの。
でも、そういうことが自分を幸せにしてくれる素なのだなあと感じます。


それぞれを通して湧き上がるもの
その人という器を通して、湧きあがるいのちの音というのは
その器を満たしてあげられることが、今はとても自然なことのように感じているのです。


周りの誰かの言葉ではない、ここから湧き上がる音。


それにはもしかしたら、
これが正解だ
こうならないと困る
そんな頭の声や、自然に抵抗するものに気づいていくことも、同時にあるのかもしれません。


今の湧きというのは、この自分という様子そのものでもありますし、
自然から現れているこの様子に抵抗が起きなくなっていくことでもあるのかもしれません。


そこには「自分と向き合う」と表現されるような、
こんな自分がいたのか」と気づいていく時間もあります。


こうならないと嫌だ。
これがなくなったら嫌だ。
そういう思いがあるということは、抵抗し続けることになるので、
やっぱり不自然で苦しいものです。


自然に望み通りにならなかったり、なくなってしまったり。
そんな体験が起きて、手放さざるを得ない流れが来て、
どっちでもいいか」という自然な心地や楽が生まれてきたりもします。


でもそれって、結果的には
どんなことが起きてもOKよ、ということ。
そのままを受け入れることになり、楽に生きるひとときが少しずつ増えてくるのです。
自然体とも言えるのかもしれません。


統合という言葉も昔向き合ったことありますし、
たまに耳に入るものだけど、
これもそうとも言えそうですね。
どっちでもいい。
というように、
こうでなきゃいけないという自分から生まれる抵抗
拘りに気づいていくことですものね(^_-)-☆


あなたやわたしというところを通して
どんな音が発せられているのか
そのオリジナルな音に触れるられるのも
また恵みのように感じるのでした。










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