ネイティブアメリカンの智慧

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こんばんは。


今日のお話の中でこれはシェアしたいなと感じたことが
あったので、書きたくなりました^^


情報や知識って頭でっかちになるようで
あまり必要ないって思ってたのですが、
知識というのも経験を通して智慧になる。
そんなことを表現してくださっていました。


知恵は勉強して知識が豊富で頭がいいというような意味合い、
智慧はあらゆる物事や現象の背後にある本質を見極める力を
備えていることを表しているようです。
きっと私たち人にも本来備えられている感覚のように感じます。
忘れているけれど・・・


最近ネイティブアメリカンのことに触れると
ときめくような感覚が生まれていました。


かれらは正しく智慧を兼ね備えるなかで
存在されてるのだなと、
いくつか触れた表現の中で感じさせられていました。


今日も、シェアしてくださった
かれらの表現に
西に旅することになったとき、普通なら水や食料を持っていくけれど
持って行かないというのだそうです。
その理由には
行く時々ですべて必要なものは現れてくるからということだそうです。


私たちは常に今ここに足りない足りないと感じて過ごすことが
多いですが、実はすべてがあるということなのですね。


最近ふと感じていたこと、欲していたことが
目の前に現れてくるというささやかな一致感のような
感覚もその内のことのように感じます。


最近、あるアメリカンインディアンの祈りも深く響くものがあったので
シェアしますね。


おお父よ、わたしはあなたの声を風のなかに聞き、
あなたの息はこの世界中のすべてのものに生命を与えています。
お聞きください。
わたしはあなたの前に、あなたのたくさんいる子供たちのひとりとして、 
今、立っています。
わたしは小さくて弱く、
あなたの力と智恵とを必要としています。
どうかわたしを、美のなかに歩ませ、
なにとぞこの眼に、赤と紫の夕陽をお見せください。
この両手が、
あなたの創られたものを、尊敬させるようにしてください。
この耳を、
あなたの声が聞こえるように、鋭くしてください。
そうすればきっと、あなたがわたしの一族に与えられた教えを、
一枚一枚の木の葉や、
ひとつひとつの岩のなかにあなたが隠された教訓を、
このわたしも、理解するかもしれません。
父よ、わたしは力を求めています。
偉大なる敵と戦うことができるようになるための力ではなく、
その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって、
わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。
もしそれがかなうのなら、
日没の太陽が姿を消すように、わたしの生命が終わりを迎えたとき、
いささかも恥いることなく、
わたしのスピリットはあなたのもとを訪れる


父というのは全体でもあり、自然そのものという表現もできるように
感じました。

私たち人が忘れてしまっている感覚のように思います。

私たち人も大いなる自然の働きの一部であって
その摂理の働きから切り離されてはいない。

お陰様の上にすべてがなされているのだということ
それを忘れてはいけないと
教えてくださっているように感じました。






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