余白の美学 —— 詰め込みすぎない、という選択

記事
占い
「頭を空っぽにする」

これ、どうやってしたらいいんだろう。

そんなことを思ったのは、
予定や情報で日々がパンパンに詰まっていたある日のことでした。

朝から通知が鳴りっぱなしのスマートフォン。
仕事のこと、家のこと、人間関係のあれこれ。
知らず知らずのうちに、頭の中はずっと何かで埋まり続けている。。。

寝ればスッキリするのかな、何もせずにぼーっとしていればいいのかな。
それとも、あえて何かに集中したほうがいいのかな——。
さらに頭の中は、ごちゃごちゃになっていく。。。


そういえば、音楽を聴いていたときに、
ふと「何も考えていなかった」と気がついた✨むしろ熱唱していた!!

またある時は湯船に沈み込んでいるとき、ただ空を見上げていたとき。
何かを意図的に“していた”というよりは、ふと緩んだその瞬間に、
思考が静かになっていたように思えた。

空っぽって、そういうことかもしれない。
そして、その感覚は空間にも表れる気がした。

たとえば、散らかった床をさっと片づけて、何も置かずに一息つく時間。
ただそれだけなのに、思考が整い、気持ちにも余裕が生まれると、感じる。


余白には、きっと目に見えない力がある🍃
それは、何かを諦めることではなく、詰め込みすぎないという意志の表れ?
必要なものを見極めて、今の自分にちょうどよい「間」をつくること。


つい、「空いているところには何かを入れなければ」と昔から思いがち。
軽く強迫観念に似ているような。。。
でも、全部を埋めたからといって、心が満たされるとは限らない。
とても残念であり、不思議だ。

むしろ、ほんの少し余らせておくことが、安心や自由を生むこともある。


予定を詰めすぎた日、言葉に疲れた夜、何も考えられなくなった瞬間。
「あ、今日は余白が足りなかったんだな」と気づけたら、それだけで自分に
優しくなれた。
何もないからこそ、やってくるものもある。
空っぽにしたその場所に、思いがけず新しい気づきが舞い込んでくること
だってある。


だから今日も、少しだけ余らせておく。
予定も、言葉も、机の上も。その他諸々。
そうしてできた余白が、何かを持ってきてくれるかもしれない。
今日もお疲れ様です♡
みゆ
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら