自分のことでは泣けなかったのに
夜、映画を見ていたら、何でもない場面で急に涙が出てきた。
主人公が「もう頑張らなくていい」と言われただけなのに、なぜか涙が止まらない。
ところが、自分自身が仕事でつらい思いをした日は、涙なんて出なかった。
「そんなことで泣いていられない」と、いつもどおり過ごしていた。
映画の登場人物には胸がいっぱいになるのに、自分のことになると泣けない。
そんな不思議な経験はないでしょうか。
もちろん、泣かなかったからといって、何も感じていなかったわけではありません。
気持ちは、少し離れたところで動くことがある
つらい出来事の最中には、泣くより先にやらなければならないことがあります。
仕事を続ける、人に返事をする、家に帰る。
その場を乗り切ることに力を使っていると、自分の気持ちを十分に感じる余裕がないこともあります。
一方、映画や小説では、少し離れたところから誰かの経験に触れられます。
その距離があることで、自分の体験に直接向き合うよりも、感情を感じやすくなる場合があります。
ただし、涙の理由はひとつではありません。
作品そのものに感動して泣いていることも、もちろんあります。
どんな場面で涙が出たのか、思い返してみる
もし気になるなら、「どの場面で涙が出たんだろう」と思い返してみてください。
誰かが許されたときかもしれないし、頑張りを認められたときかもしれません。
「私も同じことを言ってほしかった」と気づくこともあるでしょう。
でも、必ず自分の過去に結びつける必要はありません。
理由が分からない涙もあります。
無理に分析するより、「あの場面が心に残ったな」と覚えておくだけで十分なこともあります。
映画を見て泣いた自分を、必要以上に不思議がらなくてもよいのです。
自分の気持ちを話すには、遠回りしてもいい
日頃、困ったことがあっても「まあ、仕方ない」で済ませてしまう人は少なくありません。
自分のつらさを、言葉にする前に片づけることに慣れているのかもしれません。
そんなとき、映画で泣いた話から始めてみてもよいのです。
「この場面でなぜか泣いちゃって」と誰かに話しているうちに、自分の最近の出来事が思い浮かぶ場合があります。
もちろん、涙を流すことが心の回復の条件ではありません。
泣いても泣かなくても、気持ちにはそれぞれの表れ方があります。
自分の話をするには、正面から向き合う以外の入口があってもよいのだと思います。