“少し元気になると、つらかった自分を疑ってしまう”あなたへ。心理学が教える“痛みを忘れる心”の扱い方

“少し元気になると、つらかった自分を疑ってしまう”あなたへ。心理学が教える“痛みを忘れる心”の扱い方

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コラム

元気になると、「大したことではなかった」と思ってしまう

数日前までは、朝起きるだけでもつらかった。
誰かに相談しようと思うほど、心が疲れていた。
ところが、少し眠れたり、仕事が落ち着いたりすると、「あれくらいで弱音を吐く必要はなかった」と思ってしまうことがあります。
相談しようとしていた自分が、大げさだったように感じる。
苦しかった記憶はあるのに、そのときの感覚をうまく思い出せない。
そして、また一人で頑張ろうとするのです。
しかし、今少し元気であることは、以前のつらさが偽物だったという意味ではありません。

心は、今の状態を基準に過去を見直す

臨床心理学では、人は現在の心身の状態によって、過去の出来事の感じ方が変わることがあると考えます。
元気なときには、疲れていた自分の苦しさを実感しにくくなります。
反対に、つらいときには、楽だった頃の感覚を思い出しにくくなることがあります。
そのため、少し回復すると、「本当は平気だったのでは」と考えてしまうのです。
これは、自分に甘かったからではありません。
心が今の状態に合わせて、過去を見直しているだけなのかもしれません。

回復したときこそ、つらかった自分を置き去りにしない

少し楽になったときは、苦しかった時期を否定するのではなく、「あのときは確かにつらかった」と確認してみてください。
眠れなかった。
食欲が落ちていた。
人に会うのがしんどかった。
何度も同じことを考えていた。
そのとき起きていたことを具体的に振り返ると、気分だけで自分を判定しにくくなります。
調子が悪い日に短くメモを残しておくのも一つです。
未来の自分に、つらさの証明書を渡しておくようなものです。

元気なうちに話すことにも意味がある

相談は、限界まで苦しくなったときだけにするものではありません。
少し落ち着いた今だからこそ、何が自分を疲れさせたのかを整理できることがあります。
「もう平気かもしれないけれど、少し話しておきたい」から始めても構いません。
誰かに話すことで、繰り返しやすい負担や、自分が無理を始める合図が見えてくる場合があります。
回復した自分だけを信じ、苦しかった自分をなかったことにしなくてもよいのです。
つらかった自分の声も一緒に連れていくことが、次に心を守る準備になるのだと思います。

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