失うものはない

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こんにちは。


今朝は目の前に”失うものがないと強い”そんな表現が
2回現れて、
失うものがない
ずっと、そのことに対して感じていました。


失うものはないということは
わたしたち、このあるがままの様子が
いのちそのものであるということ。


個別のいのちというように
思い込んでいたことがあったけれど
実は個別ではなく
ひとつのいのちがわたしたちとして
現れている。


病気や健康
成功や失敗
できること、できないこと
出会いと別れ
生と死・・・


それらもまた
個別のところから見ると
善し悪しとして感じられるけれど
いのちから感じてみると
善し悪しなく
その様子が間違いなく
いのちとして現れてるということで


いのちがここに満ちているのだから
個人的にどのように解釈しても
失うということはない。


失うものがないと強いというのも
人として執着にしてるもの、
大切にしているものを失うことで
いのちとの繋がりがはっきりと感じられ
それそのものとしての信頼感が現れる
一致感が強まり
現象で何が起きても
動じない強さが生まれることの表現で
同時に失うものはないという理解の深まりでもあるのでしょう。


いのちは神さまとも愛とも表現されていて・・・
個別のわたしはいのち、神さま、愛と
切り離されることはないし
またいのち、神さま、愛でもある。


いのち、神さま、愛が
様々な様子として現れてる。


今日はお散歩途中のお花屋さんで
白いゆりが目につきました。
部屋の一部になりました。


花言葉は純粋、無垢


しばらく感じていると
復活 という表現が目につきました。


ゆりと復活・・・
調べてみると繋がっているようでした。


旧約聖書ではイエスをゆりに例えて予言している。
復活祭のある3~4月に咲く。
長い冬を耐え忍んで凛と咲く姿が、十字架で死して復活したイエスを連想
白色は、キリスト教では復活を表す典礼色。
清楚な感じが、イエスの十字架によって罪が贖われ
罪赦された人間の清さを表している。


なんだか・・・
また涙腺が緩み涙がでたのでした。


わたしたちの自らの内にある
愛を見出していきたいですね。
それはいつもわたしたちに微笑み返してくれてる。
そんな風に感じたのでした。







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