お疲れ様です、心導師の咲良です🌸
突然ですが、私はいま、南は沖縄から北は北海道まで、思いついたら神社仏閣へひょいっと行ってしまう癖があります。
周囲からは「また行ってきたの?」「パワースポット好きだねぇ」と笑われるのですが、実は…自分でも「なんでこんなに神社仏閣ばっか行ってるんだろ?」と思ってたんです(笑)
でね、ふと思ったんです。
これ、ちゃんと理由があるんじゃないかなって。
今日はそのナゾを、咲良なりに優しく、面白く(時にスピリチュアルに)解き明かしてみようと思います。
最後まで読んでいただけたら、きっとあなたも明日にはどこかの神社に立っているかも…?
昔は海外ばっかりだったのに…
もともと私は、断然「海外派」でした。
エネルギッシュな都市、異国の食べ物、人種のるつぼ。
一人でもヒョイっと行けるタイプでした。
日本のことなんて、正直あまり興味なかったんです。
でも、人生って変わるものですね。
ある時、大きな病気を経験しました。
入院、手術、点滴、絶食…。
命の危機というと少し大げさかもしれないけれど、「このまま、もしかして…」と本気で思った瞬間もありました。
そのとき、ぽっかり心に穴が開いた感覚があったんです。
怖いとか悲しいとかじゃなくて、「この人生、私ちゃんと生きてたのかな?」って。
そして、退院して少し動けるようになったある日、ふらっと近所の神社に行ったんです。
静けさの中にあった、“答えのない安心感”
鳥居をくぐった瞬間の、あの静けさ。
空気がすっと変わる感じ。
誰も何も語らないのに、心がじわ~っと温かくなるような、あの不思議な感覚。
「…なんだ、ここ。いいな。」
最初はそんな軽いものでした。
でも、その日から何かが始まったようで、気づけば旅先の選び方が変わっていたのです。
昔は「何を食べよう」「どこで買い物しよう」が旅のテーマだったのが、
今は「ここにはどんな神様がいらっしゃるのだろう?」
「このお寺は何百年も、何を見てきたんだろう?」
そんな問いを持って、旅をするようになったんです。
なぜ神社仏閣なのか?自分なりの3つの検証
では、なぜ私はそこまでして神社仏閣に通うようになったのか?
咲良なりに、3つの視点から自己分析してみました✨
① 魂が“整う”場所だから
これはスピリチュアル的な感覚ですが、
神社仏閣って、エネルギーの流れがとっても整ってるんです。
大地の気、風の音、木々の囁き、そして祈る人々の想い。
目に見えないけれど確実に“場”が整っている。
その中に自分を置くことで、ぐちゃぐちゃになった心が、スーッと整列するような感覚があります。
「自分が戻ってくる」感じ。
一度命の危機を感じた身としては、こういう“魂の帰る場所”が必要だったんだと思います。
② 感謝の気持ちが自然と湧いてくる
神様や仏様に手を合わせるとき、特にお願いごとがなくても、自然と「ありがとう」が出てきます。
「今日も生きてる、ありがとう」
「歩ける身体、ありがとう」
「私を支えてくれる人たち、ありがとう」
この“感謝”のエネルギーって、本当に不思議で、湧き出すと同時に自分をも癒してくれるんです。
神社仏閣は、それを思い出させてくれる場所。
だから何度でも足が向いてしまうのかもしれません。
③ 自分だけの“無音のカウンセリング”になる
心理士として言わせてもらうと、神社仏閣って、ものすごく優秀な“沈黙のセラピスト”なんです(笑)
人に言えない悩みも、言葉にならない不安も、ぜーんぶ持っていっても受け止めてくれる。
何も言わず、ただそこに在ってくれる。
その沈黙の優しさに、何度も救われました。
一人旅だからこそ、気づけたこと
誰かと行く旅も素敵ですが、神社仏閣に行くときは一人が好き。
一人だからこそ、自分と静かに向き合えるし、誰の顔色も気にせず、心のままに動ける。
そして旅先で出会う人々との小さなご縁も、一人旅の醍醐味。
「このお守り、今日だけ限定で出てるんですよ」
「ここの奥に、隠れたご神木があるんです」
そんな一言から、また新しい物語が始まったりします。
神社仏閣巡りは、人生を“整える旅”
病気をしてからの私は、「命の使い方」をずっと考えてきました。
大きなことはできなくても、自分を整えて、人を優しく包む力になりたい。
神社仏閣は、そのための“充電スポット”みたいなもの。
行くたびに心がリセットされて、また「よし、がんばろう」と思える。
それがどこであれ、きっと「生きる力」に繋がっていると感じています。
最後に:あなたの「心の神社」はどこですか?
神社仏閣って、決して宗教的で堅苦しい場所じゃないと思っています。
自分にとっての「安心できる場所」「静かに戻ってこられる場所」
そんなふうに感じられるなら、それはもう“あなたの心の神社”です。
それが近所の小さなお稲荷さんでも、大きな大仏様でもいい。
一歩踏み出せば、きっとそこには、今のあなたに必要な“何か”が待っている。
咲良は今日も、どこかの神社でそっと手を合わせているかもしれません🌸
読んでいただきありがとうございます。
🌸咲良🌸