「ちゃんとした母親でいなきゃ」
「子どもをちゃんと育てなきゃ」
そんな気持ちを、知らず知らずのうちに抱えていました。
SNSや育児本、園のママたちの話、そして自分の中にある“理想像”。
でも、気づけば私はその「理想」に苦しくなっていました。
今日は、“理想の母親像”に追われていた私が、やめたこと・手放したことについて書いてみようと思います。
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【気づけば「自分にOKが出せない」毎日だった】
子どもが3人になり、毎日が慌ただしくなる中でも、
どこかで「きちんとしたお母さん」であろうとしていた私。
・ごはんは手作りでバランスよく
・部屋はなるべく片づけて
・イライラしない、怒らない
・いつも優しく、笑顔で
・下の子にかかりきりになっても、上の子にちゃんと向き合う
そんなふうに「ちゃんと」しようと頑張っていたら、
気づけば自分に**“今日もダメだった”という判定”ばかり**出していました。
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【「こうあるべき」をやめたら、気持ちが少し軽くなった】
少しずつ、疲れ果ててきたある日。
ふと、「誰がこの理想を決めたんだろう?」と自分に問いかけてみたんです。
完璧な母親なんて、どこにもいない。
“頑張ってる自分”を否定し続けるのは、もうやめよう。
そう思ったとき、少しだけ、息がしやすくなった気がしました。
そこから、私がやめたこと・手放したことを少しずつ紹介します。
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【私がやめたこと】
①「ごはんは全部手作りじゃないとダメ」をやめた
以前は冷凍食品やレトルトに罪悪感がありました。
でも、心の余裕がないときに無理して作ると、子どもにも優しくできない。
今は、“お母さんが笑顔でいられるための手抜き”は必要な選択だと考えるようになりました。
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②「いつも笑顔の優しいママ」でいようとするのをやめた
イライラしてしまう日もある。怒ってしまう日もある。
でも、そのあと謝れればいい。抱きしめられればいい。
完璧な対応より、ちゃんと向き合おうとする姿のほうが大切だと思うようになりました。
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③「上の子にもちゃんと平等に向き合わなきゃ」をやめた
3人目が生まれたとき、上の子たちに申し訳なさを感じることが増えました。
でも、すべてを平等にやることはどうしても難しい。
“平等”じゃなくても、“一人ひとりとちゃんと向き合う”ことを大切にしようと思えるようになりました。
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④「いつも整った部屋でいなきゃ」をやめた
おもちゃが散らかってても、洗濯物がたまってても、
子どもが元気で笑っていればそれでいい日もある。
部屋より心を整えることを、優先する日があってもいい。
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【手放した“理想”のあとに残ったのは、“暮らし”だった】
完璧じゃなくても、子どもたちは育っている。
ごはんが少し手抜きでも、ちゃんと笑ってくれる。
私が泣いた日も、ちゃんと「ママ大好き」と言ってくれる。
母親の“理想像”じゃなく、
“自分にとっての心地いい暮らし”に目を向けたら、
少しだけ肩の力が抜けました。
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誰かの理想を生きようとすると、いつか自分が壊れてしまう。
私たちは、もっと「自分に優しく」ていい。
完璧じゃなくても、大切にしてることがひとつあれば、それで十分。
今日も泣いたっていいし、手を抜いたっていい。
でも「この子たちを大切にしたい」と思っているなら、
それがもう、立派なお母さんなんだと思います。
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あなたが手放した「理想の母親像」はありますか?
今でも少し苦しくなる“○○しなきゃ”って、何かありますか?
もしよければ、コメントやDMで、あなたの経験や気持ちも教えてください。
🌟次回 「母親だって人間。感情に向き合う日々」◎