自然に動いている私たち

記事
コラム
おはようございます*^^*


昨日お話していた時のことがふと浮かんできたので・・・


『寂しいと感じてしまうんです。
仕事でも失敗してしまって・・・』


そのようなお話でした。
私たち誰にでも起きうることだと感じます。


寂しいと思ってしまう・・・
それはどこか”自分が”それを作っていると思ってしまうけど
寂しい・・・と湧き上がり、それに私たちは後から気づくのですね。


ということは、私とは関係ないところから
自然と”寂しい”は生まれてきています。


そして、”寂しい”が湧いてくるところは
”嬉しい”が湧いてくるところと同じところから
生まれています。


”寂しい”をどこか悪いものと捉えているところが
居心地悪くしているのですね。
それが湧いてくることは悪いことではないですね。
ただ”寂しい”が湧いた。


ここでまた、
”寂しいが湧いてくるけど、苦しい。
でも、寂しい悪くないんだ!”

そう思いこもうとすることは
思考をまた変えようとする動きになって
抵抗が生まれています。


”寂しい”が湧いた。
そして”苦しい”が湧いた


そこで抵抗が生まれたら、また
”抵抗”が起きた


ただ、命からそのような表現が現れては消え続けているということ


過去の失敗も
過去は今ありませんし、
その記憶が”今湧いた”


過去のその出来事も
湧いてくるものと同じで
私がしようとしてしたことではなく
自然とそれが起きて
後で、”あっ、失敗した”とその出来事に
ラベルをくっつけたということ。


そのくっつけた”失敗”というラベルに苦しみが生まれる。


それがなければ
自然に次へ次へと現象は変化し続けているはず。
今過去の記憶が湧いているだけで
事実、今には”その過去”はもうありませんよね。
変化しています。


思いの中だけにあるということ・・・


これは考え方ではなくて
今というところを観察していると
見えてくること・・・


思考や行動を変えるというより、
その”変えないといけない”とする
制限に気づくことで
自然に思考や行動が変化していくのかもしれませんね。


自然のシンプルさを複雑にしているのは
私たち。


細胞一つ一つのように
私たちというこの動き一つ一つも
自然な全体の中の働きの一つとして
動いているとわかると、すごいなあと
感じますよね。


命が私たちを表現してる。


私たちには解りえない神秘なのかもしれません。






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